since 14/DEC/96
 
小心者の杖日記
 
ロゴデザイン BY ゴー
 
630日 (tue)

 mono puff「it's fun to steal」、NEIL FINN「TRY WHISTLING THIS」、DR JOHN「ANUTHA ZONE」購入。シングルでは玉川カルテット「アンアン小唄」とホフディラン「コジコジ銀座」も買ってきた。今頃「コジコジ銀座」ってのは、友人たちがカラオケで歌うのを何度か聴いて気に入ったもんで。

 mono puffは、THEY MIGHT BE GIANTSのJOHN FLANSBURGHのユニット。THEY MIGHT BE GIANTSの前作「Factory Showroom」は、それまでのB級っぽさが影を潜めた印象でちょっと淋しかったが、実はその手の感覚はmono puffに移転していたようだ。エレクトロというか、確信犯的なチープさ全開。ターンテーブルがメインの曲もあれば、昔のディスコ・ソングみたいなのもあったりと、曲ごとの針の振れ方が大きくて痛快だ。しかも力強さもあって、ポップな猥雑さがあるのが嬉しい。

 NEIL FINNは、Crowded Houseの頃とさして変わらないのだけれど、いいメロディーと丁寧なサウンドは相変わらずだ。黒主体のジャケットやスリーヴからして地味だけど、なんか胸をかきむしるようなメロディーが詰まってて困る。ハードな曲やダウナーな曲もあるけれど、どこか淡々とした味わいなのも魅力。これからの季節に聴くには気持ち良さそうだ。

 DR JOHNの新作の冒頭の数曲は、派手さを押さえたサウンドがかえって熱さを滲ませる。一気にコーラスの入る「HELLO GOD」や、Paul WellerのうなるギターとDR JOHNの喉がタメを張る「PARTY HELLFIRE」はカッコ良すぎだ。最後の締めの曲がまたいい。歌声や楽器の音の絡み合いが太さと深さを感じさせる、濃密な1枚だった。

 22年振りの新曲だという玉川カルテットの「アンアン小唄」は、なんと大瀧詠一のプロデュース。一瞬驚いたけれど、あのオヤジならいかにもやりそうなことだ。例の「金もいらなきゃ女もいらぬ〜」という文句を、シンセばりばりの音をバックに言ってたりで、往年の「LET'S ONDO AGAIN」みたいなキレっぷりには意表を突かれた。「幸せな結末」の楽曲の良さを認めながらも保守的なサウンドが残念だった僕にとっては、大瀧のこういう芸風は大歓迎。

 
629日 (mon)

 鎌田慧「ドキュメント 屠場」読了。「屠場」という言葉は使ってはいけないのではないかという先入観が僕にはあったのだが、そうした発想自体が差別的性質を持つものであることをこの本は教えてくれた。タブーは実情を見る機会を奪ったまま、内なる差別意識を増長させる。しかし、東京・芝浦や横浜の労働者たちは、あえて「屠場」という言葉にこだわることによって、蔑視と戦おうとしている。そんな屠場を取り巻く現状を、活き活きと描き出している本だ。

 東京・横浜・大阪・四国の4ヶ所の屠場の歴史と、その現場で働く人々への取材からこの本は構成されている。牛や豚の解体の現場では、労働者たちの熟練した技術がものを言い、それは包丁の刃の砥ぎ方にまで至る職人芸だ。そうした仕事へのプライドの一方で、経営側や外からの差別とも向かい合わなけれならない。労働運動や部落解放同盟と協力しての解放運動の経緯も紹介され、日頃そうしたものと縁遠い(と思っている)僕には初めて知ることばかりで、得るものが非常に多かった。

 筆者は、職業差別は「殺生戒」や「穢れ観」に起源があると述べ、「屠場にたいする偏見は、戦場などの大量人間殺戮の場所にみたて、残虐さの比喩に使いがちな意識によく表れている」とする。インタビューに答える労働者たちは、そうした偏見を認識しながらも、力強く誇り高い。インタビューは発言者の言い回しを極力残すようにしているらしく、それゆえ分かりづらい部分もあるが、能弁ではないからこそ伝わる人間味があった。

 o u t d e x更新。鈴木博文&武川雅寛ライヴリポートを「MISIC」に、庵野秀明×岩井俊二「マジック・ランチャー」・鈴木清剛「ロックンロールミシン」・高橋春男「絶対安全Dランキング」・東琢磨編「国境を動揺させるロックン・ロール ソウル・フラワー・ユニオン」を「BOOK」に、「雪色のカルテ」を「OTHER」に、「雑種天国」を相互リンクに追加しました。

 
628日 (sun)

 今日でホコ天も最後っていうんで、買い物がてらその断末魔を眺めに行ってみるかと家を出たものの、クソ暑いんで駅まで行ったところで引き返す。暑さが苦手な僕には、とてもじゃないがやってられない天候だ。大学時代には、イラン人の溜まり場の見物や、友人のバンドの演奏を見に行ったけど、考えてみたら今じゃ見るものなんてありはしないのだ。

 で、レンタルでヴィム・ヴェンダース監督「東京画」を借りてきて、冷房効かせまくった部屋で観ることにする。ところがこの映画、ホコ天の場面が出てきたんで驚愕。べつにシンクロニティーなんて言葉は持ち出さないけどさ。

 ヴェンダースが83年に来日した際にカメラを回し、85年に編集したのがこの映画。しかし小津安二郎の映画に描かれた、古き良き日本とは全く違うことにヴェンダースは驚き、すっかり脱力気味に。パチンコ・打ちっぱなしゴルフ場・料理見本の工場などに行き、かなり地味めな視点から自身のカルチャー・ショックを描き出す。音楽がまた陰鬱で耳障り。人々の表情をあまり捉えてないのも象徴的だ。

 こういう作品の場合、異邦人の目からは興味深い対象であっても、当の日本人にとっては見飽きたものっていうことが多々ある。だから、どういう切り口で対象に迫るかが問題になってくるのだが、この映画は途中でタルくなる部分もあった。「誰かこいつを人情溢れる下町に案内してやればよかったのに」なんてことも思ったが、ヴェンダースってのは自分から孤独を選びそうな人物でもあるので、意味が無い話かもしれない。

