Twitterでakira28_jpさんに言われるまで完全に忘れていたのですが、本日2011年12月14日で僕のこのブログ「小心者の杖日記」は15周年です。
1996年12月14日から続いているわりに、書籍化もされなかったパッとしないブログですし、冗談半分に話題にしていた「15周年記念担々麺イベント」すら本人が忘れていた有様。しかし、こういういい加減さゆえに続いてきたのだと思います。
最近は、商業媒体では書けないことも書ける場所である、自分の根城としてのブログの重要性を再認識させられることも多いです。だから、何か重大なことが起きるまではこの調子で続けていきたいです。
これで「死ぬまで続けます!」とか宣言すると、きっとすぐ終わるんですよ。そういう匙加減。
不定期更新の極みを体現する「小心者の杖日記」を今後ともよろしくお願いします。
Togetterに 「顔日記だけど質問ある?」が登場しました。顔日記のanimeさん本人の手で編集されたものです。
なぜanimeさんは積極的に自分の顔を公開するのか? その問答から次々に浮き彫りにされる性愛についてのライフハック。そして、次第に我々はanimeさんの精神世界をのぞくことになります。
遠くの方で鳴くヤギの声が聞こえます。俺の母親のことですが。
再編集がどこまで続くのかも見所です。
僕らは、初期テキストサイトとか、コジャレ系テキストサイトとか、とにかくそういうものがまだまだ狭かったインターネットという空間で猛威を奮った時代をともに過ごした仲間です。でも最近は、テルくんも永田くんもTwitterぐらいでしか何をしているのかわからず、テルくんは直視できないようなTumblrを運営しています。僕もフォローしていますが。
今日の会話の中では、「コジャレ系テキストサイトは日本のインターネット最初の低迷期」というのに爆笑しました。
アメーバのIDはずっとコメントやペタのためだけに使っていたのですが、最近アメーバなうをきっかけにピグもやり出したので、長らく放置していたアメブロを更新しはじめました。アメーバの杖日記(アメーバピグ漫遊編)。
All-in-One INTERNET magazine 2.0で「日本のインターネット歴史年表」が公開されました。インターネットにおける業界動向、製品・サービス・技術、社会・事件、市場についてまとめた年表。現在のところ、1994年から2003年までが公開されており、それ以降についても近日公開予定だそうです。
2001年以降は孫正義の登場率が高いですね。1999年には広末涼子の写真もあります。
ITmedia Newsに「国会図書館、Webアーカイブに本腰」という記事が。
ところが近年、インターネットの普及で出版物にも大きな異変が起きてきた。これまで紙媒体で出版されてきたものが、ネット上の情報に置き換わる動きが加速してきたからだ。
ということで、現在は出版物関連のサイトの収集に力を入れているそうです。サイトごとに承諾の文書を取る作業が続いているそうで、これは大変な手間なのではないでしょうか。
国会図書館では、個人のHPの収集・蓄積も課題としているが、「著作権問題のハードルの高さなどから実現は厳しい」(担当者)。しばらくは公的HPの蓄積にとどまりそうだが、将来的には、納本ならぬ“納HP制度”の検討も必要になりそうだ。
海外ではすでにWayback Machineもあることですし、法律関連で難しい面はあるとは思いますが、個人サイトの収集も推し進めてほしいところです。
なぜ日記を書いているのかとか、なぜそれをワールド・ワイド・ウェブで公開しているのかとか。10年間もウェブ上で日記を書き続けていると、そういう疑問を思い浮かべることすら忘れてしまいます。
というわけで、1996年12月14日にスタートした「小心者の杖日記」は今日で10周年です。
人間ならば、10年のうちに死んでしまう人よりも生き続ける人のほうが多いでしょうが、個人のサイトとなるとひとつの名称のもとに存続することのほうが少ないものです。僕のインターネットでの10年間とは、インターネットの表舞台から去る人々から取り残されてきた10年間でもありました。
現在では、インターネットの話題となると持ち出されるのはWeb2.0。この「小心者の杖日記」もちょうど1年前からMovable Typeを利用するようになりました。ブログ、RSSリーダー、ソーシャル・ネットワーキング・サービス、ソーシャル・ブックマーク、動画共有サービス、各種APIを利用したマッシュアップ……。様々なツールやサービスが登場しましたが、自分がモニタに向かうときの昂揚感、ひいてはインターネットへの幻想はむしろ薄れたように感じます。今ではダイヤルアップの接続音を聞くこともなくなり、10年前には想像もできかったような速度の回線を驚くほどの安さで利用できるようになったというのに。
「小心者の杖日記」の開設当時、ほんの数人からのアクセスがあっただけでも「読んでる人がいる!」とインターネットの広大さを実感して感動したものです。それから10年、有難いことにアクセスは桁違いに増えました。しかし、自分とインターネットとの関係性の核心から目を逸らしているのかもしれない――と意識しながら、今後の「小心者の杖日記」は運営していこうと思います。
