
このページについて
このページは、SWAY及び彼らの所属事務所であるWATERCOLOR ENTERPRIZEのご協力の下に、私が運営しているものです。
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いとーよさん、深澤浩一さん、堀之内新吾さんをはじめとするSWAY Mailing Listの皆さん、出島淳さん、Takayukiさん、中村祐一さん、kouda tomokiさん、岡正和さん、あくえりあすさん。
SWAYについての個人的な話
○僕は中学生の頃、ひどく夜ふかしで、ニッポン放送の「オールナイトニッポン」を毎晩聴いていました。そして、その前の0時45分(40分?)から放送されていたのが、ヤマハの番組「コッキーポップ」でした。パーソナリティーは大石吾郎(今何してるんだろう?)、ヤマハのポプコンの入賞曲や、出身アーティストの曲を流していました。そこで出会った曲が、「おいでブランコリー」。歌う「さそり座」は、まだ自分と同じ中学生というのに驚き、そしてこの曲の歌詞の赤裸々なほどの純粋さに胸を打たれました。それをテープにとり、学校に行く前に聞いたのは、もう10年以上も昔なんですねぇ。レコードになるのを待ちわびて、テレビで放送された「ポプコン」のビデオを繰り返し見たりもしました。うーん、懐かしい(笑)。それが86年のことです。そして、翌年シングルがやっと発売。そのあたりで、以前読売新聞で彼女たちの「窓ガラスのへのへのもへじ」が話題になっていたことも思い出しました。
○しかし、その後さそり座の情報は途絶え、いつだかNHKの「みんなのうた」で「最後のシュート」が流れているのを見ただけで、時間が過ぎていきました。
○そして92年。ふと寄ったレコード屋でSWAYのアルバムを見かけ買いました。実はあまり期待してなかったのですが、1曲目を聴いたただけで、感動に打ちのめされてしまったんです。彼女たちと初めて出会ってから6年の歳月を僕が過ごしたように、彼女たちもその歳月を過ごし、その間に確実に成長した姿がそこにはあったんですから。「昔の友人に会ったよう」と言うだけでは表現しきれない思いが溢れかえりました。そして、「CHIME」はその年の最愛聴盤に。感動のあまり、「窓ガラスのへのへのもへじ」を、足が棒になるまで探し歩きましたもん(笑)。
○94年の「ほろ馬車」も、ますます彼女たちが表現者として、極めて高いレベルに達しているのをしているのを感じました。時間が流れていけば、擦り切れていくはずの人間の感性が、むしろますます研ぎ澄まされて、歌に封印されて届けられたのですから。
○そして96年、初めてパソコンを買い、ニフティ・サーブに入会したところ、SWAY&さそり座を愛する人々が、そこにはたくさんいるじゃないですか!今まで何の情報も無く、ひとりで途方に暮れてた日々は何だったんだろうと思っちゃいましたよ(笑)。そして、SWAYのMailing Listの存在や現在のSWAYの事務所も知り、今に至るというわけです。
○また、去年の秋、ニフティの掲示板で「窓ガラスのへのへのもへじ」を聴きたいという方に出会い、冬にも、ムーンンライダーズの同人誌で「窓ガラスのへのへのもへじ」を探しています…と書いている人に出会いました。彼女たちの歌は、こんなにも人の心に残ってるんですね。そして、きっと日本には「さそり座って、今どうしてるんだろ?」と思っている人が少なからずいるはず!だから、そんな人達に向けて、このページを作りました。
○現在SWAYは、今後の活動の方向を考えるために、活動を停止中とか。でも、もう活動しないんじゃないかなんて不安はないんですよ。なんたって、音沙汰が無いのには慣れてますもん(笑)。
○でも、SWAYの杉山さん、堀部さん。今もあなたたちの歌を待っている人がたくさんいます。いつかまた、歌を聴かせて下さい。できるなら、企画物ではない、あなたがた自身の歌を。決して無理強いはしません。胸に歌が溢れた時、ぼくらにまた届けてくれたら幸せです。なぁに、お互いまだ20代、若い若い(笑)!その時までずっと待ってますよ。11年前、あなたがたの歌がレコードになるのを、ずっと待っていたように。(97年2月18日記)

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