 そして「アメリカ気分の人達」として紹介されているのが、オールディーズやらロカビリーやらで踊るホコ天の若僧ども。ヴェンダースは彼らについて特に何も語らないが、なんか国辱ものの馬鹿っぷりが映像に浮き上がって見てらんない。いや、踊ってる連中は、「本場のアメリカ人が俺らを撮ってるぜ!」と、ドイツ人のヴェンダースを見て思ったのかもしれないが。なんかホコ天廃止万歳な気分になった。

 さて、ヴェンダースは敬愛する小津安二郎の関係者に会いに行く。訪問する相手は、笠智衆と撮影監督だった厚田雄春。映画の終わりに登場する厚田は、小津の想い出を語りながら最後には涙ぐみ、そしてそこから「東京物語」のラスト、原節子が泣き出すシーンへとつなげられていく。「東京物語」の冒頭シーンから始まったこの「東京画」は、こうして「東京物語」のラストシーンで終わることになる。緩やかに崩壊する日本の家庭を描いた「東京物語」に、ヴェンダースが持っていた日本へのイメージの崩壊を重ねる構成の巧みさに、最後の最後で溜息が出た。

 
627日 (sat)

 o u t d e x更新、一挙13冊を「COMIC」に追加しました。といっても、単にマンガ関係の更新を2ヶ月もサボっていただけなんですが。

 そんなわけで、表紙画像をスキャナーでせっせと読み込む。その作業をしていた時に気付いたのは、少なからぬ単行本の表紙の装丁が、帯が掛かることを前提としていることだった。特にA5サイズの単行本に顕著。もちろん僕が気付くのが遅かっただけなんだろうが、いちいち帯をはずしてスキャンしてみると、けっこう帯びなしの裸の装丁だと物足りないものが多いのだ。

 松本充代の「DROP BY DROP」は、物語に登場する要素を並べた帯には妙な迫力があるものの、それが無いと表紙に2色しか使ってない淋しさを感じてしまう。楠本まきの「致死量ドーリス」は、帯を外した時の表紙の白さも計算に入れている感じで、半透明の紙を使った帯の文字の並べ方もスタイリッシュ。キクチヒロノリの「爆裂瞑想バキトマ道」は、狂ったコラージュ写真付きの帯を外すとえらく安っぽいが、キレた作品世界とそんに違和感がないのでOKだろう。そして唐沢なをきの「怪奇版画男」は、マンガも版画、ネームも版画、そして帯まで版画という徹底した馬鹿馬鹿しさが感動的だ。

 そういえば、「ダ・ヴィンチ」の「今月の腰巻き大賞」ってマンガは対象外だった気がするんだが、ちょっともったいない話だな。

 
626日 (fri)

 日頃の不摂生のせいか異常に疲れが溜まっていて、今週は仕事中に気を抜くと意識を失っている有り様だった。特に今日はひどくて、何度夢とうつつを行き交ったことか。一瞬眠気を感じようものなら、次の瞬間には眠りに滑り落ち、長時間寝た気がしてハッと目を覚ますと、ほんの数分しか経っていない。そんなことを繰り返していると、退社する頃にはすっかり目の前の風景から現実感が失われて、もう今が夢の中か現実か分からない気分。歳のせいで無茶のできない身体になってしまったようだ。

 そんな状態の時に、噂の真相別冊「日本の文化人」を読みはじめたら、スルスル頭に入ってきて、論壇的罵倒語で頭の中は一杯に。まずは佐高信と田中康夫の対談や、宮台真司の文章から読んだんだが、両方とも切れ味が良くて、僕もすっかり毒される。誰かに悪態でもつきたい気分になったが、この日記では大人しくしていよう。また、文章では激しく批判してるのに、写真では呉智英の笑顔とか藤岡信勝の妙な顔とか使っているのには、声を出して笑ってしまった。なんかいい人っぽいぞ。この本って、文化人の言動や思想性云々っていうより、彼らの発言のレトリックとか人間臭さを楽しむための本だよなぁ。編集意図とは違う読み方かもしれないが。

 「カウボーイビバップ」のテレビ版最終回は、「よせあつめブルース」というサブタイトルの通り、今までの映像にモノローグを足しただけのもので、時間が無いなら無いでもうちょっと芸が欲しかった。でも、エンディングでシャカゾンビのラップが流れたのにはビックリ。こういう意表の突き方をする作品だけに、テレビアニメとしては流せない内容だというビデオ版にも期待しとこう。

 
625日 (thu)

 どうも仕事をする気になれずに本棚から選んできた本が太宰治というのは、病んだセレクションなのだろうか。とりあえず短編でもと、最近CD-ROMが出たという「女生徒」(だったかな?)を読みはじめたのだが、特に有名でもないこの一編は非常にいい。1日中、延々と何のためにもならないであろう思索を繰り返す様なんて、他人事とは思えない。他人事の方が良いのだが。ラストの締め方も気が利いていて、読み終えてしばし放心。そして気分を入れ替えて、いざ仕事に…と戻れないのもまた人生だ。

 夜、シャワーを浴びようとしたら、なぜか電源が入らない。こりゃ故障かと思った頃には、時計は0時を指そうとしている。近所の銭湯ももう閉じる時間だ。蛇口をひねって手を水に濡らしてみると、それほど冷たくはないので、水でいいかとシャワーを浴びることにする。ところが身体全体で受けとめる段になると、冷たい冷たい。声を上げてしまいそうになるほどで、拷問のようだ。それでも耐えて浴びたために、ひとりSM状態。暑さが嫌いなの僕も、この時ばかりは早く本格的な夏が来て欲しいと願ってしまった。それより修理が先か。

 深夜、「20世紀のムーンライダーズ」の編集長さんから電話。つれれこ社中についての注釈を1・2時間以内に書いてくれとのことなので、ダッシュでまとめて午前1時半頃送信。この本も来月に発売ということで、大詰めの緊迫感が伝わってくる依頼だった。

 
624日 (wed)

 鎌田慧「ドキュメント 屠場」、「CUTIE COMIC」創刊号購入。今日の新聞広告を見て買いに行った「ドキュメント 屠場」は、渋谷三省堂でも売り切れで、3軒目にしてやっと発見できた。

 本当は3号目のはずの「CUTIE COMIC」は、今号から月刊なので「創刊号」となったらしい。マンガ家のメンツは今までとほとんど同じなのだが、男性として朝倉世界一が初めて登場した…と思ったら、大久保ニューって男だったのか!?