ぼんやりとしていたので、この記念すべき日にイベントは特にありません。ただ、10周年を受けての企画が来年の1月か2月から「小心者の杖日記」ではない場所で始まる予定です。10年間の総括はそこですることになるのかもしれません。
11年目の「小心者の杖日記」もよろしくお願いします。
1996年6月21日にSo-netのホームページサービス・U-Page Proに申し込んで以来、10年間http://www02.so-net.ne.jp/~munekata/以下にデータを置いてきたのですが、さきほど解約の手続きをしました。
CGIやSSIが使えたものの、3MBで月1000円という価格。僕は一時期、9MBに月3000円を支払っていました。U-Page Proの新規受付はとうの昔に中止されており、過去の遺物のようなサービスでしたが、ずるずると10年間も使ってきたので解約するとなると感慨深いものがあります。もうtelnetなんて使わないだろうなぁ。
ちなみに現在利用しているのはロリポップ
。Movable Typeへ激しいスパムの雨が降り注いでいますが、耐え抜いてほしいものです。
そんなことを考える僕は、さっそくmixiでエイプリルフールのネタに引っかかった人間です。嗚呼……。
あ、本日4月1日(土曜日)に吉祥寺でDJをしますので、よろしくお願いします(これは本当)。
今日は3月31日。年度末として、いろいろな物事が最後を迎える日です。
そしてニフティでは、「『ワープロ・パソコン通信』サービスの終了について」にあるように、1987年4月から運営されてきたパソコン通信サービスが今日で終了。1996年に体験した初めてのネットワーク生活が「ニフティサーブ」だった人間にとっては感慨深いです。
当時はすでにインターネットもありましたが、それを利用するにはクレジットカードが必要だったので、まず先にパソコン通信を始めたのでした。そして会社から帰宅すると即座に接続という状態になり、パソコン通信と電話代がそれぞれ数万円という状況になったことを思い出します。狂っていました。
クレジットカードができてインターネットを利用できるようになるとすぐにそちらがネットワーク生活の中心になったのですが、ニフティサーブに初めて接したときの高揚感は今でも忘れられないものがあります。胡散臭いものも含めて大量の情報があって、顔もわからないたくさんの人々とコミュニケーションができたニフティサーブは、その後の僕の人生が大きく変わっていくひとつのきっかけでした。
NHK-BS2で放映された「これであなたもブログ通!」を見ました。さすがに2時間は長かったですね。いっそ、「アーナカプリ-しょこたん☆ぶろぐ」でブログへの狂気にも似た愛情を全世界へ見せつけた中川翔子が、「恋人」と公言するブログへの思いのたけを語りつくす番組でも良かったと思います。大変な番組になってしまいそうですが。
自薦他薦で応募された1107通から選ばれたブログも紹介されていました。ノミネート委員会の審査員は、神田敏晶さん、コグレマサトさん、橋本大也さん、百世瑛衣乎さん。百世瑛衣乎さんは「ブログ成功バイブル」という著書もあるそうで、とてもブログでビジネスでサクセスな方のようです。
そして30サイトに絞られたブログの中でも、 「民主党 ブロガーと前原代表との懇談会」に元オウム信者の松永英明さんを招待したことについての対応(招待したことそのものではなく松永英明さんのカミングアウト前後の対応)に厳しい視線が集まっている泉あいさんのGripBlog 〜私がみた事実〜が大きく紹介されていたのは、皮肉というかタイミングが悪い印象でした。この問題については、「民主党 ブロガーと前原代表との懇談会」の他の参加者の反応も鈍かったので泉あいさんばかりを責めるのは酷だと思うのですが、「ネットジャーナリズム」を標榜する彼女よりもBigBangさんのほうに強くジャーナリステックな印象を受けたのも事実です。
番組では最後に天野祐吉がブログの可能性と危険性を同時に訴え、NHKらしい手堅い終わり方をしていました。
まずは、Europeの「The Final Countdown」を驚くべき演奏力で大胆にカバーした「YouTube - Final Countdown」をご覧ください。
うーん何度聴いてもすごいなぁ……。で、この動画の隅に「BREAK.COM」という文字があるじゃないですか。この動画の情報を求めてこのサイトへ行ってみたところ、レジストリがどうのという妙な表示が現れました。「海外サイト巡り注意事項」で紹介されているまさにこのメッセージで、最近流行している偽装アンチスパイウェアなのだそうです。インストールしなくて良かった……。ちなみにインストールしてしまった場合は、「WinFixer 2005の対処法」をどうぞ。
