since 14/DEC/96
 
小心者の杖日記
 
ロゴデザイン BY ゴー
 
430日 (thu)

 ムーンライダーズ本用に出版社から送られてきた資料に目を通す。音楽ライターによるメンバーのインタヴューなのだが、びっしり文字が打たれたA4用紙はかなりの枚数に及んでいて、付箋を貼ったりメモを取ったりしながら読んだら、えらく時間がかかってしまった。そしてつくづく感じたのは、インタヴューってのはアドリブがきく人じゃないとできないよなぁってことだ。基礎知識を頭に入れたうえで、相手の応答を的確に受け止めて、さらに突っ込んだ質問をしなければいけないわけなのだから、なんか瞬間芸のような世界で、プロってのはさすがだと感心してしまった。

 そんなわけで今日も原稿書きは続く。資料として90年代のライダーズのCDを全部箱から取り出したところ、95年前後のCDを入れた箱はずいぶんと隙間が多くなってしまった。この辺りは、ライダーズ本体+THE SUZUKI+博文ソロが次々と出ていたわけで、それを全部追い駆けていたこの頃に、自分の中毒度も上がってしまったのではないかという気がしてきた。

 
429日 (wed)

 今日もひたすらにムーンライダーズ本の原稿を書き続ける。暑かったので窓を開け放っていたところ、同じことをしている人がいるのだろう、近所から音楽が聞こえてきた。流れてくるのはザードとかビーズとか、アルファベットの綴りが分からないほど僕にとっては縁のない音楽ばかり。こちらは原稿の関係上、鈴木博文のアルバムをファーストから発売順に聴いていたのだが、あちらにはどんな風に感じられたのだろうか。

 久しぶりにo u t d e xを更新。5月5日のコミティアでは、自分自身のサークルを出しているわけでもないのに、4サークルの本やペーパーに関わることになったので、そのお知らせをUPしておきました。

 
428日 (tue)

 毎日3大紙を読んで、ネット上を徘徊していても、肝心なことを知ることができなかったりするものらしい。当然といえば当然なのだが。そんなことを改めて思い知らせてくれたは、今朝の読売新聞の鶴見済初公判の記事だった。彼が逮捕されていたなんて、全く知らなかった。

 記事によれば、彼が逮捕されたのは今年2月、高田馬場の路上で、覚醒剤とLSDを所持していたためだそうだ。鶴見済は起訴事実を全面的に認め、検察側は懲役1年6ヶ月を求刑したとのこと。それにしてもこの記事、朝日にも毎日にも載ってなくて、慌ててニフティーサーブの新聞データーベースで逮捕の記事を検索したのだが、全く出てこなかった。僕の探し方が悪かったのかもしれないが、世間の彼に対する興味なんてこんなものなのかもしれない。

 そんなわけで、本棚から鶴見済の著書「無気力製造工場」を取り出して家を出ることにする。思い起こせば3年前、会社の新人研修のクソつまらない毎日に、表現しようもない鬱屈した気持ちになっていた僕が手にしたのがこの本だった。いろいろ書いてあって面白そうだな…なんて軽い気持ちで500円の古本を買ったのだが、読み始めたら止まらなくなってしまったことをよく覚えている。急激に閉塞感を増した生活の中で、なんとか我慢しようと無理をしていた僕にとって、「社会について語るなんてくだらない」「ダメな人間はしょせんはダメだ」「デカい一発なんて何も起こらない、未来はドブだ」といった内容の荒っぽい言葉の数々は異常なインパクトを持っていた。「完全自殺マニュアル」も「人格改造マニュアル」も、非常に完成度の高い本だと思うが、やはり出会いの一発であるこの「無気力製造工場」は強烈だった。今読みかえしても充分面白いし、なにより鶴見節とでもいうべきふてくされた態度が一貫しているのが素晴らしい。実のところ、自分で文章を書けたらいいなぁなんて思い出したのもこの本を読んだせいで、この日記をはじめとするページ群を僕が濫作している遠因は、この本にあったりもする。

 肝心の判決は5月6日に出るそうで、裁判所へ行きたいところなのだが、ゴールデンウィーク明けでは仕事も忙しいし無理だろう。彼は、「人格改造マニュアル」では覚醒剤を思いっきり賛美していたし、最近も「Quick Japan」の連載で、海外でのドラッグ体験を書いていた。たぶん初犯だとは思うが、これじゃ実刑は免れないかもしれない。法律に疎いので勝手な想像でしかないが。

 それにしても、退屈な毎日を腹の底から嫌悪している彼が刑務所の中に入ることになったら、同じ事の繰り返しの毎日に絶えられるのだろうか? 銃刀法違反で懲役刑を食らったマンガ家・花輪和一が「アックス」で描いている刑務所体験記マンガを読みながら、そんな心配までしてしまった。

 
427日 (mon)

 仕事で飯田橋まで行ったついでに、神保町にも寄って帰ることにする。移動の電車では、この間やっと発見した桜玉吉「防衛漫玉日記」第1巻を読んでいたのだが、予想以上に面白くて、笑いをこらえるために顔中の筋肉を動員するはめになってしまった。それでも、異常にキャラが立った登場人物たちの言動を見るたびに体が小刻みに揺れてしまう。おかしいのはマンガなのだが、このままではおかしいのは僕の頭だと思われてしまうと判断し、結局本を閉じて心を落ち着けることにした。でもついまた読んで、体を微動させる。