 ともあれ、巻頭カラーが冬野さほってのは太っ腹。魚喃キリコの作品は、以前より軽くなってきたけどいい感じ。橋本ライカの洗練されてなさ具合も好きだ。南Q太の作品もハズさないなぁ。 やまだないとは空の使い方が素敵。何か物足りない気がしたのは、鈴木志保がいないからだろう。

 
623日 (tue)

 新井葉月「いちばんいい笑顔あげる!」、キクチヒロノリ「爆裂瞑想バキトマ道」購入。新井葉月というマンガ家は知らなかったのだが、さそり座の「窓ガラスのへのへのもへじ」をモチーフにしたマンガがあるという情報を得たので買ってみた。バリバリの少女マンガという僕が最も縁遠いジャンルの作品だ。何でものこの人、88年に中学3年生でデビューしたそうなのだが、ということは僕とほとんど同い歳? 91年頃までの作品を集めた最初の単行本なのに、絵も物語も凄い完成度だ。ちょっぴり背伸びして恋をする少女たちの学園物語を読み終えた後では、僕の瞳の大きさも2倍ぐらいになってたんじゃないだろうか。

 そんなトキメキ気分も吹き飛ばしてくれたのがキクチヒロノリ。「僕、キクチヒロノリのマンガのフェチなんです」という人には出会ったことがないが、そういう人も世間には存在してそうな作風だ。展開される世界は、グロテスクの一歩手前でとどまる独特の造型感覚のキャラと、異様な設定だらけ。「コミックバーズ」連載された「余裕の館」は、まだ起承転結という4コママンガの一般的手法の枠内にあるものの、そのシリーズも末期になると、4コマのスペースに11コマあったりして、暴走を予感させるのに充分な壊れ方になってくる。「ガロ」に掲載された、自然体のまま破綻したかのような作品群も、宇宙の向こうから届けられたようなシロモノだ。そして、単行本描き下ろしの「旅(おわらせてもらいましょう)」に至っては、とうとう「あちらの世界」に足を踏み入れてしまったかのような虚無に包まれている。

 おおひなたごうの「おやつ」は、幼児マンガのようなほのぼの感覚を逆手にとったマンガだが、キクチヒロノリの場合は、ナチュラルにポップで残酷だ。能天気さと暗黒の闇が背中合わせでもある。恐らく電波系ではない作家が、こういう作品を描いてる事実には、一種の恐怖すら感じてしまいそうだ。

 地下水道が20万アクセスを突破。前回の更新がいつかも覚えてない始末で、もう3ヶ月くらい更新していない気がするんですが、それでも使っていただけるんですから有り難いことです。繋がらないページもけっこうあるようなので、近いうちに更新する予定です。

 
622日 (mon)

 庵野秀明×岩井俊二「マジック・ランチャー」読了。この2人を担ぎ出すとは、ずいぶんあざとい企画だなぁと思いもしたが、読み始めたらかなり面白い。版元がマルチメディア系の会社であるせいだろうが、非常に2人のクリエーター的資質に焦点を定めた構成だ。作り手の視点から、アイデア・予算・分業体制・監督の役割など、それぞれの映画論を述べている。両者の学生時代からの映画遍歴も浮き彫りになるし、高度成長も学生運動も終わった後のイベントの何もない世代的から現われたのが彼らだというのも興味深い。岩井作品の甘い点について、庵野がいろいろ指摘しているのは、やはり性格だろうか。特に、クサさを逆手にとって感動を生みだそうとする岩井の映画理論や、インタラクティヴではなく、映像が一方的に押し付けるメディアであるゆえに生まれる快楽を認識して作品を生み出そうとする庵野の発言は面白かった。

 両者に共通するのは、作品をめぐる状況に対する非常に冷めた視点でもある。評論家へはかなり手厳しいく、おまけに最後の読者に対してのコメントも冷めている。そんな偏屈な発言が詰まってはいるが、それは同時に、技術と自信に裏付けされた非常に心地よいエゴでもある。

 ところでこの本の途中には、今年1月にエヴァがWOWOWで放送された際、本編の前に流された短いフィルム「『エヴァンゲリオン』そして『ラブ&ポップ』」のシナリオが収録されている。読み返してみるとかなり強引な展開なのだが、放送時には不思議と違和感を感じなかった。これも映像のマジックなのだろう。

 各種映画データや用語についての解説はかなり細かく、そうした編集にも好感を持った。

 
621日 (sun)

 石井聰亙監督「ユメノ銀河」を観る。友達を殺した連続殺人犯かもしれないバスの運転手に恋をしていく女車掌を描いた作品で、原作は夢野久作。97年作品だが全編モノクロ、昭和初期のような世界を舞台にしている。一歩間違えば退屈になってしまいそうな画面を、静謐な緊張感でつないでいく映像感覚にはやはり感服。音楽というよりも、純粋に音と表現した方が良そうな音響効果が多用されているのも効果的だ。石井の前作「水の中の八月」を観た時にも感じたことだが、彼は音楽の使い方が非常に上手い。女車掌が運転手に惹かれていく展開が少し唐突で、ストーリーテリングが弱い気もしたが、ストーリーの展開がでかくて結末に困惑すら覚えてしまった「水の中の八月」よりも素直に作品に引き込まれることが出来た。主演である小嶺麗奈と浅野忠信の演技も息詰まるものがあり、小嶺麗奈なんてまだ若いのにあの演技力なのかと驚く。監督の演技の引き出し方も巧みなんだろう。この人の昔の作品はよく知らないんだが、一度まとめて観てみたい気にさせられた。


 
620日 (sat)

