since 14/DEC/96
 
小心者の杖日記
 
ロゴデザイン BY ゴー
 
930日 (wed)

 今日も物欲全面肯定で買い物をして、低迷する日本の個人消費を救うべく頑張る。でもどれも単価が安すぎるなぁ。ピチカート・ファイヴ「プレイボーイ プレイガール」、ELVIS COSTELLO WITH BURT BACHARACH「PAINTED FROM MEMORY」、JONI MITCHELL「TAMING THE TIGER」、FELA KUTI「NA POI / ZOMBIE」、上原知子&りんけん「旅」のCD計5枚を買って、あと中原昌也の小説単行本「マリ&フィフィの虐殺ソングブック」もレジへ。これを家に持ち帰る時には重たくて、金を使い過ぎた〜と後悔するんだけど、こうやって書き出してみると大した量じゃない気がしてちょっと安心。でも、現実的には本当に部屋の中に物の置き場所がなくなってきた。そもそも、買ったCDを聴く時間も、買った本を読む時間もない。そして、この日記の続きを書く時間も無いわけです。たまには手抜き。


 
929日 (tue)

 高沢皓司「宿命 『よど号』亡命者たちの秘密工作」読了。浅間山荘事件の年に生まれた僕にとっては、よど号事件は学生運動の時代に起きた事件の一つというイメージしかなかった。極めて漠然とした認識だったが、それだけに本書が僕に与えた衝撃は大きい。北朝鮮と何の連絡もとらずに行った無謀なハイジャック、日本人妻の渡航、日本人革命村での優雅な暮らし、軍事・海外工作教育、政治的取り込みのための反核運動、日本潜入、パフォーマンスとしての帰国問題。どこまでが完全な真実なのか、僕には検証する術が無い。けれど、日本の日常からかけ離れた話の数々に、一種異様な興奮をもって読み進むことになった。

 時として人間は、無理に理由付けをして自身の意思を曲げ、自我を維持しようとすることがある。それは適応能力だと言ってもよいだろう。例えばよど号事件の際、四日三晩に及んで旅客機内で監禁された乗客たちは、解放を告げられると、犯人たちと歌を贈り合って和やかな交歓をし、解放時には励ましの言葉を贈った者もいるという。また、よど号事件メンバーたちの日本人妻には、自分たちが結婚させられることを知らないままに連れて行かれた者もいたが、彼女たちは「チュチェ思想との結婚」「父なる首領様の花嫁」という「合理的な」理由付けの元に自身を納得させたと思われる。人間は環境に適応するためならば、思いがけない思考の転換が可能らしい。

 そして、よど号ハイジャック犯たちは、後にヨーロッパで日本人拉致活動を繰り返すという、あまりにも卑劣な行動へと行き着く。堅持するはずだった「過渡期世界論」の欠陥に気付き、存在理由を見失った彼らは、北朝鮮労働党への「革命的義理」もあって、自己批判・相互批判を繰り返しながら、見事にチュチェ思想に染まっていく。運命を決定するのは自分自身であるとされても結局は「首領様の御意志」で動き、正義と革命のためなら何でも許されるという思考パターンが定着する。彼らの言葉は事実とは関係無く、真実がそうあるべきだという内容を語っているに過ぎない。北朝鮮に連れ去られたと考えられる人々の足取りを追ったレポートも詳細に描かれいて、騙しと巧妙なアリバイ工作の数々には、「これは一体何なのだ」と吐き捨てたくなる。ハイジャック犯たちの「崇高な」理念の末路は、あまりに皮肉な「適応」だった。

 500ページ以上に及ぶルポタージュだが、この数奇な物語の前には決して多いページ数ではないだろう。現在と過去が交錯する構成がとられ、よど号犯たちが思想的に大きく転換していく過程を浮き彫りにする。力作だ。小説のような形式で再現されている部分については脚色もあるだろうが、それを差し引いても読み応えは変わらない。

 85年に死んだとされる吉田金太郎は、実はもっと早い段階で消息が絶たれていた。他のメンバーと思想面で対立した岡本武とその妻も、原因のはっきりとしない死を迎えている。そしてリーダーであった田宮高麿の死さえも不可解だ。田中義三・柴田泰弘が北朝鮮国外で逮捕され、ハイジャック犯9人のうち、現在もピョンヤンにいるのは、小西隆裕・赤木志郎・若林盛亮・阿部公博の4人を残すのみ。自分が生きるのと同じ時代に、現在もこうした数奇な境遇に置かれた人々がいる。1970年の春にハイジャック事件を起こした彼らは、同じ年の秋には帰国する気でいたらしい。「宿命」という本書の題名が、一層重く感じられる事実だ。

 
928日 (mon)

 山本精一&PHEW「幸福のすみか」、ズボンズ「Welcome back,ZOOBOMBS!」購入。

 「幸福のすみか」は、全作曲が山本精一、全作詞がPHEWというコラボレーション。山本中心のシンプルな演奏に乗って歌われる歌詞は、ずっと螺旋階段を上がったり下がったりしているかのように不可思議だ。叙情も一切なし。PHEWのボーカルは、感情を殺して歌っているかのようだが、時にえぐるような声も出す。山本精一の歌は相変わらず朴訥。演奏が時々定型を外れる瞬間が気持ちいい。穏やかでシンプルな音楽にしか生み出せない、微妙な波紋が頭の中に広がってくる。疲れてる夜に沁みてくるのがいい感じだ。

 ズボンズの「Welcome back,ZOOBOMBS!」は、日本でのセカンドと同じタイトルのアメリカ編集盤。ややこしい。「THE JAPANESE FUNKY HARDCORE NO.1」というサブタイトルの通り、はじめっから黒い音を出してたバンドなんだとよーく分かる。このあいだ出た「LET IT BOMB」に比べ、ギターが暴れてる曲が多いけど、テクノな「Flat-Top」や、ダウナーな「ESTEL」みたいなスタジオ色が強い作品もあるし、芸達者なバンドだ。パーカッションに導かれてラップが始まる「JUMBO」は、やっぱ抜群にかっこいい。

 さて、毎月28日といえばくらもちふさこの「天然コケッコー」。今月号は呆気にとられてしまうほどの飛ばしぶりだ。なにせ、普通のコマ割りは頭の3ページだけで、あとは見開きの右ページが8分割、左ページが1ページ1コマという大胆な構成なのだ。8分割された右ページのうち、右側が大沢で左側がそよってのも決まってる。しかも、1ページ使った大ゴマが不自然じゃないように、流れをちゃんと作ってるのだから恐れ入る。計算づくだよ、これ。このベテラン作家を、ここまでの前衛に走らせるものは一体何なのだろう? 