 ディスクユニオンで青山陽一「one or six」の中古盤、書泉で「アックス」Vol.2と松本大洋「日本の兄弟」を購入。「パイク」という月刊マンガ誌の最新号がはいくら探しても発見できず、神保町でもこんなことがあるのかと驚きながら帰宅した。

 
426日 (sun)

 気がつけば来週はもう5月、この土日は本腰を入れてムーンライダーズ公式本の原稿を書いていた。とは言え、まずは調べることも多くて、人に聞いたり資料を漁っている時間も長い。今日も本やCDを探すことになったが、ただでさえ悪い日本の住宅環境をさらに自分で悪化させているような状況の部屋なので、積み重なった本やCDの山を片付けることから始めなければならず、それだけで汗をかいている始末だ。多少は部屋も片付くので気分爽快といきたいところだが、あいにくその暇もないし、舞い上がる埃が気分を曇らせる。メガネを外したら埃が薄い膜を張っているような感じで、我ながらよく喘息やアトピーにならないもんだと感心する。いや、アトピーは一昨年の冬に一度だけ発症したか。そういえば暑くなるとダニが出てくるんだよな…と余計なことまで思い出して、しばし手が止まる。

 昨日は、5月5日のコミティア用の新刊がKさんから送られてきた。頼まれて彼女のマンガの解説を書いたので、刷り上がりを送ってくださったのだ。Kさんは身も心もボロボロの状態で本を作っていたそうで、早いとこコミティアでお話したいものだと思ったが、僕はといえば忙しくてせいぜい2・3日先のことを考えるのが精一杯。5月5日のことなんて、遠い未来ような気分がするから困ったものだ。

 
425日 (sat)

 この日記で広末涼子について書くのは、かなり久しぶりの気がする。彼女の写真集が出ることも一昨日ぐらいまで忘れていて、以前の僕の狂いっぷりを知っている友人には「本当に冷めちゃったんだね」と言われてしまった。僕の中では依然としてぶっちぎりNo.1のアイドルなのだが、昨年夏以降は忙しくて、アイドル文化圏に身を置ける時間が極端に減ってしまったことが、彼女を追い駆けなくなってしまった原因なのだろう。滅多にイベントもしてくれないしね。

 写真集のタイトルは「No Make」。彼女の魅力を的確に表現した、非常にツボを押さえたタイトルだと思う。昨年1月以降の彼女の活動を追ったものだが、肝心の写真はヤンジャンのグラビアの使いまわしが多くて、残念ながら新鮮味はない。でも、体の細さに比べて妙に顔が丸いとか、時としてとんでもない美少女ぶりを見せるのに、同じ人物とは思えないほどヘンな顔もするという事実を改めて気付かせてくれる。完璧ではないからこそ不思議な魅力が宿っていて、それが大きく支持される。早い話が、可愛いんだけどやっぱり不思議な存在だ。

 以前から、彼女は幸せな家庭に育ったんだろうなぁと思っていたが、巻末の「広末涼子1万字ロングインタビュー」でもそれを感じた。相当強いエゴ(決して悪い意味ではない)の持ち主でもあるのだろうが、その自己顕示欲が嫌みにならない点もすごい。もちろん嫌う人もいるだろうけど。でもやっぱり不思議な人で、僕がその不思議さを感じる限り、もう夢中になって追い駆けることはなくても、気になって時々横目で見てしまうんだろう。それがいつまで続くのかも気になるな。

 
424日 (fri)

 とり・みき「事件の地平線」、遠藤浩輝「遠藤浩輝短編集1」「EDEN」第1巻購入。とり・みきの「事件の地平線」は、「創」での同名の連載と、今はなき月刊誌「頓智」に連載された「くだんのアレ」を合わせたもの。「事件の地平線」は時事ネタを扱ったギャグだが、どれも元ネタから激しく飛躍しているので、古さを感じることなく楽しめる。93年からの5年分なので、通してみると多少の波もあるけれど、彼のギャグのヴァリエーションの多さには改めて感服する。「くだんのアレ」は雑学ネタ中心で、とり・みき本人が登場してくる点でも「愛のさかあがり」の路線に近い。こういうのも彼の魅力が発揮される路線のひとつなのだが、いかんせん連載誌が発刊して1年を待たずに廃刊してしまったのが悔やまれる。

 そして、まさに待望の単行本発売なのが遠藤浩輝だ。もしあなたが僕とマンガの趣味が合うようなら、彼の単行本、特に「遠藤浩輝短編集1」は絶対に「買い」だと強くお勧めしたい。人間の弱さを描いた「カラスと少女とヤクザ」は、死んだ少女がカラスに食われるラストが衝撃的だ。大学の演劇サークルを舞台にした「神様なんて信じていない僕らのために」も、神という存在を通して今を生きること見つめ、トラウマを克服していく若者たちの姿が感動的だ。これほど生き生きとしたキャラクターたちを描ける力量も相当なものだろう。個人的に好きなのは、女子高生を主人公にして、性への嫌悪・家族・友人などさまざまな要素を絡ませながら、衝撃的なラストへ展開する「きっとかわいい女の子だから」。暴力衝動が凄惨なラストをもたらすものの、不思議なほど暖かい空気が漂う。彼の作品は、キャラが妙に哲学じみたセリフを吐きすぎる気もするが、それも含めて魅力的な傑作揃いだ。SFの形をとりなが人間の原罪を描く長編「EDEN」でもその魅力は変わらない。また、自分の創作の立脚地を冷静に見据えたあとがきだけでも読むに値する。彼の物語は僕にとって非常に「リアル」で、こんな作家と同じ時代を生きられることは非常に幸運なことだと思う。大袈裟ではなく。