ただ、このWinFixerをインストールしなくても妙な広告ウィンドウが開いたので、Spybotでチェックしてみたら、BREAK.COMのせいかどうかはわかりませんが、大量にアヤしいブツが出てきました。念のためAd-Awareでもチェックし、Norton Internet Securityでハードディスクをスキャンするハメに。Norton Internet Securityを常駐させていても油断できないものですね。
このWinFixerのウィンドウは、別のマシンで日本のサイトを見たときにも現れました。皆さんもご注意ください。
日本ブログ協会に触発されて、ブログ関連団体が続々登場しています。「神コップBloG_ver.? - ブログ関連団体まとめ」には、すでに20近い団体が。
その中でも要注目なのは、さっそく活発な研究活動を開始しているネオ日本ブログ協会でしょうか。
先日、さりげなく参加させていただいている熊x栗x淳也のないしょ話でJBAの話題が出てきたので懐かしく思っていたのですが、今度は総務省による日本ブログ協会が設立されたそうです。
ブログの普及促進を図る団体で、事務局は財団法人マルチメディア振興センター。活動期間は来年の3月までだそうです。
ただ、政府の機関として啓蒙活動をする以上は、ブログとはどんなものであるのかという定義をもっと明確にしてほしい気もします。ブログとは本当に人間を幸せにするものなのか。その問いを突き止めた後に活動してこそ意味があるようにも感じます。
皆さんは覚えてらっしゃるでしょうか、ライブドア前社長であるホリエモンこと堀江貴文容疑者がダイナミックに回転していたものの、ライブドア事件のために一ヶ月足らずで放送打ち切りになってしまったあのCMを……。
では覚えていない方に見ていただきましょう、ライブドアオートのCMです!
このCMが撮影されたのは桜木町だという情報をYouTubeのコメント欄でいただいたので、今日横浜のみなとみらいへ行ったついでに現地を見てきました。ありましたよ、ライブドアオート・カートレット横浜が。ライブドアオートはライブドアとの資本・業務提携を解消する方針のようですが、店舗はライブドアオートという名称のまま営業中。間違いなくCMと同じ場所だと確認し、写真を撮ってきました。

残念ながら、自分が回転しながら店舗から出てくる様子を撮影するのは無理な状況でした。さすがに。
2月23日に鈴木宗男議員本人を招いて開催されたクラブイベント「100%ムネオナイト」のレポートが、muneo house informationや鈴木宗男さんを応援しよう!【非公式サイト】でレポートされていて、画像や動画が公開されています。
muneo house informationさんの総括を引用させていただきます。
そんな感じで、かつてムネオハウスムーヴメントとか呼ばれてたネタは、そのネタ元に思いっきりベタ(あるいは乗っかり芸)で返されるという、笑いとしては最低なオチをつけられたと言って良い催し物でした。
DJブースでヘッドフォンをつけてスクラッチに挑むDJムネオの姿を見ることができたのは面白かったです。
INTERNET Watchに「Winny開発者の裁判に村井教授が証人として出廷、検察側の主張に異議」という記事が。2月16日に開かれた、Winny開発者・金子勇氏の裁判の公判に、弁護側の証人として慶應義塾大学教授の村井純氏が出廷したそうです。
村井純氏は日本のインターネットの父にして、名著「インターネット」(→amazon.co.jp)の著者でもあります。
2002年に、当時疑惑の渦中にあった鈴木宗男議員をネタにしてインターネットで盛り上がった音楽ムーブメント、ムネオハウス。そのムネオハウスのイベントが、本人を招いて開催されるそうです。え、2006年になって?
というわけで、ムネオハウスの情報といったらここ、muneo house informationが相変わらず辛口で情報をまとめてくれています。「Muru-core」とか懐かしいなぁ……。
イベント名は「100%ムネオナイト」。2月23日に渋谷SIMOONで開催され、鈴木宗男議員のほか、なんとBuffalo Daughterのムーグ山本も出演するんだそうです。そっちのほうが驚きましたよ。
5万冊のマンガを無断で配信してネットを騒然とさせた464.jpの関係者が逮捕されました。朝日新聞の「人気漫画を無断でHPに、ネット喫茶経営の男ら逮捕」が詳しいです。
調べに対し村元容疑者は「漫画喫茶の宣伝のために、1、2ページずつ公開したが、どうせ著作権法にひっかかるのならば全部公開しようと思った。後で著作権料を払えばいいと思っていた」と供述している。
464.jpはまんがネット喫茶いちごが運営。21世紀のコミック作家の著作権を考える会と交渉もしたようですが、大方の予想の通り逮捕となりました。
NHK-BS2で3月26日、NHK-BSハイビジョンで3月31日に「これであなたもブログ通!」という2時間番組が放送されるそうです。「pêle-mêle - ブログ通 かにたの村を訪ねずに」で知りました。
「至高のブログ」を選ぶという番組で、選考委員は中川翔子、天野祐吉、みうらじゅん。サイトでは面白ブログを募集中です。自薦してみようかな……?
