渋谷のシネカノン試写室で、ピエール・イヴ・ボルジョー監督「Return To Goree」の内覧試写会。ユッスー・ンドゥールの音楽プロジェクトを描いたドキュメンタリー映画です。
ユッスー・ンドゥールは母国セネガルで、かつて奴隷売買の地であったゴレ島を訪れ、そこからアフリカ音楽が伝播し変容していった痕跡を追う旅へと向かいます。一緒に旅をするのは、スイスの盲目のジャズ・ピアニストであるモンセフ・ジュヌ。
ゴスペル、セカンド・ライン、そしてジャズのミュージシャンたちとセッションしながら、アメリカからヨーロッパへと渡り、ジャズへとアプローチしていきます。そして、出会ったミュージシャンたちをセネガルに招き、彼らとゴレ島でライヴをするまでを描いた作品です。
その旅が文化的、宗教的な壁に直面したこともこの映画は記録しています。W.マイケル・ターナー Jr.らのゴスペル・グループに、ユッスー・ンドゥールは「イエス」という言葉を置き換えてくれと頼み、グループ内は議論に。その後に、ホテルでイスラムの礼拝をするユッスー・ンドゥールの姿が挿入されているのは意図的なものでしょう。
そしてゴスペル・グループも最終的にはユッスー・ンドゥールの提案に同意し、さらにゴレ島にあるかつての奴隷館で過去を伝えている活動家、ブバカル・ジョセフ・ンジャイの前で、ゴレ島をテーマにしたオリジナル楽曲を歌うシーンはこの映画のハイライト。カメラはその歌に聴き入るブバカル・ジョセフ・ンジャイの顔をアップで撮り続けます。
なお、楽曲はフルでは収録されていないので、サウンドトラック盤の発売が待たれます。ジャズに接近しつつもフュージョンっぽくなっていないのでは、グルーヴ重視のサウンドに仕上がっているためでしょう。
日本での公開時期はまだ未定だそうですが、2008年のロードショーが予定されています。
山下敦弘監督「天然コケッコー」を観てきました。くらもちふさこの名作の映画化です。
まさに原作通りの風景、原作通りの建物、そして原作通りのイメージの出演陣。そよの父親の佐藤浩市だけ若すぎる印象でしたが、まぁ許容範囲です。シゲちゃんを演じる廣末哲万も原作のイメージに非常に近いのですが、実写化するとなんだかエキセントリックで笑いました。
映画のストーリーは、大沢が中学校に転校してきてから卒業するまでを描くもの。脚本は「ジョゼと虎と魚たち」などで知られる渡辺あやで、そよの父親と大沢の母親が付き合っていた過去やシゲちゃんがそよを好きなことがわかるように構成していたり、随所に笑いを入れたりしていて、その辺はさすがだと感じました。アヴァンギャルドな表現も使う原作に対して、山下敦弘監督は奇抜な映像表現は使っておらず、そのぶんCGを使った部分がちょっとだけ浮いていたのは残念です。
そんなわけで、ハードな原作ファンの僕は素直に楽しめましたが、原作を知らずにこの映画のみを観た人の感想はどうなのだろうかとちょっと考えてしまいました。しかし、後味は非常に爽やかな作品です。
そして全編を通して印象に残るのは、実は島根の風景よりも、そよを演じる夏帆の憂い顔。大沢を演じる岡田将生が表現するぶっきらぼうで不器用な中学生男子の心情もあわせ、このふたりを起用した時点で一定の成功が決まっていたように感じました。
それにしても、夏帆のキス・シーンはあるのに、海水浴の場面で水着姿を写さないとはどういうことですか。どうでもいいけど。
ところで、公式サイトには原作者であるくらもちふさこのコメントが寄せられています。「原作」→「くらもちふさこよりコメント」をクリック。これがまた名文なのです。
片岡K監督「インストール」(→amazon.co.jp)は2005年公開の作品。綿矢りさ原作の小説を上戸彩主演で映画化したものです。綿矢りさ自身の主演で映画化してほしかった……という戯言はさておき。
ほとんどがマンション内で完結していて、自分探しとも言える地味でナイーヴな物語。それを様々な場面やイメージを駆使して映像にし、画面への求心力を持たせている前半の演出に感心しました。終盤のリアルとバーチャルの境目がわからなくなる部分もうまく映像化。それだけに、最後の時計台のシーンには違和感が残ってしまいました。
とはいえ、家具やオブジェのひとつひとつまでよく選び抜かれていたり、フォントを画面上で効果的に使ったりと、センスの良い映像で構成された作品です。
昨年「ファティ・アキン監督『クロッシング・ザ・ブリッジ〜魅惑の音楽を奏でる場所で〜』」で試写会をレポートした映画「クロッシング・ザ・ブリッジ〜サウンド・オブ・イスタンブール」が、3月にシアターN渋谷などで公開されることが決定しました。
3月2日には劇中のオリエント・エクスプレッションズのDJヤクザを迎えたイベントが渋谷ラファブリックで開催され、4月4日には同じく劇中のババズーラと日本のダブルフェイマスとの公開記念ライヴも開催。両イベントにはベリーダンサーも出演するそうです。