 
423日 (thu)

 カーネーションのライヴのため新宿パワーステーションへ行き、会場でJさんと合流。直江政太郎に紹介されて、いきなり一番手として登場したゲストはスピッツだった。会場前方では彼らのファンの女の子が悲鳴を上げていて、ミリオンセラー出すバンドってのはこういうもんなのかと妙に感心する。彼らのアルバムは、「ハチミツ」とカーネーションの棚谷祐一がプロデュースした新作「フェイクファー」しか聴いたことがなかったが、こんなに演奏の上手いバンドだとは思わなかった。ボーカルも安定している。棚谷との共演も数曲あって、素直に楽しめた。

 もう一組のゲストはヒックスヴィルで、彼らの演奏を聴くのは96年の「THE 忘年会」以来。真城めぐみのボーカルには、昔の歌謡曲のような艶があって好きだ。ラヴァーズ・ロック調の曲でキーボードがいやにいい音を鳴らすと思ったら、なんとエマーソン北村だった。

 カーネーションの客層は若くて、さすが上り調子のバンドだと思ったが、当のカーネーションのメンバーたちも実年齢以上に若々しかった。メンバーそれぞれ自己主張の強そうな演奏なのだが、一丸となって迫ってきて、これがまたすごいエネルギーだ。適度なささくれ具合もあって、ハードな曲は特に気持ちいい。「EDO RIVER」の演奏では、ねちっこいグルーヴが印象的だった。

 アンコールはヒックスヴィルのメンバーとともにNRBQのカバーを2曲。そしてスピッツの草野マサムネを迎えて、島倉千代子の名曲「愛のさざなみ」を演奏した。島倉千代子を歌う草野マサムネってのもレアだ。2回目のアンコールは「夜の煙突」で、もう皆ここぞとばかりに飛び跳ねて、僕とJさんもおおはしゃぎで前に行ってしまった。客電がつく頃にはもう汗だく。

 会場を出てから、Hさんとそのお友達の皆さんとでラーメン屋へ。自宅に帰ったのは0時過ぎで、もう明日の仕事を考えたくない気分になってしまった。

 
422日 (wed)

 岡田斗司夫の対談集「マジメな話」読了。対談相手には堺屋太一や小室直樹の名前もあるので、最初は岡田斗司夫もとうとうオタク・ナショナリズムの権威付けを始めたのかと思ったのだが、最後には思わぬ結論が待っていた。

 意外なほど面白かったのは大槻ケンヂ。僕はあまり彼に興味を持てなかったのだが、「オタクになりきれないオタク」としての彼の苦悩には、正直言って共感さえ覚えた。また、社会での選択が広がることによって欲望も広がり、それは同時に不安と絶えず背中合わせになるという意見には深く納得。自分で抱えきれないほどの自意識を抱えてしまう苦痛は、僕にとっても他人事ではない。困ったことだが。

 最近ではドラッグやテクノ関係の文章が多い鶴見済は、社会システムについてけっこう真面目に語っていて、これは彼にしては珍しい。原稿チェックの段階で、いい加減な人間を演出するように手を入れたらしいのだが、ぜひオリジナルの発言を知りたかった。

 宮台真司との対談では、今後の日本は、善悪の自明性が壊れた「成熟社会」へ向かうという点で2人の意見が一致している。ちょっと驚いたのは、状況分析の上でそう認識していながらも、そうした社会に自分が乗り切れないのではないかと、彼らがともに違和感を感じていること。そんな彼らの姿に、僕も少し安心してしまった。

 ところが妻である岡田和美との最後の対談で、これだけの人々を相手に社会について語りまくった岡田斗司夫は、オタク言論人としての自分の役割はもう終わりだとあっさり言い放つ。躁鬱の幅の大きいことは本人も言明していることだが、潔いというか針の振り切れかたが大きいというか。しかし、オタクの地位向上をある程度成し遂げた彼のこの態度は、中途半端に社会性のあるオタクの僕にとって、社会におけるオタクとしての生き方を考えるうえで非常に興味深かった。

 
421日 (tue)

 ロケット・オア・チリトリ「TOKYO YOUNG WINNER」、CAPTAIN BEEFHEART「TROUT MASK REPLICA」、SEZEN AKSU「DUGUN VE CENAZE」購入。ロケット・オア・チリトリは発売当時17歳の女の子の97年作で、これがまたスピーカーの調子を疑うほどの低音質。久々にローファイなんて言葉を思い出した。雑誌「米国音楽」のレーベルからの発売だし、メロディーのセンスとかを楽しむものなんだろう。それにしてもすごい度胸だなぁ。CAPTAIN BEEFHEARTは、以前から聴こう聴こうと思っているうちに、すっかり聴いた気になっていた1枚。ザッパのプロデュースによる素晴らしくグチャグチャした世界が展開されていて、79分一気に聴き通したらドッと疲れた。SEZEN AKSUはトルコ歌謡の女王。彼女のアルバムを聴くのはこれで2枚目だが、この新作にはブラスが入っていて、猥雑で濃厚な味わいだ。今日買ったのCDはどれも肝のすわったシロモノばかりで、3枚たて続けに聴いたら頭がまわらなくなってきた。


 
420日 (mon)

 パルコブックセンターで大島弓子の「ロストハウス」をやっと発見し、まんだらけでは小山ゆうの「あずみ」1・2巻の古本を購入。コミティアのカタログ「ティアズマガジン」を買ったのはまんがの森で、マンガを求めて渋谷縦断。