 
927日 (sun)

 目を覚ますと、時計は7時。目覚めた時に朝か夜か分からないのは、いつも日曜の夕方に眠り込んでしまった時です。かすかに記憶に残る夢を反芻してみれば、不条理な短編映画のような内容でした。どんな内容かは語りませんが、たぶん「lain」のビデオの第1巻を見た影響なのでしょう。個人的には、「玲音はとにかくクマが好き」という、やや極端な設定がいい感じです。でも、あまりにもどうでもいいことですね。頭が回らないので、もう一度寝ます。おやすみなさい。

 o u t d e xのマンガ関係を2ヶ月ぶりに更新。井上三太「TOKYO TRIBE 2」、町田ひらく「green-out」、宮谷一彦「肉弾時代」、水野純子「PURE TRANCE」、片岡吉乃「蝶々のキス」、やまだないと「MIOU MIOU」、望月花梨「チョコレート ダイアリイ」、村上知彦「まんが解体新書」を追加しました。

 
926日 (sat)

 マンガ&評論の同人誌「PARKING!」4号の打ち合わせ@池袋。メンツは、編集長のヒタカさん、マンガ班の山本さん・山川さん、評論班の小田中さん本田さんしばたさん・僕の7人で、俺的には錚々たるメンバー。この同人誌、はっきり言って書くのにかなりプレッシャーがあるのだ。

 最初から飲んじゃうと話が逸れるってことで、まずは喫茶店へ。話が脱線したり、山本さんのマンガのネームを見せてもらったりしながら打ち合わせ。次号は「総力戦」だとヒタカ司令官から伝えられ、まだ次のテーマも決めちゃいない僕は「うーん」。量的には見開きを埋めるのが目標なんだけど、マンガ評論って、どういうニーズがあるんだかよく分かんないんだよなぁ。

 それからピアノの生演奏がBGMの洒落た(?)飲み屋へ行き、濃いトークは全開に。本当にすごいマンガ読みの人が多いだけに、話は底無しって感じだ。そして酔っ払った僕は、前回参加時に続きまた爆睡こいてしまいましたとさ。

 「PARKING!」4号は、11月23日のコミティアで発売されるんで、興味のある方は是非どうぞ。

 
925日 (fri)

 カントリーロックという音楽には全く疎いんだけど、豪華極まりないメンツが登場するっていうので「カントリーロックの逆襲'98」へ。カーネーションのライヴに続いて今週2回目の渋谷クアトロは、こんなギュウギュウ詰めの状態は初めてってくらいの盛況ぶりだった。司会進行は萩原健太で、カバーを中心に実に3時間以上ものライブとなった。

 まずはこのイベントのために編成されたCTRというバンドが登場し、続いてHOBO KING BANDが各メンバーがボーカルを取る形で演奏。そしてゲストを迎えての共演となり、最初に出てきたのは鈴木祥子。細い身体に見事なボーカル、惚れるかと思った。センチメンタル・シティー・ロマンスの中野督夫は、よくしゃべるし、カントリーロックの曲の合間に「銀座カンカン娘」とか混ぜる、芸達者で愉快なオジサン。渋い曲で攻めた直枝政太郎は、裏声の使い方がたまらなく良かった。

 そしてHOBO KING BANDが仕切った前半の最後に登場したのが佐野元春。もう観客が大騒ぎで、元春ファンが一番多いらしいことにこの時点で気付く。そして佐野元春、「今日起きたら一杯青空で、僕は久しぶりに光合成した」(大意)ですって。素晴らしい。佐野元春の歌とオーラを満喫。

 後半はLAST SHOWが中心。現われたTHE SUZUKIは、兄弟揃ってカントリー&ウエスタンな格好だ。ムーンライダーズのライヴの時は宇宙服だったし、コスプレづいてきたのだろうか。彼らは本編のトリとしても登場して、なんと「髭とルージュとバルコニー」をやってくれた。細野晴臣とコシミハルによるSWING SLOWの時には、もう感激。だって、目の前10メートルのところで、細野晴臣がギター抱えて歌ってるんだぜ。コシミハルなんて、動く彼女を見ること自体が初めてだった。元々カントリーの人だったというLe Coupleは、彼らのヒット曲よりも伸び伸びとしてていい感じ。南こうせつは、CCRの「雨を見たかい」を観客に歌わせるし、困ってしまうほどハイテンションだった。

 アンコールではかまやつひろしが歌い、最後には全員がステージに登場。本当にすごい光景だった。細野晴臣と南こうせつが同じマイクで歌うのなんて2度と見られないぞ。細野晴臣と佐野元春をあんな近くでは見られる機会も、もうないだろうしね。

 僕はアメリカン・ロックに特に思い入れが無い人間なんだけど、それでも理屈抜きで楽しかった。見知らぬ音楽との出会いの場に感謝。

 
924日 (thu)

 岡崎京子の「東京ガールズブラボー」は、私にとって「ずっと気に掛かっているのになんとなく読んでないマンガ」でした。不意に今日になって読む気がしたのは特に理由もないことだったのですが、読んでる途中でもう「うぉーっ!」と声を上げたいほど胸に来てしまいました。今日の日記は、「東京ガールズブラボー」についての個人的な書き付けです。

 この物語は、本の帯にある「80年代の青春ストーリー」という文句そのままです。過剰なまでの期待を持って東京へやってきたサカエは、目立ちたがりやで、不必要なほど行動的。抑圧されたり、反抗したりしながら、東京での自己実現を目指します。このサカエ、自意識を持て余した痛い人でもあるのですが、実際にはそれほど悪いイメージにならないのは、好意や不満、その他のいろんな感情を、背伸びをすることなく素直に表現しているからでしょう。100%の幸福は来ないけれど、100%の絶望にも無縁。そんなふんわりとした思いが描かれた作品です。

 名作と名高い「東京ガールズブラボー」について、いまさら私が述べることはありません。ただ、いくつかの気に入ったセリフを紹介したいと思います。まずは、東京でサカエに友達ができる場面から。