小田一生監督「笑う大天使(ミカエル)」は、川原泉のマンガを映画化した2006年作品。
上野樹里主演でコメディ色の強い作品ですが、中心となる3人がなぜバカ力を持つようになったのかよくわからないまま「Kill Bill」のような格闘シーンへと突入していきます。作品中、ところどころ安っぽいCGが気になりましたが、戦いの最後もそれが登場して終了。呆気にとられました。シュガー吉永らのMETALCHICKSの音楽もあまり合っていません。
「のだめカンタービレ」以前の上野樹里のコメディエンヌぶりが見られる作品ではあります。
是枝裕和監督「誰も知らない」(→amazon.co.jp)は2004年の公開作品。
物語の大筋は事前に知っていたので、前半を見ているときにすでに後半の展開を考えて気分が滅入りました。しかし是枝裕和による脚本は、シリアスさと子供の無邪気さを巧みなバランスで配分しながら物語を進めていきます。この映画には語り部がいないものの、解説的になる部分はありません。また、ごく日常の空気感を、柳楽優弥をはじめとする俳優の演技と演出が醸し出しているのにも感心させられました。
そして、そうした画面の中に没入してしまうほどの作品だけに、終盤からラストでのやるせなさもひとしおでした。
ジョセフ・フォン・スタンバーグ監督「嘆きの天使」(→amazon.co.jp)は、1930年のドイツ映画。踊り子に夢中になる生徒たちを叱るためにキャバレーへ向かった教授が、やがて自分自身が踊り子に夢中になってしまい、教職を捨てて彼女と結婚するもののどんどん堕ちていくという物語です。何の救いもない冷徹なラストを迎える作品でした。
フリッツ・ラング監督「メトロポリス」(→amazon.co.jp)購入。オリジナルの4分の1が失われた名作の、オリジナル音楽付き、最新デジタル復元版による118分を収めた、「クリティカル・エディション」と題されたDVDです。特典DVD付きで、そちらは53分収録。
1920年代のドイツで制作された映画ならではの、無機質な映像美とクールさ、そして重厚さが圧倒的です。終盤の機械人間の「さぁ、世界がどうなっていくか見ましょう」というような台詞は、ナチスの台頭と崩壊を予見しているようにすら感じました。そうした「崩壊美」とも呼ぶべきものがある作品です。
見ている最中にゲルニカが聴きたくなりました。
渋谷のシネカノン試写室で、ファティ・アキン監督「クロッシング・ザ・ブリッジ〜魅惑の音楽を奏でる場所で〜」の初号試写会。サントラ盤がEL SUR RECORDS周辺で話題になったあの映画が、2007年春にシアターN渋谷で日本公開されることになったのです。
内容は、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテンのアレキサンダー・ハッケがイスタンブールの音楽の魅力の謎を解くべく、録音機材とともに現地を訪れるというもの。ときにアレキサンダー・ハッケも演奏に加わりつつ、歌謡曲、ロック、フォーク、DJ、ラップ、古典音楽、民謡、ジプシー音楽、クルド民謡など様々なイスタンブールの音楽とそれに関わる人々が紹介されていきます。そして、やっとあのサントラ盤「Crossing the Bridge: The Sound of Istanbul」(→amazon.co.jp)の背景がわかりました。
終盤にはあのトルコの大スター、セゼン・アクスが登場。そしてエンディング・ロールでは、Madonnaの「Music」のトルコ語カバーが流されました。
まさにイスタンブールの街の猥雑さに魅了されてしまった92分間。ドキュメンタリーとしてもカメラワークが巧く、静と動の対比のついた編集にも好感を持ちました。
NHK-BS2の「衛星映画劇場 チャップリン映画特集 喜劇王チャップリンの世界」で放映されたチャールズ・チャップリン監督「モダン・タイムス」(→amazon.co.jp)を見ました。ギャグが絶え間なく連発される濃密なコメディ。また、機械文明批判というイメージの強い作品でしたが、実際に見てみると当時の世相全般に対する批評性の強い内容でした。
「衛星映画劇場 チャップリン映画特集 喜劇王チャップリンの世界」は8月4日まで放映されます。
「公式記録映画 日本万国博 DVD-BOX」(→amazon.co.jp)が我が家に届きました。DVD4枚組、実に10時間に及ぶボックス・セットです。Amazon.co.jpだと10%オフ。推薦文は庵野秀明で、1年間の期間限定生産だそうです。
同じく大阪万博を記録した「公式長編記録映画 日本万国博」(→amazon.co.jp)も以前買ったのですが、その素晴らしさに感動しました。
10時間もあるこのボックス・セットをいつ見終われるかわかりませんが、少しずつでも見ていこうと思います。