 「ロストハウス」はとりあえず冒頭の2編を読んだのだが、意外なほど重い読後感に驚いた。正直、「綿の国星」や「バナナブレッドのプディング」にはピンとこなかったのだが、これは違う。「青い固い渋い」の閉鎖的な田舎の村人たちの描写も巧みだし、特に「8月の生まれる子供」の希望と不安の混ざった終わり方には、少女マンガが苦手な僕でも感嘆してしまった。あまり好きな絵柄ではないが、そんなことに関係なく楽しめた。

 小山ゆうの場合、彼の描くキャラは表情に乏しい気がして敬遠していたのだが、この「あずみ」は第1話からして引き込まれた。一緒に育った子供たちが、いきなり殺し合いだ。もうちょい心理描写が欲しいなぁ…なんて思いつつも、一気に1巻を読み終えてしまった。

 
419日 (sun)

 南青山MANDALAでの鈴木博文&加藤千晶ライヴへ。この会場へは初めて行ったのだが、テーブル席やソファで聴くようになっていて、立ち見を前提としていないことに驚いた。ライヴハウスってよりは、バーというかラウンジというか。当日券を買うため早目に会場へ行ったところ、一番前の席に座れてしまった。

 まず加藤千晶のステージからスタート。バックはギターの西村哲也・チューバなど管楽器の関島岳郎・パーカッションの川口義之だったのだが、川口は立派だった髭をそっていたので一瞬別人かと思った。昨年発売された彼女のファーストアルバム「ドロップ横丁」は、グルーヴのない打ち込みが歌の魅力を削いでいる気がしたが、この猛者たちをバックにした生演奏だと、はるかに自然に歌の世界が広がる。昨年WARAJI LIVEやメトロトロンワークスで聴いた時にはボーカルの不安定さが気になったが、この日はほとんど問題なし。そして、この人の歌声と関島のチューバと音色はすごく相性がいい。新作もこのメンツの生演奏で録音して欲しいところだ。

 続く鈴木博文のステージは、西村と川口の2人がサポート。最初の数曲では、川口の吹くサックスで曲間をつなぐという試みもしていた。ムーンライダーズでの博文も魅力的だが、アコーステック・ギターを抱えた時の彼は、より「うた」が前に出てくる。ボーカルとギターのカッティングが共鳴して生み出す世界は強烈だ。川口の芯の太いサックスの音色とあいまって、この日の彼の歌はよっり一層力強く感じられた。終盤ではインプロヴィゼーションによって混沌した音塊を生み出し、彼も鉄琴を叩くやつでピアノの弦を叩いたりしていた。

 最後は全員揃っての演奏で、西村哲也も1曲歌う。アンコールでは博文のワイルドなドラミングも聴かせてくれた。最後は、娘に捨てられた親の歌「スタジオミュージシャン」を2人でデュエット。本当に親子ほど歳の離れた2人のライヴだった。

 ところ開演前に会場を見渡していて気づいたのだが、どうも男性客は細くて真面目そうな人が多い。くわえて文庫本を読んでいる率が妙に高い気もする。それを見ていると、ライヴというより詩人の朗読会を聞きに来ている客層みたいだな…なんてことも考えた。詩人の朗読会に行ったこともないのに。でも鈴木博文も加藤千晶も詩が素晴らしい点では共通している。そんな彼らの魅力に集まった人達なんだから、これもまんざら偶然じゃないよな、なんてことも思った。

 
418日 (sat)

 同人誌用の原稿は午前4時ごろ書き終わったけれど、昼に起きてからまた推敲して、気がついたらもう夕方。あらやだ。やはり参考資料(つまりマンガ)片手だと作業が遅れるようです。

 o u t d e x更新、春先の鬱々とした気分のために今回は相互リンクのみ。「秀真伝」「月刊・特選コミック情報」「FAVORITE ENTRANCE」「HELLO」「ekbon's green leaves」の5サイトを追加しました。いろいろなジャンルのページからリンクしていただいてありがたい限りです。

 また、「秀真伝」のオタク日記リンクスからはこの日記へ直接リンクしてもらってるんですが、一緒にリンクされている他の日記というのがあっと驚くビッグ・ネームばかり。これまたありがたいことです。

 
417日 (fri)

 5月5日のコミティアで出る同人誌の原稿の締め切りが明日なんで、原稿書きに追われる。絵の描けない僕はもちろん文章を書くのだが、今回はHさんのサークルの本でマンガのレヴューを書くことになった。予定しているのは、マンガのレヴュー11本と、雑誌・書籍やネット上でのマンガ情報の探し方についての文章。試験前の勉強しなくてはいけない時に、ついマンガを読んでしまうことは誰にでもある経験だろうが、マンガのレヴューを書くとなると、関係無いマンガを読み始めてしまう頻度がさらに高くなり、集中力の維持が難しい。追い詰められてるってのに、成長がないのか俺は。そんなこんなで、不要に長いんじゃないかとか、どうしてこうも堅苦しい文体になるのかと悩みながらも、書き終わったのが午前4時。でも明日もう一回推敲しなきゃなぁ。


 
416日 (thu)

 知り合いのHさんがスピッツのアルバム評を書いたというので、「MUSIC LIFE」5月号を買ってみた。この号には「100人が選ぶ21世紀のポップス名盤100」という無茶な特集が載っているのだが、これが結構面白い。なにせ100人で選んでるから趣味もバラバラで、タイガースとか森高千里、渡辺美奈代も入っている。菅岳彦が挙げてるロケット・オア・チリトリは以前から気になっていたのだが、これを読んだら一気に聴きたくなった。そして数えてみたら、自分が聴いたことのあるアルバムは20枚しかない。こりゃまだまだ勉強不足だなぁ。

