![]() Vol.8 1999 |
| CDJ戦記'99 〜音の鳴るオフ会のスリル・密度・混沌 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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クラブカルチャー。クラムチャウダーと音は似ているけれど、僕にコンプレックスさえもたらすほどの縁遠さを感じさていた点で大違いだ。恐そうだし、徹夜は辛そうだし…。そんなオタク的偏見を抱え続けていた僕が、何の因果かDJをやることになるのだから面白いもので、それが全ての苦労の始まりでもあったわけだ。 ときめき☆トゥナイト 全ては3月21日のときめき☆トゥナイトから始まったと言っても過言ではない。いわゆるコジャレ系の代表格であるHEXAGON主催によるこのイベントは、それまでオフ会と言ったら飲み屋だったところを、洒落れているかどうかを問わずオタクっ気のあるネット者をクラブという空間に集めてしまった点で画期的だった。タイトルもフライヤーもオタク性を前面に出していて、しかも会場の高円寺CLUB DOLPHINも店長の趣味でオタクっぽさが見え隠れする店。僕は会場に行く直前に会った友人に「その格好でクラブ行って大丈夫?」と言われてしまったのだけれど、そんなオタクのコンプレックスを吹き飛ばしてハイにさせてくれる盛り上がりがあの会場にあったことは間違いないと思う。もちろん、そんなコンプレックスに関係なく楽しんでいた人も多いと思うけれど、僕にとっては新鮮な体験だったのだ。 スティーヴィーワンダーとんち合戦 「ときめき☆トゥナイト」に刺激されて開催されることになったのがクリアラバーソウル主催のイベント・スティーヴィーワンダーとんち合戦。そして僕にDJをやらないかという話が飛び込んで来る思ってもない展開となった。「ときめき☆トゥナイト」で初めてクラブに足を運んだような人間がDJをしていいのか、大失敗するんじゃないのかと迷ったものの、結局やることにしたのは「DJ」という肩書きに誘惑されたようなもの。人間、コンプレックスへの反動ってのには気をつけたほうがいいのにね。そんなわけでユウタくん・OGAIさん・トモミチさん・由一さんと一緒にDJをすることになり、イベント当日まで果てしなく部屋のCDを引っ張り出しては聴くことになった。そう、使うのはアナログ盤ではなくCD。CDのキャリングケースも2つ購入してしまった。 そして5月8日、下北沢RED G MONSTER。開始10分前まで会場の外でコンビニ弁当を食たべていたので、CDJの操作練習は当然ほんの10分足らず。一通りの操作を覚えたような覚えていないような曖昧な状態で時間切れ、そしてぶっつけ本番という状態だった。飲んでも全然酔えない状態で、止め方が分からないレコードプレイヤーを回しっぱなしにしたまま、1曲目のJorge Benをスタート。大勢の人がいる店内にそのリズムが響き渡る気持ち良さと言ったら、マラカスを持ってきて踊れば良かったと後悔したほどだ。横を通る客がCDJにぶつかると音が途切れるという、望んでもいないエフェクト効果には泣かされたけど、自分でも操作ミスをしたので文句を言う声は小さくなってしまう。曲の繋ぎが出来ないとか、自分も客も疲れてる午前3時頃の2回目のDJはもっと単純に踊れる選曲をすべきだったとか、いろいろ反省点も残ってしまったけれど、結局「楽しかった」という言葉が先に出てしまうのだ。 一晩中イベントにいると途中で抜けて外で座り込んで話してしまうとか、DJやると音楽の聴き方が変わりそうだとか、いろんな新しい発見もあった。この歳になって、DJなんてものをやる機会を与えられた僕はとても恵まれていたのだろう。 "UNTITLED" Vol.2 それから1週間後の15日、蒲田studio80でヒゲマツリ。これは6月12日に僕が再びDJをすることになっていた"UNTITLED" Vol.2と客層が同じと聞いて偵察に向かったのだ。大部分を占めていたのは、オリジナル・ラブのファンが運営する「Blue Talk ML」関係者。そして中西さん主催の「UNTITLED」は、けっこう踊る人もいた「ヒゲマツリ」に比べるとレコード鑑賞会のクラブ版といった雰囲気だった。曲のリズムの邪魔する酔っ払いに苛立ったり、一緒にDJを務めた青山陽一さんのファンが彼の出番になるとカメラ片手に前に寄って来る光景に「お前ら何しに来たんだ、音より知名度か?」と内心腹を立てたりして、いろいろエネルギーも消費させられたな。その時のセットリストは以下の通り。