 大学時代所属していたサークルには外渉担当みたいな役があって、僕は指揮者の他にそれも担当していた。東京周辺の大学の同種のサークルの外渉担当の連中で毎月集まって、一応話し合いをしてから、それがメインであるかのように飲み会に流れ込んでいた。いや、飲むのは仕事じゃなかったんだが。数年に一回は合同会で演奏会もしていた気がするが、この辺が曖昧なのは飲んでばかりいた記憶が強烈なせいなんで困ったもんだ。

 今日はそんな連中で集まって飲んできたんだが、これほどの人数で集まったのは3年前に卒業して以来初めてなんで、結婚している人が5人もいて驚かされた。うち、出産した人と妊娠中の人が1人ずつ。これでもかというほど時の流れを思い知らされたわけだが、話してみれば皆昔のまんまなんで、すごく不思議な気分だ。僕の周辺の同じ学年だった連中は、男女問わずあんまり結婚してないんで、ちょっとした衝撃も感じることになった。仕事やら恋やら不穏な話やら、人の数だけ人生いろいろ。話は尽きなくて、結局3次会まで行ってしまった。

 0時近くまで新宿で飲んから駅に向かったら、青いユニフォームを着た若い衆でごった返していた。ここまで端的に「熱気」って概念を理解させてくれるものは他にないだろうってくらいの体温と湿気。仲間と共に興奮できる体験という点では、彼らにとってのワールドカップとは、僕にとっての去年の夏のエヴァ完結編みたいなものなんだろうかとも考えた。我ながら無茶な比較だけど。

 昨日書き忘れましたが、o u t d e x更新。「キノコ魂」「すきまページ」「a leisured person N」を相互リンクに追加しました。

 
619日 (fri)

 brian wilson「imagination」、HI-POSI「GLUON」、小島麻由美「さよならセシル」、surgeon「balance」購入。本では庵野秀明×岩井俊二の「マジック・ランチャー」も買ってきた。

 待望のbrian wilsonの新作は、音はダサいが曲は素晴らしい。元はひとつずつの音の集合体でしかない音楽が、なぜかくも人の胸を動かすのかと考えてしまう。ハイポジは、「かなしいことなんかじゃない」の音に戻った感触で、同時に駒も進めていることを感じさせてくれる快作。時代の音をしっかりと吸収していているのは、一連のコラボレーション活動の成果かもしれない。小島麻由美は、けだるさ炸裂のカッコ良さ。今回はアレンジやプロデュースも全部自分でやってるんだが、なんかとんでもない存在になっいてしまった。ミニマル・テクノのsurgeonは、スキップして数曲聴いた限りでは、JEFF MILLSほどのインパクトはなし。でもミニマルってのは、水墨画や石庭に通じる世界があるような気もするんで、もうちょい聴き込んでみないと分かんないかも。

 
618日 (thu)

 鈴木清剛「ロックンロールミシン」読了。「ラジオ デイズ」に続く2冊目の単行本は、インディーズブランドを舞台にした物語だった。友人の凌一が仲間たちと始めたインディーズブランドを最初は冷めた目で見ていた賢司は、仕事が無意味に思えて会社を辞めた後、次第に深く関わっていくことになる。

 自分にまとわりついて引き剥がすことのできない虚無感、どこにいても居場所の無い気分。あるいは空回りする情熱といったものが登場人物たちを動かす。恋人のユミコを含め、最終的には登場人物たちがそれぞれの道を求めていくことになるのだが、ひとつの失敗やつまずきが決して全ての終わりではないという描き方が爽やかだ。

 読んでいる途中では、決して修羅場になだれ込むことのないような淡さが漂っている点に、ある種の物足りなさを感じもした。しかし、「ラジオ デイズ」に比べてテーマの提示の仕方がより具体的になり、説得力も増している。そしてラストの鮮やかな幕引きに代表されるように、一気に構成が巧みになった。作品の内容はもちろん、作者のそんな進歩が、同世代の僕には嬉しかった。

 
617日 (wed)

 先日亡くなったジャズ評論家・油井正一の「ジャズCDベストセレクション」を本棚から出して読んでいたところ、HELEN MERRILLの項目が目に止まった。原題は「HELEN MERRILL」、邦題は「ヘレン・メリル・ウィズ・クリスフォード・ブラウン」というそのアルバムは名盤として名高く、いつか聴こうと思っていたのに買わずじまいでいた1枚だ。ページに付箋まで貼ってあるのに。CLIFFORD BROWNの「STUDY IN BROWN」は、僕のジャズの最愛聴盤のひとつでもあるし、思い立ったが吉日と早速レコード屋へ向かった。

 そしてこの54年録音のアルバム、当然のようにいい。「YOU'D SO NICE TO COME HOME TO」で歌い出しでのHELEN MERRILLのハスキーな歌声や、「YESTERDAYS」のイントロでのCLIFFORD BROWNのトランペットはたまらないものがある。「'S WONDERFUL」のスイング感溢れるアレンジはQUINCY JONESによるものだ。

 ただこのアルバムを聴きながら気になってきたのは、「俺、これ買ってなかったっけ?」という問題だ。どうもこのジャケットは実際に手にとって見た記憶がある。裏ジャケは見覚えがないが、もし輸入盤を買っていたら再発盤ゆえにデザインが違っていただけかもしれない。そう考えていくと、「YOU'D SO NICE TO COME HOME TO」にも聴き覚えのある気が…。もしあるとしたら、95年頃に買ったCDが詰まっているダンボールの中があやしいのだが、その上にCDの詰まったレコード袋が5層も堆積していて中を容易に確かめられないこともあり、いっそ知らない方がいいこともあると割り切って、今日買ったCDを聴くのに集中することにした。

 
616日 (tue)