「こーゆうしゅんかんて好き/ぜんぜん知らなかった人間がさ/なんとなく逢っちゃってさ/まだぜんぜん知らないんだけどすごく/気が合いそうな予感がするしゅんかん」
 意図的にひらがなが多用されていますね。そーいうしゅんかんって私も好きです。続いては、友達と3人で行った原宿で万引きをしたら、他の2人も万引きをしていた場面。

「カンタンにモノがあるけどカンタンに手に入んないし/でも、これみよがしにみせつけられたらどうしたらいいかわかんなくナル/いいかげんにしないと気ィ狂っちゃうよ」
 このマンガの舞台である80年代の日本って、今より景気は良かったはずです。その時点でも「気ィ狂っちゃうよ」っていうんですから、不況だっていうのに相変わらずカンタンにモノがある社会で生きる私たちは、もはや狂うしかないのでしょうか。いや、私の場合はすでに狂ってる可能性がかなり高いです。

「…あたしなんだか落ちこんできちゃった/何故かしら急に暗い淵に一人立っているような気分になるのよ/耳なり耳なり踏み切りの音のような/心臓がきしんでる急に頭が痛くなってきた」
 これは、友達のミヤちゃんが鬱になる場面のセリフです。思わず、「あるあるあるあるある!」と叫びたくなりました。あ、今の若い人は「クイズ100人に聞きました」なんて知らないですね。そして最後に、朝の道をサカエが歩きながら思いを巡らす場面から。

「あたしの好きなもの/シュークリーム、エクレア、あんドーナツ、コーヒー、ピンクのぽわぽわのついた手袋、ブルーのミルクのニットのワンピ、こうようする音楽、つきささるようなリズム、青空、それから」
 「一億人の漫画連鎖」という本で晄晏隆幸さんも指摘していましたが、岡崎京子の作品にはいつも素敵な青空が描かれています。80年代には空を見上げることすらしなかった私は、この「東京ガールズブラボー」に出てくる犬山のび太のような少年でした。中学・高校時代を過ごした学校のそばには東京タワーがそびえていたけれど、あの頃はいつも閉塞感にとらわれていて、当時の私はそれを見上げることも無かった気がします。同じ80年代を過ごしていたはずなのに、「東京ガールズブラボー」の世界は、私にとっては別世界のファンタジーのようなのです。80年代をこんな風に過ごしていられたなら…とも思ってしまうのですが、でも90年代の現在の毎日もそう悪くないかと思えるのは幸福なことなのでしょう。なんとなく幸せな感じ。それが私にとっての「東京ガールズブラボー」の魅力です。今、私は東京の青空が大好きです。


 
923日 (wed)

 室井佑月「熱帯植物園」読了。最近メディア露出が多い作家なので、イメージ先行型で中身の追いつかない作家なんじゃないかと警戒していたんだが、5編の短編を収録した初単行本を実際に読んでみたところ、それは全くの予想外れだった。

 「熱帯植物園」の最初の5ページを読んだだけで上手いと思わされた。文章のリズム、形容の多彩さ、そして導入の巧みさ。彼女の文章はかなりかっこいい。16歳の由美は、父親の愛人で自分と同じ名を持つ由美に出会う。愛人の由美は、娼婦で放火魔で興奮すると発作を起こすけれど、2人は親しい関係になっていく。由美は大きく感情を揺らすことをしない。恋人も友達もいるけれど、誰とも親しげで、誰とも距離を置いている。ただ、テレクラで知り合った男にレイプされた時には、母親や恋人、友人たちのことを考え、愛人の由美が死んだ時には、「由美が好きでした」と語る。次第に他者との関係性を自覚していき、「大人は嘘吐きだ」と認識するようになるけれど、ラストで自分も大人の女となったために、再びすべてを見失い、淋しさの中に立ちすくむことになる。カタルシスからはほど遠い終わり方だ。多くの要素を詰め込んだ分、予定調和的になった部分や処理しきれていない部分があるのは惜しい。けれど、情感過多とは無縁な乾いた表現が深い余韻を残す。

 「砂漏」は抽象的なラストが後を引く。「屋上からずっと」は、安定感という点ではこの短編集の中で最も良くできているかもしれない。「清楚な午後三時」も、短いながら心理の描き方が鮮やかだ。

 登場する主人公は女の子ばかり。彼女たちにとって、セックスが欲望を満たすものであることはむしろ少なくて、ある種の道具に過ぎないことが多い。そして、誰もが孤独を抱えているのに、それを自覚することすら難しい。デビュー作「クレセント」でも、主人公の女子高生は、淋しさを紛らわすためアル中になっていた。そうした意味で、「クレセント」から「熱帯植物園」まで、たぶん室井作品のテーマは変わっていない。ただ、湿気を含んだ情感を排除したトーンで世界を深めていこうとしているのだろう。セックス絡みのイメージで紹介されることが多いけれど、そうしたものが室井佑月という作家の本質だと考えるのは大間違いだと思う。

 
922日 (tue)

 「日曜日、すごく天気良かったですよね。何してたんですか? 私、学校に行ってたんですよ、ヌードデッサンがあったんで。もちろん女の人、乳ボヨーンって。男子もいるけど、そういうモデルの人だからいいんですよ。うん若い人、あんまりオバさんは来ない。ウハウハって感じだったんですけど、その人、すぐ眠っちゃうんですよ。素っ裸で。デッサンって、20分描いて10分休憩なんだけど、始まるとコクコクしちゃって。私も授業中とか寝ちゃうし、仕方ないのかなーと思うんですけど。でも困っちゃった。それでね、休憩の時に窓のところにいたら、大きな蛾が入ってきて、キャーって外に逃げたんです。ほら、うちの学校、中庭があるじゃないですか。そしたら、すごく天気が良くて空がきれいで。芝生の緑、周りの木々の緑、校舎の白、空の青…すごくきれいだったんですよ! わー、私たちが教室で絵を描いてる間、こんな青空があったんだなって。その時、マジな話、私、飛んでいって青空の中に溶けちゃいたい気持ちになったんですよ。」

 マオちゃんから聞いた、ちょっといい話。

 
921日 (mon)

 渋谷クアトロでカーネーションのライヴ。会場で知り合いたちから聞いたところによると、昨日のライヴには島倉千代子がゲストで登場したというじゃないか。マジかよー、来りゃよかった。ともあれ、最前列に向かうさくら君たちを見送って、僕は会場後方でゆっくりと見ることに。