また「世界がビーチ・ボーイズ・ウイルスに冒された?」という記事は、コーネリアスThe High Llamasなど、Brian Wilsonの影響を受けた90年代のミュージシャンを紹介したもの。最近僕が感じていたことを文字にしてくれた感じだ。この記事で紹介されているEpic Soundtracksの「Rise Above」ってアルバムも、ロケット・オア・チリトリと一緒に買ってくることにしよう。

 
415日 (wed)

 昨日発見できなかったマンガを求めて、下北沢の博文堂へ。ここはそれほど大きい店ではないのだが、マンガは妙にマニアックなものまで揃えている店だ。大島弓子の「ロストハウス」こそなかったが、冬野さほの「ツインクル」「ポケットの中の君」、岩館真理子の「キララのキ」1・2巻があったので購入する。

 帰宅後、さっそく岩館真理子の「キララのキ」を読み始める。少女マンガに免疫が無い僕にとって、彼女の絵柄は恐ろしく魅力的だ。第1巻に登場する「おねだり天使」なんて、もう犯罪的なまでに可愛くて、あやうく萌えるところだった。人形に萌えてる場合じゃないが。

しかしそんなことを思っていられるのも始めのうちだけ。主人公十秋の前に、10年前に死んだと思っていた友達・キララが突然表れ、次第に彼女の周囲の人間の不可解な関係が明らかにされていく。かつてキララの家にあった沢山の人形たちに秘密があるようだが、今はまだ物語の途中だ。一体誰が人間で誰が人形なのか分からず、どこまでが現実かもわからない、ガラス張りの迷路ように複雑な展開を見せている。

 ファンタジーと銘打たれてはいるが、むしろホラーのように恐ろしい。絵柄の可愛さも、僕にとっては毒を隠すための罠になってしまった。

 
414日 (tue)

 ダ・ヴィンチ編集部/編「1億人の漫画連鎖」を読み終えたら何冊か読みたいマンガが出てきたので、渋谷のCOMIC STATIONへ。探したのは女性作家の本が多かったのだが、いかんせん少女マンガには疎いために勘が働かず、芳しい成果は挙げられなかった。本棚の見方が悪いせいもあるのだろうが、岩館真理子や冬野さほの単行本も見つけられない。とりあえず桜沢エリカ選集1「欲張りな唇」を手に取った後、つい5月3日の「SUPER COMIC CITY」のカタログもレジへ持っていってしまった。

 その後数件地元の本屋をまわったのだが、大島弓子の「ロストハウス」がどこにもなかったのは意外。ビックネームなのに。ショックのあまり、小山ゆうの「あずみ」を買うのをまた忘れてしまった。「月刊ビーム」の最新号も買ったのだが、まだ先月号を読んでいないという有り様。「月刊アフタヌーン」も4・5ヶ月分溜まっているので、ますます部屋の肥やしが増えているといった感じだ。

 
413日 (mon)

 昨日神保町のディスクユニオンで発見したGASTR DEL SOL「CAMOUFLEUR」を聴いたのだが、アタマの1曲を聴いただけで痺れてしまった。音響派に分類される2人組という情報以外はほとんど知らなかったのだが、絡まるように複雑なリズムが始まった瞬間、買って正解だったと確信。音響派というと電子音を思い浮かべてしまうが、彼らの場合はそれが前面に出ていることは少なく、意外と生っぽい音が多い。静寂な展開が続くのかと思えば、3曲目なんて、スーダン歌謡かエジプトのヌビア歌謡のようなアラビックなメロディーが飛び出してきて驚かされる。なんとも繊細にして大胆なサウンドだ。なによりラストまで同じ調子で行くことが極端に少なくて、曲展開はキテレツなほど。しかし、奇をてらったような音を並べた「前衛」ではなく、まず楽曲がしっかりしているし、4曲目のコーラスの使い方も美しい。音楽的な基礎体力や知識の引き出しはかなりのものがありそうだ。

 何のプリントもされていないところに、一点だけ小さな赤い丸がついたCDの盤面もクールで、そして人を食っている。淡白な抽象画のようなジャケットとは裏腹に、その世界はかなりラディカルだ。そして聴き通した後には、意外にもアコースティック・ギターの音色が耳に残っていた。けっこうロックなイメージが残る不思議なアルバムだ。

 
412日 (sun)

 昼に新お茶の水でKと待ち合わせ。いきなり「ごめん」と謝り出したので何かと思えば、財布を丸ごと忘れたという。定期はあったのでなんとか来れたらしいが、ずいぶんと春先にふさわしいボケだと感心してしまった。金を貸すのは構わなかったが、5月3・4日の「COMIC CITY」のカタログ(1冊1400円!)を僕の金で買う彼女の姿に、「それに使うんかい!」と突っ込みたくもなった。

 その後、新宿でEさん・Gさんと合流。REVIVAL OF EVANGELIONのチケットが余っているというEさんのご厚意でタダで観せてもらえることになり、我々がホイホイと集まったというわけだ。上映の少し前に入場したのだが、館内は予想以上に人が入っていて、ほとんど満員。4人並んで座れる席を探すのに一苦労するほどだった。まだこれほどエヴァを求めている人達がいる事実に、自分のことは棚に上げて驚いた。