 高橋春男「絶対安全Dランキング」読了。DとはDRUNKERのD、高橋春男が酔っ払いながらバカを並べるという、画期的にいい加減なランキングだ。この単行本には、「噂の真相」に連載された95年から97年までのランキングを収録しているんだが、僕はけっこう初期から読んでいる。ところがまとめて読み返すと、初期は事実と妄想がかろうじて区別できたのに、現在ではほとんど判別できなくなっいていることに気付く。今でも明らかなデタラメはあるんだけど。テレビとか雑誌で目にしたネタを好き勝手に料理しているらしいんだが、この妄想の膨らませ方の芸達者ぶりとか、後先のことは考えていないようなおちょくり方はやっぱ面白い。本当は大真面目にウンウンうなりながら考えてるんじゃないかって勘ぐりたくなるほどだ。この人、本業はマンガ家のはずなんだけど、文章へのユーモアの含ませ方もかなり上手くて、勉強になる。本当にこの人から勉強していいのかは別として。

 書き忘れてましたが、一昨日o u t d e xを更新。「(≧δ≦)」「ラジオジェニック」「HISIGATA SUTDIO ON LINE」「ultrapowder」「ガノフの館」「体感BENCH」を相互リンクに追加しました。これからの「o u t d e x」、相互リンク専門ページという生き方もあるかもしれません。

 
615日 (mon)

 今日は運命を決する日だった。えっ、ワールドカップなら昨日の話だろうって? 違う違う、今日は夏コミの当落通知が送られてくるという、オタク的にはワールドカップを遥かに凌ぐ重大な日だったんである。…俺、いつからこんな人間になっちまったんだろう。

 実は8月14〜16日に開催される次回のコミケにおいて、こばこ嬢(大将)と僕(雑兵)は創作サークルとして申し込んでいた。申し込みはかなり前、2月とか3月だった気がするが、5枚綴りの申込書みたいのを書き、こばこ嬢がサークルカットを描き、8000円ぐらいを送金するという面倒くさい手続きを踏んで申し込んだ。問題は申し込みサークルの当選倍率がかなり高いということ。後は運まかせということで、天上に居るであろうオタク神に祈っていた。

 で、先月ぐらいに申込確認の通知が来て、一昨日に当落通知の発送、それが届き始めるのが今日というわけだ。最初にピンク色の宛名シールを見た時には当落が分からなかったが、中にはサークル入場券が。これまでアニパロ系で活動してきたこばこ嬢をそそのかして創作系に鞍替えさせ、彼女も個人サークルでの参加をやめただけに、落ちていたら本当にブチ殺されているところだった。まずは命拾い。

 友人関係も確認できた範囲では軒並み当選。創作ジャンルが多いからかな。ジミーさん・植田さん・僕による音楽サークル「べいすめんとるうむ」は14日に参加。16日では、そのジミーさんと加賀美さんほかによる「JUNK MOBILE」、植田さんの「Re-Lax」、エヴァ仲間のU-ROさんのサークルも当選したそうだ。僕とこばこ嬢も16日に参加。会場中に知り合いがいることになりそうなので、コスプレ広場の熱狂に朦朧として迷子になっても安心だ。

 もっとも、現時点では何を出すのか、というか間に合うのかが分からない状況なので、続報を刮目してお待ちください。考えてみればあと2ヶ月しかないんだよなぁ、悪い冗談みたいだ。

 
614日 (sun)

 午後、「20世紀のムーンライダーズ」のインタビュー原稿の構成を完了、編集長にメールで送信する。データ部分の原稿も書き終えているので、これでまずは一段落。

 原稿が終わったら、部屋の惨状が気になって仕方なくなってきた。せめて日曜のうちに片付けようとパソコンの電源を切り、目に付くものを選別しはじめる。つくづく感じるのは、僕が物を捨てられないタチだということで、「GON!」やすぐに過去の遺物になるパソコン誌といった雑誌類から、フリーペーパーやチラシまで大量に保存している。保存というよりは放置だ。選別しながら「これは資料として取っておいた方がいいかも」と考えたりもするが、この僕が何の資料にするというのだろう。部屋の中には、うかつに手を出すと危険なカシミール地方のような一帯が広がっているので、結局手提げの紙袋3つ分を捨てることにして作業を終了。片付けたというよりは、本の山を採掘した気分だった。エヴァのアンソロジー集とか処分に困るものも多数あり、書籍やマンガ10数冊は古本屋送りにする。

 買ったまま読んでなかったり、読みかけのままという本も数冊見つけた。大島弓子の「ロストハウス」を途中までしか読んでなかったのは、1作品読むと感慨に耽ってしまい、そのたびに一度本を閉じてしまうから。読み忘れていたのは町田ひらくの「卒業式は裸で」だったのだが、読んでみたら得体の知れない不快感が残ってしまった。絵に独特の魅力があるのは確かなのだが。俺のケツの穴が小さいせいなのかもしれないが、幼女のケツの穴を広げるマンガを認めることがケツの穴が大きいことだとも思えない。何を言ってるんだ俺は。ともかく、「OHP」のしばたさんのご意見では「きんしされたあそび」が素晴らしい作品のようなので、そちらを読むまで町田ひらくについては評価を保留することにした。

 
613日 (sat)

 過去の精神的外傷に触れるような夢で目が覚めたせいか、どうもダウナーな感覚から抜けきれないまま過ごす。やたらにウザいことばかり思いだし、やってらんねぇや的な気分が噴出し続けたのは、最近外ヅラに余計な気を回しすぎていたせいかもしれない。諸般の事情というやつだ。

 雨の中閉店セールのコンビニに行ってみると、夕方にはもう閉店していた。年中無休24時間営業のコンビニなのでシャッターも無いようで、閉店後には窓に紙を張って店内が見えないようにしていたのがさらに悲壮感を醸し出す。無駄なことをするなぁ、と思う僕も無駄足を運んだ。

 夕食後には異常に身体が重くなり、真っ直ぐに歩くのも難儀するほど気が抜ける。ベッドに横たわってまどろんでいるうちに2時間経過。こばこ嬢から夏コミ用マンガの下書きがFAXで送られてきたので、感想を伝えるふりをしつつ、長電話の相手にする獲物として捕獲する。日付を越えて舌を空回りさせた。

 
612日 (fri)