 そして登場した無骨なるロマンチスト・バンドは、相変わらずハードにしてしなやかサウンド。中でも耳を引いたのは、曲間を繋ぐ形で演奏された2曲のインストだ。片や爬虫類を連想してしまうほど粘り気のあるグルーヴに溢れ、片や穏やかにしてエレクトロ。直枝政太郎はMCで、カーネーションを「情報量の多いバンド」と語っていたけれど、それも納得させられるアレンジと演奏だった。また、「エレキング」や「天国と地獄」の頃と現在とではサウンドの方向性が大きく異なるのも、実は音楽的な情報の処理の手法の違いに過ぎないのかもしれないとも考えた。

 今日聴けて嬉しかったのは、「天国と地獄」からの曲。アンコールには、ブレッド&バターの片割れや、Buffalo Daughterの大野由美子・青山陽一ヒックスヴィルの男子組が登場して盛り上げる。特に「愛のさざなみ」から「夜の煙突」にかけての客席前方の盛り上がりは、後ろから見てると、そりゃもう凄かった。

 なお、10月21日発売予定だった、「エレキング」と「天国と地獄」のリイッシュー盤は制作上の都合で11月に発売が延期。「エレキング」のライナーを書かせてもらった僕自身も、期待に首を長くして待ちたいところだ。

 
920日 (sun)

 昨日動き回って疲れ果てたんで、今日は一日静養する。まちださんに勧められて買った椎名林檎 「歌舞伎町の女王」は、ひなびた雰囲気とクセのある歌い方が気に入って、ずっとリピート。歌詞のストーリーテリングもかなりの力量だ。これでもうちょいサウンドに面白さが出てきたら、小島麻由美のような存在になるかもしれない。

 先週買ったままだったくらもちふさこの「チープスリル」全3巻は、ラブコメっぽい話もあるけれど、けっこう人間のダークな面にも目を向けた作品だ。「おばけたんご」でも感じたけど、くらもちふさこの人間描写って非常にクールだ。ラストがまた突き放した雰囲気で、「天然コケッコー」のラストも覚悟しといた方がいいかなと思わせられるほどだった。

 o u t d e x更新、「for beter or for worse」「ふくつかまんの世界へようこそ」を相互リンクに追加しました。

 
919日 (sat)

 昼、原宿で開かれた「groovisions 秋の展示会」へまちださんと行く。会場のギャラリーRocketは同潤会アパートの一室で、ほんの10数畳ほどのスペース。しかも入るといきなり左手にパチンコ台が5つ並んでいる。パチンコ台は、groovisionsのキャラクターであるチャッピー仕様で、握り手の部分や椅子までチャッピーだらけだ。これが展示会のメインで、両側をコルク板で飾った会場には、他に物販のテーブルがあるのみ。ノートセットや服なんかは残っていたけど、まちださんが狙っていたチャッピー・フィギアは展示会2日目にして既に売り切れで、これには落胆のご様子だった。あまりに見る物が無いってのも驚いたけど、この力の抜け方がgroovisionsらしさかも。例えばCONTEMPORARY PRODUCTIONSはこんなマネしないもんな。しかも、彼らのDJイベントのチラシをもらってきたら、そこにも「GRV0905」というgroovisions作品の通しナンバーがしっかり入っていた。

 夜は新宿でサブカル系ページのオフ会。集まったメンツは、加野瀬さんトモミチさんゴー、カオルさん(ゴーの妹)、シンくん(ゴーの弟・8歳)、ウガニクさん、弟子さん、苺さん、(la改め)ユウタくん由一さんOGAIさんって具合で、僕を含め実に12人。名前からリンク張るのも一苦労だ。6月の第1回に比べ人数倍増で、今回は女の子が2人来たって辺りに希望の光が見えるような見えないような。

 1次会も2次会も飲み屋でダメ度の高い話をし続けて非常に楽しかった。初めてお会いした加野瀬さんは、怖い人だったらどうしよ〜というこっちの心配とは裏腹に紳士で安心する。やはり初対面の由一さんは、クラブとかにいそうな洒落た若者って感じだった。カオルさんはゴーとは似てなくて可愛い子。ゴーは髪が短くなってたんだけど、その分、シンくんと頭の形が似てるのがよーく分かった。説教しまくりのユウタくんとウガニクさんは、友情に満ちたライバル関係って感じ? 弟子さんはやはり腰が低い方で、苺さんはマジで好青年。掲示板でもそうだけど、生で見るトモミチさんとOGAIさんのやり取りには笑った。2次会終了後で僕は帰ったんだけど、終電を逃した人々はカラオケへ。みんな無事に一夜を過ごせたんだろうか。

 
918日 (fri)

 ズボンズ「LET IT BOMB」購入。黒人音楽の影響がモロだけど、一筋縄ではいかないサウンドだ。複雑なリズム・アレンジの「South Central Rock」や「Mo'Funky(pt.1)」、ゆるやかなビートに乗ってラップする「Pleasure Drop」、ブルージーにして気の抜けたかのようなハープの音が響く「Midnight」なんかが耳を引く。「Ships Are Alright」なんて、まんまアフリカ音楽のようだ。前作に収録された「Jumbo」のようにガツンとくる曲はなかったけど、その分ディープ。

 o u t d e x更新。CDレヴュー14枚分を「MUSIC」に追加しました。夏の終わりに春の終わりを懐かしむのもオツなもの、というわけで5月分です。

 
917日 (thu)

 神保町へ行ったら、明日発売のはずのくらもちふさこ「天然コケッコー」9巻があったので狂喜して購入。

 この巻の見所は、何といってもscene.37。実に45ページもの間、完全にセリフが無いのだ。最後に唯一ちょっとした言葉が入るだけ。冒頭の風景描写からして胸に焼き付いてくるし、描かれているのもほんの1日の間のことなのに、かなりテンポの早い展開でテーマを浮き上がらせていく。サイレントの前衛性に溺れることもなく、ちゃんと意味が通じてしまうんだから恐れ入ってしまった。ちなみにscene.39では、突然1ページ丸ごと学校の平面図が現われる。コマとコマの間に空白が無くて、全部線で仕切られてる描き方も独特だけど、くらもちふさこはそれに飽き足らず、どんどん先鋭的になってる印象だ。72年にデビューしたベテラン作家が、これほど意欲的ってのもすごい話だよな。

 もうひとつ気付いたのは、9巻になってもストーリーが全くダレていないことだ。伏線の張り方も巧みだし、父親の浮気疑惑と恋人の浮気疑惑がダブって進行しているという構造が成立している。1話の中での構成も巧みだが、同時に物語を1話だけで終わらせず、次回へ有機的に繋げていく手腕も素晴らしい。