 再々編集版の「DEATH」には噂通りに新作カットが有り、これがまた謎めいた絵。きっと今後発売されるLDを買って見ると分かる仕組みになっているのだろう。完結編では、やはり26話の砂場の場面以降のシンジの内的世界の映像が観ていて気持ちいい。完結編を観るのはこれで4回目ということもあり、さすがに気楽に観られるようになった。

 ところでKは、リアルタイムでエヴァを観ていたものの、テレビ版最終回に激怒して劇場版を観に行かなかった人間だ。タダと聞いて遂に完結編を観ることとなった彼女だが、映画館を出た後もしばらく呆然。ラストの意味を考えあぐねて混乱する姿は、まるで昨年7月19日の自分を見ているようだった。

 その後飲み屋に入り、他愛ない話をしながら10時過ぎまで延々と飲み続ける。

 
411日 (sat)

 ヴィム・ベンダース監督「時の翼にのって」を観る。実は先週もビデオを借りたのだが、急遽ムーンライダーズのライヴに行くことになったので、観ないまま返却してしまったのだ。それまで自発的に映画を観ることがなかった僕を観る気にさせてくれた「ベルリン天使の詩」の続編で、ベルリンの壁崩壊後の93年作品。ゴルバチョフやルー・リードも出てくる。

 「ベルリン天使の詩」で人間になることを拒んだ天使・カシエルが主人公で、今作では彼も人間になる。しかし喜びも束の間、彼は意図せずして悪に手を貸すことになっていき、それに気付いて善行をしたために、命を落とすことになる。天に帰って行くという点で救いはあるものの、前作とは対照的なアンハッピー・エンドだ。また、延々と続くラストのセリフの長回し(しかもアングルはひたすら同じ)に衝撃を受けた前作に比べ、すいぶん映画としてメリハリをつけた構成が意外だった。

 そして、前半で時の流れの無情さが語られるのを聞いていると、些細な心配事に囚われて生きている自分の毎日をなんとかしたい思いにもなった。なんとかならないところがまた人生なのだが。

 o u t d e xのカウンタが1万を突破。イラストも無く、あんなに文字ばっかりの色気のないページが、開設して半年間でここまで多くの方に見ていただけたことは望外の喜びです。これからもよろしくお願いします。

 
410日 (fri)

 「ドラゴンヘッド」の7巻が出ていたのでさっそく購入。表紙だけでなく、あらすじ・登場人物の紹介や目次に至るまで、すべてのデザインに配慮が行き届いているのが素晴らしい。500円前後の価格帯でここまで凝ってる本はそうそうないぞ。

 6巻で強烈な緊迫感を引き起こしていた事態も決着がついて、この巻では次の展開が始まっていた。街を脱出する場面の盛り上げ方はさすがと言うしかない。特に、体中火に包まれた傷頭が、飛び去るヘリを見つめる場面なんて最高だ。

 続いて大惨事の原因らしきものが一応明かされるのだが、ここでは闇の描き方が見事。富士山が消え去って、跡に巨大な穴があいているのだが、闇の中で上下も分からなくなり、ただ眼球に噴き出る溶岩が写っている描写はこの巻でも白眉だろう。見開きが真っ黒なんて部分もあって、ベタ塗りが大変そうだと余計な心配までしてしまった。

 そして主人公テルは、闇の中で逆に自分の存在を確認し、自分の中に抱える闇への恐怖を感じなくなる。この展開に、このまま独自の哲学の領域まで行き着いて欲しいと改めて願ってしまった。

 
49日 (thu)

 o u t d e x更新、2月分のCDレヴューを「MUSIC」に追加しました。気分はまだ3月だったんですが、気がつけばもうこんな時期。社会人の場合は新学期の始業式なんてものもないので、新年度の実感っていうのは余りないものですね。この間の週末の濃密な体験を反芻しているうちに、桜も盛りを過ぎてしまいました。

 2月は買ったCDが妙に少なくて、6枚のみ。しかも、Van Dyke ParksThe High Llamas・オムニバス盤「SMiLiNG PETS」など、半分がBrian Wilsonがらみという不思議な状況になってます。

 
48日 (wed)

 呉智英「マンガ狂につける薬」読了。こんなに何度も呉の名が出てくる日記ってのも我ながら妙だが、読んでしまうのだから仕方ない。マンガ評論でも活躍している呉だが、この本は通常のマンガ評論ではなく、マンガと活字の本を一緒に取り上げて論じるというもの。文化全体の中で、そのマンガ作品がどんな意味を持っているかを浮き上がらせるための試みだ。

 例えば、望月峯太郎の「ドラゴン・ヘッド」と北原糸子の「安政大地震と民衆」を並べ、災害時における不条理な人間心理について論じている。「ダ・ヴィンチ」という連載誌の性格もあってか、マンガ好きと活字好きの両方が楽しめ、そしてマンガと活字の両方の魅力に気付くことができるような構成だ。

 ただ、当然ながら取り上げられているマンガは呉の趣味によるもの。つまり、オヤジ受けしそうな、評価の定まった作品が多いのだ。その点でやや面白味が足りない気もするが、アカデミックな知識を持ってマンガの魅力を語る力量はさすがと思わせられる。

 しかも他の呉の著書と同様、民主主義・人権思想への批判が多いこと多いこと。この徹底ぶりもまた呉智英らしくて、単なるマンガ好きが気軽に読むとショックを受けること必至だろう。

 
47日 (tue)