 引き続き鈴木博文さんインタビューの構成作業。なんとかテープ起こしの原稿を半分以下に削り、規定の文字量近くまで絞り込む。これ以上削ろうとするとまた煮詰まるので、とりあえず他の細かい作業を進めることに。似たような話のネタを近くにまとめたり、文脈が自然になるように助詞を直したり、正確なCDの名前や人名を調べて補足したりと地味な作業ばかりだが、これがやたらに時間がかかる。真剣にやっても、全体の半分も進んでなかったりする。しかもわずかながら字数が増えてしまった気がして目の前真っ暗。90年に出たライダーズの本「フライトレコーダー」とのダブリや、他のメンバーのインタビューと話がかち合わないかもチェックする必要があるので、明日への延長戦も決定。


 
611日 (thu)

 TRICKY「ANGELS WITH DIRTY FACES」、高橋春男「絶対安全Dランキング」、鈴木清剛「ロックンロールミシン」、津田雅美「彼氏彼女の事情」第5巻を購入。食い合わせが悪そうだ。本は渋谷のパルコブックセンターで買ったんだが、「絶対安全Dランキング」はサブカル系書籍のコーナーにあると予想していたのに、もっと奥の方に追いやられていた。やはり連載誌が「噂の真相」だとこういう扱いなんだろうか。

 TRICKYの新作は、陰鬱過ぎて聴き通すのがタルかった前作よりも遥かに肉体感が溢れている。相変わらずダウナーなんだけれど、ゴスペルみたいなコーラスが入る「broken homes」や、ヨレたようなリズムの「talk to me」など、サウンドのヴァラエティーも豊か。しかもどの曲も音が尖りまくりだ。ただ厚塗りして派手にしたのではなく、聴覚が捉える音像を計算しながら構築したかのような音楽。本来的な意味ですごく「ロック」なアルバムだと思う。

 雪野と有馬の恋愛モノだったはずの「彼氏彼女の事情」は、ますます脇役たちがメインのサイドストーリー化が進んでしまい、読んでてちょっと辛かった。無理矢理引き伸ばしてる印象は否めない。でも現在の「LaLa」での連載分はかなり正面切った状態で、「雪野と有馬がやっちゃったぞ」という話を聞いて立ち読みしたら本当だった。ずいぶん思い切ったもんだが、今秋放送のアニメ版の監督である庵野秀明の黒いオーラに毒されたのだろうか。そうだとしたら今後が楽しみ。有馬が妙に苦悩しはじめたし、シンジまであと一歩だ。

 
610日 (wed)

 「20世紀のムーンライダーズ」というタイトルに決定し、いよいよ来月に音楽之友社から発売がされることになったムーンライダーズの公式本、原稿のX-DAYもじりじりと近付いて来た。季節の流れるのは早いものですね…などと追憶口調で語っている場合ではなくなってきたので、鈴木博文さんインタビューの構成作業を本格化させる。インタビューの際には調子に乗って5時間もお話を伺ったため、テープ起こしの原稿も長大な量。これを相当削らなければならず、1ファンとしてもかなり苦しい選択を迫られっぱなしという状態だ。一緒にインタビューしたHさんとも相談した結果、これまでの活動を一通り押さえつつ、他のメンバーの口からは出ないようなネタを重視していこうと戦術を決定する。そうは言ったものの、再びディスプレイの前に座れば数万単位の文字の前で唸り声をあげて、すぐに煮詰まりモード発動。削除しようと文字列を選択してはまた止めてという状態の繰り返しになってしまった。


 
69日 (tue)

 o u t d e x更新、CDレヴュー8枚を「MUSIC」に追加。非常に言いにくいことですが、3月分です…。

 そのCDのジャケット画像を取り込むため、久しぶりにスキャナーを箱から出したのだが、予想以上に体力を使った。オタク部屋の狭さゆえ、スキャナーは箱の中でタテにして収納しているのだが、気付くとそのはこの上にも書籍類が堆積している。しかも無意識のうちにアフタヌーンとか厚みのあるやつを置いているからタチが悪い。それをどかそうにも置く場所がなく、本を抱えた僕の足元でプリントゴッコが邪魔をする。なんでこんなものまだ出してるんだ怒りさえ感じたものの、文句を言う相手もいないので放置。部屋に積み上げた書籍の高さが部分的に1メートルを越えはじめて、バリケード状態に益々拍車がかかってきた。小枝を集めて巣を作る小鳥のようでもあるが、残念ながらそんな可愛いものでもない。吹き上がる埃に耐えてスキャナーを取り出し、机の上に散乱する手紙をよけて置き、画像を取り込む。やっと終わってスキャナーを元の箱に戻し、本やマンガも箱の上に戻したものの、CDのジャケットをスキャナーに挟んだままだと気付いて、取り出し作業はやり直し。気温は低いのにひとりで汗をかいて、勝手に初夏を感じていた。こんな状態だと更新も遅れがちになるのです、ってのは今思いついた言い訳なんですが。

 
68日 (mon)

 メトロトロン3DAYSの最終日は、鈴木博文&武川雅寛のライヴ。今回も、メトロトロン・レコード社発行のペーパーの構成作業のお手伝いをさせてもらった。内容は、7月発売予定のムーンライダーズ公式本「20世紀のムーンライダーズ」用に僕とHさんで収録した鈴木博文インタビューの抜粋+o u t d e xから転載したメトロトロン・ワークスのライヴ・リポート+Sさんによるメトロトロン・ワークスのセットリスト。やはりお客さんは入場してすぐに読み初めていたけど、他のペーパーも配布されていたので、今回は気恥ずかしい気分も少なめ。

 今夜のライヴは、2人がライダーズ用に書いた曲や、ソロアルバムの曲を披露するもの。先週の濱田理恵ライヴのメンバーに鈴木博文を加えただけということもあり、演奏はとても安定していた。こうして聴いて改めて感じるのは、2人ともボーカルは不安定なようで安定しているし、すごく味わいがあるということ。アレンジと演奏は歌の魅力を引き出していて、鈴木博文のソロアルバム「SINGS MOONRIDERS」の感触と近いものを感じた。武川雅寛のソロアルバム「くじらのハート」の曲も、初めて生で聴く。中盤では、綿内克幸&鳥羽修(カーネーション)が3曲を披露。続く後半では、博文&武川の2人だけでやるパートもあった。ライダーズの曲もガンガンやり、来月に出る新作の曲までやるなど、出し惜しみなしって感じが嬉しかった。多少のミスもOKって雰囲気で、非常にアットホームなライヴだった。