 「天然コケッコー」は、田舎を舞台にしたほのぼの恋愛ストーリーという形容も出来るだろう。日常の瞬間の切り取り方の美しさ、そして人間の機敏の描き方の繊細さを見ていると、確かに納得も出来る。しかし、ネガティヴな感情もしっかりと表現されているわけで、実は非常にクールな視点から描かれていることは間違いない。平凡な日常にドラマを見出し、いつ終わるともしれない物語を紡ぐのに成功しているのは、そうしたある種の冷徹さと人間への愛情が両立しているからではないかと思う。

 そして、田舎が舞台であることも、失われ行くものを惜しみながら描いてるというよりも、実はすでに失われた架空の世界としてくらもちふさこは描いているのかもしれない。そんな気がした。

 
916日 (wed)

 マガジンハウスの「relax」って雑誌は、健康雑誌かなんかだと思ってたんだが、昨日青山ブックセンターで手にしたらgroovisionsの特集が載ってるじゃないか。即ゲット。The High LlamasのSean O'Haganのインタビューや、アル・ヤンコヴィックの記事なんかもあって、サブカル度高し、でも鼻につかない程度に洗練された誌面だ。在りし日の「03」が頭をかすめるなぁ。もっとも、けっこうファッション関係の記事もあって、結局はこういう記事が増えていきそうな予感も。

 あと昨日一緒に買ってきたのが、山本直樹の「YOUNG & FINE」。これがたまらなく切なくて、読んでていたもたってもいられない気分になった。海辺の街に住む高校生の主人公の1年を描いたこの作品、最終話のタイトルなんて「3月、そして誰もいなくなった」ですぜ。青春といえば苛立ちがつきものだけど、主人公はなんとなく生きるばかりで、他人と正面からぶつかり合うこともない。最後にはいろんな関係性が消えていっちゃうんだけど、悲壮感なんてものと無縁なのがまたいい。最終話の構成は特に巧くて、山本直樹の力量を再確認させられた。

 
915日 (tue)

 西麻布オージャスでのイベント「Folk and Poetry Reading」へ。その名の通り、詩の朗読と歌によるイベントで、さいとうみわこさんも出演するというので、晄晏さん・有馬さんと行く。会場の店は大人な感じの洒落たバーで、そこに客が満員御礼状態だった。

 さいとうみわこさんの場合、詩の朗読といっても無音の中でするのではなくて、夏秋冬春(テープ&ドラム)・明石隼汰(ピアノ)両氏によるサウンドがバックに流れるスタイルだ。詩によって、編集されたテープが流されたり、音楽の演奏だったりするし、朗読自体もリズムを意識したりしなかったりする。初めて聞く詩が多いってのも、語りたいことを真っ先に語るポエム・リーディングらしかったが、中でも「Baby」という詩では、途中で演奏がフリージャズのようになる展開も見せた。CD「Charlie」でもそうだったんだけど、彼らのサウンド作りは詩のテーマをダイレクトに浮き立たせる。言葉が歌になる以前の、言葉と音の出会いを表現するという、普通に歌を作る以上に大変ではないかと思われる表現に挑む姿が印象的だった。

 ライヴを観てからファミレスで11時過ぎまで話していたら、外はいつのまにかどしゃ降りの雨。我々が台風をなめていたことに気付かされ、3人でタクシーに乗って渋谷まで。

 
914日 (mon)

 パラダイス・ガラージの新作「実験の夜、発見の朝」を渋谷タワーに買いに行ったところ、新作のコーナーに無いので延期かなと思ったが、パラガのコーナーにひっそりと並んでいた。俺的には期待の大きいアルバムなのに、世間じゃ地味な扱いなんだなぁ。ズボンズのアメリカ盤もそろそろ入荷してるかと思って探したんだが、こちらはどこにも発見できなかった。

 小原慎司の「菫画報」は大きな書店にもなかったのだが、「まんがの森」でやっと発見。でも3巻はカバーがグシャグシャだったので涙を飲んで購入を断念する。どうせ本は一度しか読まないんだけど、買うなら美品が欲しいのが人情ってもんだ。榎本俊二「エノティック」と、知人の勧める室井祐月「熱帯植物園」をパルコブックセンターで買ったら、持つ手に袋が食い込む重さに。

 
913日 (sun)

 レンタルでいつも貸し出し中だった「ブレンパワード」をやっと見ることができた。なかなか見れなかった分、期待が膨らんでいたのだが…正直言ってタルかった。エヴァのような切迫したテーマも、ウテナのような弾けた演出も感じられず、自分にはまったく必要ないもののような気がしてしまう。会話やモノローグのクサさが気になったり、セルとCGの組み合わせ方に違和感があったり。つまりは趣味の問題なんだろうけど、富野由悠季の熱心なファンではない僕にはちょっと辛かった。

 ただ、海上でブレンパワードが発進する第2話のシーンは、菅野よう子の音楽も良く、見ていて気持ち良かった。エンディングで荒木経惟の写真を使いアイデアも面白い。

 それにしても、今年はハマれるアニメにまだ1本も出会えてない。「カウボーイビバップ」はセンスを認めながらもテレビ版にはガツンと来なかったし、今も気になってる「lain」は、1度見た後は毎週見忘れてる有り様だ。どうもテレビ番組を毎週同じ時間に見るのは苦手なので、とりあえず今月出るビデオに期待。

 
912日 (sat)

 何をいまさらと言われそうだが、MP3というものに手を出してみた。MP3というのは、CDと音質があまり変らないというのが売りの音楽圧縮ファイル。それがネット上にUPされているとなれば、当然のごとく著作権云々が問題になってきて違法性の臭いが漂ってくるわけだけど、そうなると現実を直視すべく実際に聴いてみなければという気にさせられるというものだ。いや、興味本位じゃないですってば。

 プレイヤーで一番メジャーなのはWinAMPだけど、シェアウェアなので、日本語表示もできるフリーウェアのSCMPXを調達。そしてMP3のファイルを落とそうとしたのだが、平気で4MBとかあるので途中でデータの送信が止まってしまい、いきなり泣かされる。しかたないので、大きなファイル落とす時に重宝するGetRightというソフトを導入して再挑戦。ここまで来るともう後には引けない。