後半では、比較的まったりとした雰囲気のイベントに、フリージャズが轟音で響いていた。だんだん悪意が出てきた、わけではないと思う。他流試合という意味ではいい経験だったとも言えなくもないか。 アカリガアル 夏が始まった頃からコジャレ界隈のクラブイベントが増えてくる。6月25日には、蒲田の同じ場所でアカリガアル。僕は前夜に3時間ぐらいしか寝てなくて、しかも会社から帰宅して着替えてから向かったという状態だった。あまり無理はするまいと思ってたけれど、ああいう場に行くとやっぱり踊ってしまいフラフラに。0時過ぎにはやむなく撤退したので、3時間ちょいしかいられなかったけれど、そんな短い時間でも踊ったり友人たちと話したりして濃密な時間を送れてしまうのだ。 ハンサム白書 調子が悪くて行けなかったけれど、7月31日にはハンサム白書。10月9日の第2回目には行くことができて、ロックやソウル〜ファンク系という個人的にツボの音楽で楽しませてもらった。夜が明けた帰り際に中央線が止まってて、電車が動き出だすまで皆でダラダラしてたのも楽しかったし。 AkariGaAru revisited. 9月4日には、もう「アカリガアル」の続編・AkariGaAru revisited.が開催された。DJの選曲作業というのは意外に時間とエネルギーを必要とするから、由一さんやユウタくんを中心とした主催者側の勢いには敬服してしまう。流すのをテクノに絞っても動員数を減らすことなく、しかも終盤では大盛りあがりだった。この頃になると僕も夜遊びに慣れてきて、週明けのことも考えずに朝まで。 東京紳士ジェントル5 そして僕の音楽マニア仲間たちの間でも、6月頃からイベント計画が浮上していた。メンバーは、まちださん・MASAさん・オザワさん・ハルヲさん、それに僕。「スティーヴィーワンダーとんち合戦」に遊びに来てくれたMASAさんが発案したもので、ひとつのイベントが客を刺激して新たなイベントを生み出してしまうのが面白いところだ。 日程だけは早い段階で9月25日に決めたものの、会場選びに関しては難航。これが決まらないために開催時間も決められなかったのだが、下見に行った人々が店の雰囲気に惚れ込んでしまった、早稲田の「Jerry Jeff」に決定。東京紳士ジェントル5というイベント名も公表し、8月下旬に宣伝をスタートさせた。 5人の野郎どもが、音楽ジャンルという概念も平日の仕事での苦労も忘却し、ネタが尽きるまで秘蔵の音盤を回し続ける。これが基本的なコンセプトだけれど、他に僕は2点こだわりたいことがあった。ひとつは、オールナイトではなくて、昼間から始めて夜には終わること。もうひとつは、「踊る」ということにこだわらずに、音楽を聴きながらその場にいる人々と談笑できるような雰囲気にすることだった。ネット者が集まるイベントがクラブでしょっちゅう開催されるようになっても、オールナイトとなると腰が引けてしまう人もいるだろう。特に社会人だと。また、大音響の中で声を嗄らさなくても、その場で出会った人たちと交流できる場にもしたいと思っていた。「Jerry Jeff」はロック喫茶だし、そうした目標に最適の会場だったわけだ。 そして当日。会場である「Jerry Jeff」での準備は3時から始めるはずだったのに、店のママが遅れたためシャッターが開いたのは開始予定時刻の15分前。イベント開始前から容赦なく襲ってくるトラブルに、「俺たちは呪われてるのか?」と空を仰ぎたい気分になるなという方が無理だ。それでも約15分遅れで始めることができたのだから、人間やればできるものらしい。 踊るのが目的ではなく、しかも夕方スタートのイベントなので、どのくらいの人が来てくれるか不安だったが、お客さんの訪れを知らせるドアのベルは幾度となく鳴ってくれた。一時は店内の席が足りなくなるほどで、お客さんたちに窮屈な思いをさせて申し訳なかったほど。カウンターの客席側に機材をセッティングして、お客さんたちに背を向けてDJするという風変わりな状況だったけれど、木目の壁に囲まれて、棚にはレア盤が並べられた渋い雰囲気の店内で、音楽を聴いたり話したりして楽しんでもらえたなら嬉しいと思う。 そして僕の選曲は以下の通り。僕がこのイベントを明るい時間帯から始めたいと言い出したのは、BRIAN WILSON & VAN DYKE PARKSの「ORANGE CRATE ART」を午後の光の中で流したいからでもあったのだ。
終了したのは午後10時半頃。終わりの挨拶では、もう次回の開催が決定事項として宣言されていた。正直なところ、1回目からこんなに成功してしまうと次回以降が逆に不安になってくるのだが、1度やるとこの楽しさは忘れられそうもないのも事実なのだ。 カルメン祭り、そして クラブでのイベントではないしDJもないけれど、昼間から公園に集まって何もしないというカルメン祭りも、ある意味でかなり新鮮かつ過激なコンセプトのイベントだ。10月17日の第2回目に参加して、まったりと楽しませてもらった。 インターネットをきっかけにしてのクラブ・イベントがいつまで活発に続くのか、また、それが繰り返されるうちに敷居が高くなるのか低くなるのかはまだ見当がつかない。内輪のイベントだという批判も嫉妬まじりについてまわるのだろうけど、ああいう場を設けなければ生まれることがなかったであろう交流の現場に僕は立ち会っているから気になんてならないのだ。身体的運動を前提にした空間での直接的なコミュニケーションは、ネットワーク上でのそれとは違ったスリルと密度がある。 そして、現在の東京でシーンみたいなものが生まれている興奮もあるのだけど、それを声に出すのはちょっと恥ずかしい。だから小声で話す代わりに、現時点でのそんな感想をここに記しておこうと思う。こういう盛り上がりが何かまた別種の文化と交配すると楽しいと思うし、いや、すでにそれは始まってると思うのだ。
では、いつかどこかのイベント会場でお会いしましょう。
(OCT/25/99)
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