 終演後、会場でお会いしたさいとうみわこさんから、新作「charlie」を直接売ってもらい、サインまでもらって大喜び。0時過ぎまで打ち上げにいて帰宅したのは1時過ぎという状況で、今日がまだ週の始めであることをすっかり忘れていた。

 
67日 (sun)

 東琢磨編「国境を動揺させるロックン・ロール ソウル・フラワー・ユニオン」読了。日本人としてのルーツの探求を音楽的な貪欲さをもって進める一方、チンドン編成のソウル・フラワー・モノノケ・サミットで阪神大震災の被災者の慰安活動をするなど、強い意思を持って一貫した活動を続ける彼らの活動をまとめた本だ。メンバーのインタビューと座談会、ソウルフラワーにほれこんだ人々からの寄稿によって構成されている。

 特にメンバーのインタビューは、彼らが独自の活動を行うに至る過程を理解するうえで貴重な資料だ。優秀な音楽家にして詩人・思想家である中川敬は、幼い頃から転校続きだったためいつも漂白している気分で、居場所がない気持ちは今も変わらないという。これは、彼の音楽的・思想的な胃袋が大きい理由を物語っている気がした。また、ソウルフラワーのもうひとりの核である伊丹英子は、意志の強さや押しという面では、その中川以上ではないかと思わせられる。モノノケ・サミットとしての活動を最初に提案したのも彼女だ。その一方で、「今の男は成功願望に囚われてる、ダメな男をいっぱい製造したい」という内容の発言もしていて、僕みたいな男は妙に安心したりもする。他のメンバーはこの2人に引っ張られているだけではないだろうか、今の方向性に本当に納得しているのだろうか?という疑問も今まであったのだが、メンバーそれぞれの視点から活動していることが分かる。高木太郎の脱退も含め、ソウルフラワーが「個」の力学で支えられているバンドであると感じさせられた。

 対談は、震災後の活動の話題が中心で、震災の仮設住宅であろうと、北朝鮮・ヴェトナム・フィリピンであろうと、彼らが常にそれぞれの場においてエネルギーの交歓をしてきたことを感じさせる。それはイデオロギーに縛られた「運動」の呪縛から解放されたものであり、民衆の立場に立った巷的な視点から活動しているとういうことだ。彼らが単純な左翼的言動に陥らないのも、抵抗史観によっているためだと分かるし、だからこそ自由主義史観批判にも説得力を感じさせる。

 様々な境界線を打破するソウルフラワーの活動を一本の線で結んだ労作だと思う。さまざまなミュージシャンとの共演を収めた写真も多数収められている。

 
66日 (sat)

 日曜の浮かれた雰囲気の新宿で、「オナニー系サブカルチャーページOFF」開催。午後1時の新宿アルタ前に集まった皆さんは、Acid overdriveのトモミチさん、ウガニクのホームページのウガニクさんとそのお弟子さん、A → Z My favorite Media indeXのゴーさん、Submental Explosionのlaさんという豪華なメンツ。野郎率も100%とゴージャスな数字だった。ウガニクさんとトモミチさんは初めてお会いしたけれど、諸説あったウガニクさんは色男入った好青年。トモミチさんはセンスを感じさせるファッションで、ページデザインのセンスそのままの方だった。僕以外は全員大学生で、当然6人中僕が最長老。V6の中で1人でトニセンやってる感じだった。

 まずはルノアールに行き、ウェイトレスが水を注いでくれなくなるまで語り合う。laさんお勧めのラーメン屋に寄ってから、養老の瀧へ。ゲームやアニメといったサブカル系のネタから、恋愛の悩みなどブルー入った切ない系、ここに書くと人権問題になりそうな下ネタまで、行く先々でコアな話となり、何らかの法律が適用されて集会の自由が制限されても文句の言えないような状況だった。

 ウガニクさんとお弟子さん、そしてゴーさんは、昨日ロフトプラスワンで行われたコミックジャンキーズのイベントから徹夜状態で来ていたので、実はかなりハードなスケジュール。飲み屋を出た後、ウガニクさんとお弟子さんが帰り、残った4人は、男だけでプリクラを撮るという自虐行為に走る。それからカラオケ屋に入ったのだが、もうテンション高すぎて奇声の嵐で、何を歌ってもボアダムス状態。しかも歌った曲の半分はアニソンで、参加者の不必要なほどのオタク基礎体力を感じさせてくれた。

 カラオケを出て解散という段になって、店の受付で大学時代のサークル仲間にバッタリ出くわす。ここで会ったら仕方ないと勝手に判断し、僕はその連中とも歌うことに。かくして計2時間半同じ店にいて、「MajiでKoiする5秒前」を2回歌い、自分のレパートリーが歪んでると痛感することになった。

 なにはともあれ、オフ会の皆さんお疲れ様。楽しかった&勉強になった1日でした。

 
65日 (fri)

 8日に渋谷クアトロで行われる鈴木博文&武川雅寛ライヴのパンフ用に、インタビューの構成作業。メトロトロン3DAYSの最終日ということで、夏に発売されるムーンライダーズ公式本用に鈴木博文さんにしたインタビューから、メトロトロンレコード社の活動について語られた部分を抜粋してまとめる。今回はテープ起こしが済んでいるため、原稿をまとめるのもラクだ。もっとも、「o u t d e x」にある昨年のメトロトロンワークスのライヴリポートも載せることになったため、原稿の手直しをしたり、打ち合わせのメールを送り合っていたら、午前4時までかかってしまった。

 最近停滞気味だったo u t d e xを一気に更新。ムーンライダーズ・鈴木博文&加藤千晶・カーネーション・青山陽一・濱田理恵のライヴリポートを「MUSIC」に追加し、「歌謡ポップ・クロニクル」・呉智英「マンガ狂につける薬」・岡田斗司夫「マジメな話」・広末涼子写真集「No Make」・近田春夫「考えるヒット」・島田雅彦「君が壊れてしまう前に」を「BOOK」に追加。また、相互リンクに「P波〜初期微動〜」を追加し、ゴチャゴチャしすぎだったレイアウトも全面改装して、ジャンル別50音順に分類してみた。これでかなり使えるようになったのでは。