 ちなみに置かれている音楽のジャンルは、圧倒的にJ-POPのヒットチャートものとアニソンが多い。JASRACが警告を発したために、最近はMP3関係のページが次々と閉鎖しているようで、今も存続しているページのデータの置き場所は、geocitiestripodxoomといった海外の無料サーバーが大部分だ。

 そしてダウンロード終了後、いざ音を聴いてみたのだが、確かに思いの外いい。パソコンの貧弱なスピーカーじゃ判断は難しいが、普段ラジカセで音楽を聴いてるような人には、このぐらいの音質で充分だと思う。最近話題の韓国製のポータブルMP3プレヤーMPMANなんかだと、平気でテープよりもいい音がするんだろうか。

 お目当てのアーティストのお目当ての曲を探すのってのは手間と時間が掛かるので、ページを見てまわる中で聴きたかった曲があったらラッキーと考えた方がいいだろう。あと、ページの容量の関係で古い曲は次々と削除されるので、出まわるのは新しい曲が中心。落とすだけなら基本的に受け身だし、ジャンルもヒットチャートものとアニソンが多いので、MP3が音楽生活の中心になってくるとその辺の影響を受けてくるかもしれない。今もすでにヒットチャートものしか聴かない層とマニアックな層とで2局分化してると思うけど、それにさらに拍車を掛けそうな現象だ。気に入ったレコードは買わなきゃ気が済まない僕みたいな人間は試聴感覚で聴くわけだけど、別に音楽なんてものはマニアックに聴き漁らなくても、MP3程度の音質のヒットチャートものだけ聴いてても生活には充分だというのも真実だと思う。とはいえ、マニアックな音源をUPしてるページにも多少出会えて嬉しかったので、もっと増えて欲しいってのが正直な感想だ。

 そんなことを考えつつ、ついつい6曲も続けて落とす。地下水道にもMP3のジャンルを作りたくなってきたぞ。

 
911日 (fri)

 the divine comedy「fin de siecle」、WAGON CHRIST「TALLY HO!」購入。

 Neil Hannonのソロ・ユニットであるthe divine comedyは、オーケストラを従えての大英帝国的音絵巻。大仰なほどのゴージャズさと、ほどほどの胡散臭さが生み出す空気がたまらなくいい。曲もしっかりポップで、弦楽器や管楽器の音も艶やか。愛聴してしまいそうだ。

 こちらもソロ・ユニットのWAGON CHRISTは、plug名義でもアルバムを出していたLUKE VIBERTによるもの。クールにしてパラノイアなドラムンベースだったplugに比べ、より音数が減った印象で、全般的に芯の太いサウンドだ。テクノの寄りになってきたけど、小技が耳に心地いい音響感覚はそのままなのが嬉しい。

 
910日 (thu)

 気が付けばo u t d e xを2週間以上も放置していて、子供を車に置きざりにしたままパチンコに夢中になる母親ってのはこんな気分だろうかと思うことしばし。そんなわけで、「古楽と癒しの家」「NoI2」を相互リンクに追加し、久々に更新してみた。カーネーションの原稿やコミティア2連発も終わって一段落したんで、心だけは更新攻勢に向けて臨戦体制に入ってます。

 とはいうものの、エヴァ劇場版26話の数カ所をLDからビデオにダビングして、コマ送りで見てるんだから我ながらヒマ人だ。いや、暇じゃなくてもこういうことになると時間を惜しまなくなってしまう。問題は最後の方、実写からアニメに戻る場面なんだけど、噂通りスプレーで落書きされたガイナックスの写真が入り込んでいた。初めて劇場で観てから早1年以上、やっと確認できたんだから感慨深いなぁ。こんなことで感慨深くなってていいのかは別として。もっとも、アクティヴな方々は公開当時に劇場にビデオカメラを持ち込んで録画し、それをコマ送りで観て気付いてたんだからすごいよなぁ。現物は見たことないけど劇場撮りの海賊版ビデオもあったらしいし、それがまた海外に渡ってビデオCDになってたらしいんだから、話はグローバルだ。僕なんてまだまだです。

 
99日 (wed)

 車谷長吉「赤目四十八瀧心中未遂」読了。藤沢周の芥川賞受賞作に続き、直木賞の受賞作も読んでみた。ミーハー。

 主人公の生島は、大学を出て会社勤めをしていたものの、自分の命を削っているだけではないかとの思いに囚われて仕事を辞し、職を転々としながら流浪する。そして流れ着いた尼ヶ崎で訪ねたのは、知人に紹介された焼き鳥屋だった。仕事は、日の当らない部屋で、病気で死んだ豚や牛の肉を串に刺す作業。周囲にいるのは、焼き鳥屋の女主人で元娼婦のセイ子、彫り物師の彫眉、その女で朝鮮人のアヤといった、それぞれに業を背負った人々だ。そんな泥の上を這い回るような暮らしの中で、生島は覚醒剤密売の集金や拳銃の受け渡しまでやらされ、いつしか自分が異分子として常に周囲の目に晒されていることに気付く。そしてアヤが突然生島に抱かれに来たことにより、事態はゆっくりと心中の旅へと向かっていく。

 物語の最初から最後まで、生島は常に周囲に対して受け身でいるだけだ。自分の意志とは関係なく押し流され、兄の借金のために売られることになったアヤに一緒に心中してくれと頼まれても、深い思いもなく言われるがままに了解する。セイ子をはじめ、他人との間の好意はどれ一つとして実ることがない。彼が強く感じるのは、自分が同じ場所に長くは居られないという思いだけだ。

 生きることの現実感を取り戻すまでの、汗を流し続ける真夏の物語ともいえるかもしれない。文章の言い回しのあまりに独特な堅さは、生島の不器用な生き様をこれでもかと浮き立たせる。深い感傷もないまま、割り切れない思いだけを残して物語は終わっていく。

 愚図で無能で、常に自分の居場所を疑い続けている生島。彼は語るべき物語のない自分の人生を恥じる。僕が置かれている境遇とは遠く離れた物語なのに、かくも響いてくるのはなぜだろうか。

 
98日 (tue)

 相変わらず予約までしてエヴァのLDを発売日前日に購入。この14枚目にはテレビ版・劇場版の両26話が収録されていて、これで一通りパッケージ化は完了だ。まさか今年中に全部出揃うとは思ってなかったな。ここ数ヶ月は毎月のように出てたんで、レコード屋のスタンプカードも、点がどんどん増えてしまった。