 カーネーション「ムサシノep」、こなかりゆ「HOKEY-DOKY」、雪村いずみ「雪村いずみスーパージェネレーション」購入。カーネーションは新録とライブの2枚組6曲入り、こなかりゆは5曲入りのともにミニアルバム。雪村いずみは、キャラメル・ママの演奏で服部良一作品をカバーしているのだが、とても74年の録音とは思えないほど古臭さがない。そりゃ今時のサウンドとは違うが、これが四半世紀近くも昔のアルバムとは驚かされた。その頃の細野晴臣の趣味なのか、黒っぽいアレンジも結構あって、当時はどんな聴かれ方をされていたのか気になってしまった。

 雑誌・書籍では、とり・みき×ゆうきまさみ「土曜ワイド殺人事件」、「COMIC BOX」5月号、「COMIC P!」を購入。「土曜ワイド殺人事件」は、とり&ゆうき両者の絵柄・ギャグ・間が交錯してて情報量が多く、読むのにえらく時間がかかってしまった。。「COMIC BOX」の特集は「97〜98年まんが総決算」だが、かつてのような識者によるマンガベスト10などは他誌でさんざんやられているせいか無く、マンガとその周辺文化のトピックス中心。それにしても、ジャンプとマガジンの表紙をそれぞれ1ページ使ってどーんと載せるのは、手抜き臭くてさすがにまずい気がする。しかもカラーで。「COMIC P!」は「POPEYE」の臨時増刊号となっているが、江口寿史・高野文子・しりあがり寿など作家陣の顔ぶれからしても、同じマガジンハウスのから出ていた「コミック アレ!」を連想させる。他にも業田良家・魚喃キリコ・冬野さほ・おおひなたごう・安彦麻理絵も執筆してるんで、「ガロ」や「COMIC CUE」あたりが好きな人も要チェック。

 
46日 (mon)

 昨日に引き続きリハビリ中。ただでさえ連日の睡眠不足で疲れているところに、土日の間にしっかり眠っていなかったのがトドメを刺してしまった。仕事中も不意に気を失って、目を覚ますとかなりの時間が流れている。これはまずい、と思う端から意識は再び遠ざかる。この日記を書き終わるまで、意識を保てるかさえ不安だ。

 o u t d e x更新、鈴木清剛「ラジオデイズ」、呉智英「危険な思想家」を「BOOK」に追加しました。…これで寝れます。

 
45日 (sun)

 午前5時には、その夜3軒目の店であるラーメン屋にいた。なぜ皆こんな時間にラーメンを食べれるのだろう、しかも店の中は満員だ。眠気で朦朧とした頭でそんなことを考えながら、9人の一行中1人だけウーロン茶を飲んでいた。胡散臭い人種の多い早朝の新宿を後にして電車に乗ったものの、目を閉じたら寝過ごすのは間違いないので無理に本を読む。新聞配達も一段落した街を歩いて帰宅したのは6時半。飲み明かした後に朝のまぶしい青空を見るのは、大学の頃以来だったかもしれない。といっても、下戸なんでほとんど飲まなかったけど。

 疲れていたもののあまり寝付けず、昼の12時頃には目が覚めてしまった。土日のうちにやるつもりだったことを片付けようとしたが、昨日からの一連の出来事で頭がトロトロになってしまい、どうにも思考が定まらない。疲れているが眠れもせず、頭の中に妙な液体が満ちているようだ。昨日もらったチラシを読んだり、その辺にあるCDを聴いたりしている間にもう夕方。休日とあってか知人からのメールが多くて、その返事を書いて送信したらもう夜だった。

 
44日 (sat)

 夕方Hさんから電話が掛かってきて、今日のムーンライダーズのライヴのチケットが1枚余っていると聞かされる。紹介されたNさんに電話して、迷った挙げ句に購入を決心、2日連続でパワステへ行くことにした。

 今日は前半の公開記者会見の部分が違っていて、司会進行は音楽評論家の能地祐子。昨日に比べ、各メンバーのトークがやや長かった。ライヴの演奏曲目は昨日とまったく同じだったが、選曲もアレンジもいいので聴き応えは昨日と変わらず、充分楽しめた。

 終演後、会場で乾杯をして打ち上げへ。ここに名を記すのも憚れる方々が数多くいて、とても帰る気になれる状況ではなく、結局始発が動き出すまで新宿で過ごす。こんなことは本当に久しぶりだった。この日記を読んでいると言ってくださった皆さん、ありがとうございました。

 なお、その場でSさんから、3月2日のこの日記の香山リカ氏に対する記述に事実誤認があるとのご指摘を頂きました。詳しくはこちらのお詫びと訂正をご覧ください。たしかに伝聞の情報を確認しないまま書いてしまったものであり、香山氏にお詫びして訂正いたします。無意識のうちに間違った情報を広く流してしまうネットの危険性を認識し、自戒することにします。また、指摘して下さったSさんに深く感謝いたします。また見てください。

 
43日 (fri)

 新宿パワーステーションでのムーンライダーズのライヴへ。メンバーのソロやユニットでのライヴが多かったので久しぶりという感じはしないが、ライダーズとして6人揃ったライヴは96年の暮れ以来で、このためにJさんも静岡からやってきた。

 会場に入ると、なんと客席前方にイスとテーブルが並べられているじゃないか。それはそれでかまわないのだが、いかんせん座れた人以外は、後方の狭いスペースにギュウギュウ詰めで立つことになる。仕事帰りのために入場が遅れた我々にはかなりキツイ状況で、パワステで見たライヴのなかでも最もステージが見えずらいものになってしまった。