 
64日 (thu)

 プレステやサターンはおろか、ファミコンに触ったこともなく、唯一やったゲームが「鋼鉄のガールフレンド」という僕が「雪色のカルテ」をやり始めたら、かなり困った状態になった。正確に言うと、かなりダメな状態だ。

 Jさんが中古を買ったというので、軽い気持ちで借りたのが運の尽き。どいつもこいつも薄幸な女の子たちを病院で治療するこのゲームに見事にハマってしまった。緒方剛志によるはかなげなキャラや、セピアがかった独特の色合いが、妙に切ないツボを突いてくる。しかも何が一番困るって、やたらに難しいのだ。外来だの往診だの投薬だのをしているうちに、現実世界の時間まで恐ろしい早さで流れてしまい、我に返ってしばし呆然。ゲームの中のパラメーターはなかなか上がってくれないが、プレイヤーのダメ度は簡単に上がってしまった。

 最初は、家が貧乏な主人公の蛍を攻略しようとしたものの、あっさり失敗。このまま何も起こらないのでは?と不安を感じていると、本当に何も起きないまま、アンハッピーなエンディングを迎えてしまった。続いて、すぐに手首切ったり薬物飲んだり飛び降りしたり車に飛び込んだりするものの、なかなか死なない不死身の遊紗を攻略しようとしたが、結局1回目と同じエンディング。なんか現実よりも非情だ。攻略法を知るべく「PURE GIRL」まで買いに走ったが、僕のゲーム能力が足りなすぎるらしい。こんな難しいゲーム、もう2度とやらねーや!と思ったものの、心の片隅では自前で買う決心を固めているのだから、かなりマズい状態だ。このままライフワークにならないことを祈るばかり。

 
63日 (wed)

 「ガロ」7月号、MITCHELL FROOM「DOPAMINE」購入。「ガロ」は、津野裕子による簡潔にして爽やかな色使いの表紙が素晴らしくて、思わずスキャンして壁紙にしたくなった。今月号は新人特集だけど、レギュラー陣の方が充実しているような気がするのは良いような悪いような。

 TCHAD BLAKEとのプロデュース・ワークで知られるMITCHELL FROOMのソロ作は、サウンドの肌触りがLATIN PLAYBOYSに近い印象で、彼らのプロデュース作の中でもLATIN PLAYBOYSが好きな僕には嬉しい1枚。大味のようで芸が細かい、ザラザラした音が気持ちいい。「THE BUNNY」のオルガンやブラスの音の使い方や、「KITSUM」などのインチキ臭いワールド・ミュージック風味も好きだ。DAVID HIDALGO・SUZANNE VEGA・SHERYL CROW・RON SEXSMITHら豪華なゲストの配し方も上手くて、たった31分でも満足させられてしまう。

 昨日の濱田理恵ライヴで配布されたパンフレットのインタビューは、ハイポジ-BODY meets SING-の掲示板でお誉めの言葉をいただけて一安心。有り難いことです。

 
62日 (tue)

 メトロトロン3DAYSの2日目は濱田理恵のライヴ。配布されたパンフのインタビューは僕が担当させてもらったもので、入場して場所を確保したお客さんたちが一斉にパンフを読みはじめる光景には、嬉しいやら恥ずかしいやらだった。アニメの音楽の仕事もしてる人なので、そちら方面のファンも多い感じだったが、皆さん満足していただけたろうか。

 去年のメトロトロンワークスでも披露された「セカンドクライ」でスタートしたが、武川雅寛のトランペットで始まる気だるいムードのアレンジに驚かされる。西村哲也・大田譲・夏秋冬春らによるバックは、緩急強弱自在に歌の世界を繰り広げる彼女をしっかりサポート。ヒートアップしてもほつれることのないタイトな演奏と、甘い中にも毒を含んだ濱田理恵の歌声が激しく拮抗し、ピアノ1台で歌う時とは違った緊張感に満ちたステージだった。ゲストの高野寛は、まずギターの弾き語りで2曲を披露し、全員とさらに2曲を演奏。彼のステージは初めて見たのだが、初期のように歌が前面に出ていながら深みを増した印象だった。終盤では矢口博康も登場して、フリージャズ的な要素も多い彼女の音楽に色彩を加えていた。

 今日も終電ギリギリまで飲んで、2日連続で帰ったのが翌日という状態になる。

 
61日 (mon)

 渋谷クアトロでのメトロトロン3DAYS、初日の今日は青山陽一のライヴ。開場時間を間違えて早く会場に着いたことも合って、椅子席に座れてしまった。クアトロで座って見るなんて、90年のあがた森魚&雷蔵ライヴ以来8年ぶりかも。で、前のその席はスピーカの音が直撃、特に青木孝明のベースの音が凄くて、床から椅子まで震動が伝わってくるほど。背もたれの当たる場所を工夫すれば、体の凝りも解消してしまいそうだった。別に凝ってないんだけど。

 バックのThe BLUEMOUNTAINSのうち、今日はサックス&パーカッションの川口義之が欠席で、その分ギターが前に出た感じのサウンドだった。ストイックなようで、幾何学模様を連想させるようなクセのあるサウンドを聴いていると、彼の最近の愛聴盤がMITCHELL FROOMだというのも納得してしまう。途中でカーネーションの直枝政太郎がゲストで登場し、カーネーションやNEIL YOUNGの曲で共演。演奏がヒートアップしても、ある種のクールさを保つ青山と、常になまめかしい直枝のプレイは対照的で面白かった。終盤はこれでもかというほどの轟音攻撃。

 終演後、知り合いの皆さんと談笑してから会場を出る。出口で配布された青山陽一インタビューは、この日記にしょっちゅう登場するJさんによるものだ。いやー良かった良かった。Tさん・Hさんとムーンライダーズ公式本の打ち合わせなどを兼ねて食事をして、その足で打ち上げにちょっとだけお邪魔してから帰宅すると、やはり日付が変わっていた。

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日記猿人
 


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