 中身の方は、基本的には放送・上映されたまんま。ただ、劇場版26話のある部分では、セリフが消えて字幕に変わっていた。まさかこの期に及んで手直しするとは。あと、最後の「終劇」が「完」になってたけど、例のラストに呆然とした直後に現われた思い出深い2文字だけに少々残念。これは年末に出る映画版のボックスセットを買えば見られるんだろうけど。

 そんなわけで久しぶりに最終話2ヴァージョンを見直すことになったんだけど、テレビ版も劇場版もはっきり言って大好きだ。僕の周囲には、テレビ版最終話を見て声をあげて泣いたとか、自我に目覚めたって若い衆もいるんだけど、やっぱそれも納得。異様なまでに何かを投げつけてくるあんな映像にはそうそう出会えないよな。もはや暴投の域にまで達してるし。劇場版26話は、もう最高のドラッグ・ムーヴィーだ。特にマンションでシンジがアスカになじられて首を絞めるシーン以降は大好きだ。緒方恵美の演技も素晴らしい。以前ネット上で話題になった、ガイナックスへの落書きのコマ画像とかについては、CLVだとコマ送りできないんで、一旦ビデオにダビングしてから確認する予定。わざわざ。

 本田雄が原画を担当したジャケットがまたいいんだ。何事もなかったかのように、みんな笑顔。なんか泣けるね。

 さて、今日はエヴァといえばもうひとつ。友人のRから、ポーランドの女性歌手エヴァ・デマルチクのテープが郵送されてきた。以前Rがポーランドに行く時に頼んだものの現地で見つからなかったのだが、今度は彼女のお姉さんが行った際に見つけてきてくれたとか。かくして依頼から6年目にしてエヴァ・デマルチクの歌声が僕の部屋へ。音楽的には特にポーランドの民俗色とかはなくて、むしろシャンソンとかの感触に近い。聴くべきはその渋く深い歌声で、発する声の一つ一つに年輪あるいは皺が刻まれたかのように味わい深い。派手さはないけれど丁寧かつ高度な演奏と、卓越した表現力の歌が胸にしみる。

 
97日 (mon)

 藤沢周「ブエノスアイレス午前零時」読了。収められている表題作と「屋上」に共通しているのは、敷かれた線路から外れながら、しかし外れきることが出来ない男たちの姿だ。彼らは、東京の広告代理店を離れて温泉宿で働いていたり、レジャー産業会社から街のストアの屋上へ派遣されていたりする。そして浮かび上がるのは、同じような日々の繰り返しでもそこにいるしかなく、見えない束縛の中での静かな苛立ちだ。

 「ブエノスアイレス午前零時」の主人公カザマは、ダンスホールがある旅館で働いている。宿自体にもダンスをしに来る客にも強烈な嫌悪感を持っているが、それを押し殺して働くのみの日々。そこへ来たダンス客の一行のミツコは、自覚はあるもののボケが進み、今が何時で、自分がどこにいるかも曖昧な中で過ごしている老婆だ。今も身を飾る彼女は、噂によれば昔は娼婦だったらしい。そしてカザマは、時間と空間の歪みの中にあえて飛び込むかのように、ミツコにダンスを申し込み、彼女と踊りながら時間と空間を心の中で飛び越える。

 「屋上」でも、主人公は毎日同じ仕事を繰り返す。ストアの屋上でゲーム機や乗り物を管理し、仕事が終わればそこで運動をして帰る。その彼が気になるのは、ペットショップの一日中じっと動かないポニーだ。屋上にただ1匹だけ本物のポニーがいる奇妙な光景。そしてある日、反射光を浴びるポニーに神秘的な感覚を味わい、彼は次の日、穏やかながらも日常を揺らす行為を試みる。

 2作品とも、自分とは別の世界にいるかのような他者への、ある種の「恋」の物語だと思う。

 
96日 (sun)

 なんと2週続けてコミティア、しかも今日はコミティアXなる番外編。規模こそ200サークルと通常の5分の1程度だけど、会場にあるのは机ではなく畳という意表を突いた趣向だ。企画大歓迎で、浴衣を着てくると入場無料。開場してみると、同人誌即売会とフリーマーケットと学園祭と縁日がゴッチャになったような雰囲気で、本を探すような雰囲気とはちょっと違っていたけど、非常に楽しかった。

 そして今日のXでは、植田さんとJIMMYさんが、コミティア作家をゲストに招いてトークライヴをやったんで手伝う。しかもそのステージってのが会場のド真ん中にあるし、6人相手に20分ずつで120分もやるしで、事態のデカい展開に驚きつつも見守ることなった。司会のご両人、登場した作家さんたち、ご苦労様でした。

 それにしても今日はたくさんの人達に会った。コミティアってのはあくまで創作物の即売会なんだけど、今回のイベントは場として盛り上がりが大きかったと思う。Tシャツを気前良く下さった山本さん、クララサーカスの激レアなテープで感激させてくれた三五さん、音響手伝ったら自主制作のCDくださったそうじゅさんには大感謝。閉会はなぜかバグパイプの生演奏だった。

 初めてコミティア全体の打ち上げにも行き、ここでまたいろんな人と知り合う。でも、浮かれてばかりじゃなくて、謙虚かつ地道に生きることも忘れてはならんなー。で、その生活の中からコミティアで発表できるようなブツを自分も生み出せたらいいなと思いつつ、帰りはJIMMYさんの車の中で爆睡。

 
95日 (sat)

 昨日平澤さんが勤め先に辞表を出したというので、桜木町で激励会。本人以外に塚田さんと僕しか集まらなかったのは、連絡が回ったのが昨日の深夜だっただけにしかたない。ところが、主役の平澤さんが来てみると、なかなか辞めさせてくれそうもないとのこと。集まった目的をやや見失ったものの、普通に食事してお茶飲んで場を乗り切る。


 
94日 (fri)

 カーネーションの「エレキング」再発盤のライナー原稿を徳間ジャパンに送り、これにて一応は作業完了。直枝政太郎さんにもチェックしてもったし、決まってから2週間足らずでなんとかなって一安心だ。発売は10月21日なんで、興味のある方はひとつよろしくお願いします。