 そんな具合でかなりイラついているところに、なんと清水ミチコが登場。ピアノを弾きながら替え歌とかを歌い始めたため、「なぜ?」と会場が疑問符だらけになったのだが、実は彼女が前半の司会だった。それからメンバーが1人ずつ登場して、即興で清水のピアノとの掛け合いを披露。それが終わると今度は公開記者会見が15分ほど行われた。和気あいあいとしたムードで、まぁそれなりに楽しめたのだが、これならどこかのストアイベントでやればいいじゃないかという気もしてしまった。

 しかし、そんな引っ掛かった気分もライヴが始まると吹き飛んでしまうのだから嬉しいやら悔しいやら。今日はアコースティック編成で、しかも中盤には各メンバーのソロ活動で発表された曲が披露されるなど、企画色の強いライヴだった。「鬼火」で渋く始まり、2曲目はなんと「D/P」。繊細なイメージのこの曲にはアコースティックがとてもよく似合う。メンバー6人がそれぞれの曲を演奏するパートでは、各メンバーの個性も見えて面白かった。鈴木博文が歌った「Mr.Sunshine」という曲は、不勉強のため初めて聴いたのだが、とても彼らしいメローディーだ。ライヴ後半ではニューアルバム用のコーラスを客に歌わせて録音し、新曲も2曲披露。「物は壊れる、人は死ぬ 三つ数えて、眼をつぶれ」はジャズへと展開し、「夢が見れる機械が欲しい」で陰鬱なヒートアップをみせてライヴは終了した。アンコールは新曲と、ゴリゴリしたアレンジの「酔いどれダンス・ミュージック」。開演当初は腹が立っていたのに、会場を後にする頃にはすっかり満足してしまっていた。

 ちなみに新作のタイトルは「月面讃歌」で、一旦メンバーで完成させたトラックを外部のプロデューサーに任せる形で制作中とのこと。プロデュースは高野寛・斎藤和義・山本精一・ASA-CHANGほかで、作詞も、おなじみのサエキけんぞうのほか、原田知世ビッケ・曽我部恵一などが手掛けているそうです。

 
42日 (thu)

 特集アスペクト39「歌謡ポップ・クロニクル」読了。「素晴らしき歌謡曲に愛をこめて」という副題の通り、むせてしまいそうなほどの愛情に満ちている本だ。歌謡曲というジャンルの概念は諸説分かれるところだろうが、本書は大胆にも「洋楽を吸収した日本語の音楽」という定義を掲げている。ロックはどうなるのか?という疑問もあるだろうが、日本語によるローカライズの度合いによって定義されるようだ。巻末のインタヴューで近田春夫は、洋楽の官能的な部分が進化したのが日本の歌謡曲だとしているが、これはさすがの分析眼だと感心させられた。また巻頭のインタヴューが、世界をツアーした結果、濃厚な歌謡曲テイストの「モナムール東京」を発表したピチカート・ファイヴの小西康陽というのも絶妙の人選だ。

 本編は、カバーポップス・エレキと青春歌謡・アイドルポップス・J-POPなどに分類され、各章にはさながら集中特講ごとくディープな解説が並んでいる。ここでは触れきれないほど様々なトピックが取り上げられていて、いままでの歌謡史で軽視されていた部分を補おうという意志が明確に示されているのが素晴らしい。高校時代、衝動的に3枚組の服部良一作品集「僕の音楽人生」を買い、そのラディカルなまでの音楽的雑食性に驚いた僕としては、彼についてもっとページを割いてほしかったが、むしろ古賀正男について全く触れていない潔さを評価したくなった。「歌謡曲は洋楽である」という姿勢を徹底させているからだ。

 今でこそ欧米のオルタナティヴ系のミュージシャンが日本のGSを評価していたりするが、かつては日本ロックの歴史からGSは黙殺されていた。歌謡曲についてのそんな評価の変遷が記録されているという点でもこの本は興味深い。赤い鳥やガロを「ソフト・ロック」と称する点については、個人的にやや抵抗があるが…。ともあれ、大学時代に神保町界隈で歌謡曲のドーナツ盤を買い込んでいた僕にとっては、かつてそうした行動に走った理由を説明されている気分すらした。それほど歌謡曲の魅力を雄弁に語っているのだ。

 この本を読んで聴きたくなった音楽は以下の通り。キャラメル・ママをバックに服部良一作品を歌った雪村いずみ「スーパー・ジェネレーション」、橋幸夫のリズム歌謡、編曲も手掛けていた時代の筒美京平作品、鈴木慶一&渚十吾が手掛けていた渡辺美奈代の楽曲群。紹介している音楽を読者が聴ききたくなる音楽本は、たいてい力作だ。この本もしかり。

 
41日 (wed)

 唐沢なをき「怪奇版画男」、呉智英「マンガ狂につける薬」、福田和也島田雅彦「世紀末新マンザイ」、岡田斗司夫「マジメな話」を購入。これだけ買ったら5000円を越えてしまって、文化物には惜しみなく対価を払う僕としても少々ツラい。最近は渋谷三省堂の売上にずいぶんと貢献しているような気さえするけれど、それは僕の貧乏性のせいだろう。思えば太田出版の800円本シリーズもなくなってしまったし、そろそろ「本は高くて当たり前」と自分に言い聞かせないといけないようだ。僕にとってのアイドル・鶴見済が登場しているから買った「マジメな話」なんて、1700円だもんなぁ。

 o u t d e x更新、華倫変「カリクラ」、高野文子「ラッキー嬢ちゃんのあたらしい仕事」、OKAMA「めぐりくるはる」を「COMIC」に追加し、相互リンクに「電氣アジール」を追加しました。

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日記猿人
 


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