 そして心は、まだ貰ってもない原稿料へ。買い物する足取りも軽くなるってもので、藤沢周「ブエノスアイレス午前零時」、高沢皓司「宿命 『よど号』亡命者たちの秘密工作」、別冊ぱふ「コミック・ファン」2号、岩館真理子「アリスにお願い」、「MISIC LIFE」9月号などを迷わずレジへ持っていく。「宿命」は500ページ以上ある分厚くて重い本なんだが、持ち運びに不便だし、いつ読めばいいのやら。「コミック・ファン」は、榎本ナリ子のインタビューは長くて良かったんだけど、全体的に内輪ムードが漂ってて違和感があるな。

 勢いづいてCDも。「KAHIMI KARIE」はアメリカ編集のベスト盤で、元になってるのはCRUE-LとTRATTORIAの音源。彼女のCDっていつも友達に借りてばっかで、実は買うのは初めてだ。輸入盤が高くて二の足を踏んでいたadventures in stereo「alternative stereo sounds」は、日本盤の方が安かった。日本人のカヒミを輸入盤で買って、海外のadventures in stereoを日本盤で買うってのも考えてみれば妙か。あと、クェートのオムニバス盤「CARNIVAL 97」も発見したので押さえる。サウジアラビアとかのは持ってるんだけど、クェートのCDは初めて現物を見た。プレイヤーにかけてみたら、他の大方のアラブ系CDと同じく30分弱しか入ってなかったのは御愛敬。

 
93日 (thu)

 村上知彦「まんが解体新書」読了。「手塚治虫のいない日々のために」という副題の通り、手塚治虫の没後の日本マンガ界の現状分析が中心の評論集。「週刊少年ジャンプ」の凋落、「ガロ」休刊騒動などの時事的な話題にも言及されているが、思わず唸らされたのは、マンガの差別的表現や有害コミック問題への提言だ。モラルに合わせた耳障りのいい言葉に流されず、マンガの表現としての核を見据えようという意見は、冷静かつ極めて有益だと思う。

 そして本書で繰り返し述べられているのは、マンガの量的な増え方と細分化、そしてアニメやゲーム、ノベライズといった他のメディアとの関連による、マンガという概念の拡大あるいは解体だ。マンガの受け手も既にプロとアマチュアが存在して、作品にのめり込んでいる「プロ」と呼ぶべき読者と、関心はあっても表層的な情報しか知らない「アマチュア」の人々がいると村上は述べる。そう語る彼の評論は、そのアマチュア層へ向けて語ろうとする試みの集大成でもあるのだろう。

 通読すると、残念ながら村上がマンガ読みとして最前線に立ってはいないこともはっきりしてくる。そもそもこの「マンガ読み」って言葉自体、世間一般では通用しない特殊な用語でもあるわけで、村上の「プロ・アマ」理論の正しさを証明しているのかもしれない。

 マンガ自体の隆盛と比べ、評論はその舞台が少ないために、世代交代がなかなか進まないという問題を抱えている。しかしネット上では評論が盛んで、決して良質なものばかりとは限らないが、裾野が広がればその分新しい才能も現われていくだろう。マンガ読みたちが変な選民意識を持つのは困る。けれどマンガ評論が新たな段階に達し、それがマンガ文化に良い影響を与えていくだろうと、僕はけっこう楽観的に考えている。

 手塚治虫の死後も、マンガ文化の発展の中に彼の姿を見るだろうと語る追悼文「君去りしのち」には泣けた。

 さてさて。So-net、今夜もしっかり落ちてくれました。もはやお約束の領域に突入した模様です。

 
92日 (wed)

 落下するアナウンサーをテレビが生中継していたらしい爽やかな朝、そんなことは知らずに、僕はこの日記のタグの打ち間違いを爽やかに修正中だった。で、再UPして表示を確認しようとしたところ、突然メンテナンスが始まった旨の表示が現われた。眉間にこれでもかと皺を寄せながら読むと、夕方まで一切So-netのページ群は見られないらしい。いや、So-netのやることなんでいまさら驚かないけど、メンテするなら事前にユーザーにメールで通知しろよと思うのが人情。とはいえ、これも以前に何度同じことを思わされたことか。怒らず嘆かず全てを他人事のように受け止めようと自分に言い聞かせ、心穏やかに出社することにした。

 予定よりも遅れて夜7時ごろメンテが完了してページが見られたと思ったら、今度は10時過ぎに全面ダウン。さすがSo-net、やることが豪快だ。こちらも、怒って嘆いて我が事としてブチ切れる。でも怒りのやり場がないんで、他のプロバイダーのページを見てまわるしかないのが情けない。CGIやSSIが使えるのと、何種類もページを運営してて移動が面倒なんで、文句を言いつつもSo-netにとどまってるんだけど、そろそろ本気で移動を考え出した。さすがに。このままデータ量が増えてったら、また使用料も上がるだろうしなぁ。

 こうなったら独自ドメインでも取ろうか、「www.so-net.com」とか…と思ってたら、もう取得されていた。

 
91日 (tue)

 カーネーションの「エレキング」再発盤のライナー執筆作業もいよいよ大詰め。というか、規定量を大幅に越えてるものの文章自体は一応書き終えてるんで、今日はその字数を削る作業をする。同じ文章を一字一句追いながら何度も読みかえしてると、頭が霞みがかって、何が重要かも分かんなくなってきた。

 そしてその作業のBGMは、何の関係もなくKinKi Kidsの「ジェットコースター・ロマンス」だ。古本屋でレンタル落ちの中古が100円だったもんで。最初に聴いた時は、「来世紀ももうすぐだってのにこのサウンドかよ、船山基紀!」と叫びたくなったけど、聴きかえすうちにアラ不思議、すっかりなじんでしまった。作曲・プロデュースの山下達郎がどこまで計算してるのか知らないけど、見事な歌謡曲だ。しかも松本隆が手掛けた詞に至っては、「不意にほどけかけたビキニの紐」ですぜ。夏も終わるっていう今頃になって、思わず聴き続けてしまってもんだ。

 ところでキンキのリンク先を探してる時に気付いたんだけど、ジャニーズ系のページって本当に写真を使ってない。タレントの写真はもちろん、CDジャケットとかの画像とかもだ。同人誌の世界には「J禁」って言葉があって、ジャニーズ事務所は規制が厳しいことで恐れられてるんだけど、ネットの世界でも同様の事態らしい。ファンの皆はずいぶんと不自由な活動を強いられてるんだなーと思う反面、ネット上での著作権保護の視点からすれば彼女たちこそ優等生だという事実に、ちょっと苦いような複雑な気分。やっぱ自主規制が一番ですか。

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日記猿人
 


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