「[D]: JASRACにより消えるVIP STAR」と「秒刊Miusic VIP STAR / kobaryu(こばりゅう)の情報サイト」によると、「VIP STAR」へJASRACから削除要請が来たそうです。「にゅーあきばどっとこむ NEWS060207 『本日の常習者サイト!:JASRACが「VIP STAR」に削除要請を始めた。保存はお早めに』」で知りました。
楽曲のファイルと楽曲を含むFlashへの削除要請は予想通りの展開なのですが、ちょっと驚いたのは替え歌の歌詞についても削除要請が行われたことです。JASRACは以下のように述べています。
替え歌は著作権法第20条の同一性保持権及び27条の翻案権により原著作権者の事前の許諾がなければご利用になれません。
PIZZA OF DEATH RECORDSの「お知らせ。」に著作者人格権が出てくるなど、様々な権利が存在することについて改めて考えさせられます。
なんてことだ……! というのは大袈裟なリアクションですが、ライブドアなどが開催した「とんでもない夏2004」で誕生したアイドルユニット・Kaori@livedoor PHOENIXが活動休止になったことを「COOPER日記 - カオリ@ライブドアフェニックスが活動中止」で知りました。
「とんでもない夏2004」は、ライブドア、ビクターエンタテインメント、JVCエンタテインメント・ネットワークスの3社によって開催されたネット・オーディションでしたが、なぜかライブドアの女性担当者の人気が爆発して独走状態に。結局その社員は途中で参加を辞退して、その結果生まれたのが3人組のKaori@livedoor PHOENIXだったと記憶しています。
詳細は「COOPER日記」を読んでいただきたいのですが、Kaori@livedoor PHOENIXはかなり運命の悪戯に弄ばれたユニットだったようです。こんな形でまたライブドア事件の犠牲者が……。
ライブドアの新人事が発表されたのを受けて、これまで「livedoor 社長日記」という名称だったブログが堀江貴文ダイアリーという名称に変更されたことを「『俺』のターン - 『livedoor 社長日記』が『堀江貴文ダイアリー』に強制変更」で知りました。
新しい代表取締役に就任した熊谷史人氏にも裏日記というブログがあるのですが、こちらは1月11日以降更新されていません。ちなみにライブドア広報・乙部綾子のお仕事日記は1月16日の更新が最後です。
ホリエモン関連のコンテンツは軒並み残っているのですが、Horie Jeansについては「Horie Jeans BLOG:今後の"Horie Jeans"に関しまして」というエントリーが発表されています。
nikkansports.comに「ライブドア忘年会熱唱男はネットの人気者」という記事が掲載され、「VIP STAR」のkobaryuさんが文字通り「素顔」を公開しています。本業はプログラマーなんだとか。今年はメジャーデビューの可能性もあるそうですよ。
関連エントリー:「VIP STAR」のkobaryuさんと天誅の熱狂のライヴ動画
「[Z]ZAPAブロ〜グ:ライブドアとの楽しかった(?)思い出一覧。」にインスパイヤされて、僕もこれまで自分の琴線に触れてきたライブドア関連の話題をピックアップしてみました。軽い気持ちで始めたら、大量にあって疲れましたが。
一部のリンク先はWayback Machineから発掘してきました。時系列で並べましたが、多少ズレがあっても大目に見ていただけると幸いです。
ひとつ気づいたのは、これだけ絶え間なく話題を提供してくれたライブドアという組織を僕はわりと好きだったということなんですよね。まぁ最後に「ライブドアショック」で他企業の株価まで落とすのは勘弁して欲しかったですが、切実に……。
ライブドアについての論説では、「切込隊長BLOG(ブログ) 〜俺様キングダム: ライブドア騒動と、オウム真理教事件が構造的に酷似している件について」、「Zopeジャンキー日記 :ライブドアは虚業だったかもしれないが、私たちが見たものは夢ではなかった」、「kajougenron : hiroki azuma blog: ライブドアとオウム?2」が特に興味深かったです。
では、「ライブドア最後(?)の2年間の話題のまとめ」をどうぞ。(このエントリーは随時追加、修正される可能性があります。)
■2004年2月 ライブドアとイーバンクが泥沼の闘い
株式会社ライブドアが公開した「音声ファイル」について(Wayback Machine)
ITmediaニュース:イーバンク、“脅迫”音声は「偽造」 ライブドアは「間違いない」
■2004年4月 ライブドアブログに倉木麻衣が登場
倉木麻衣のMai.K Diary:倉木麻衣です! - livedoor Blog(ブログ)
■2004年5月 ライブドア社員が昔の彼女が芸能人になったとブログで告白
馬鹿な私の日々:昔の彼女が芸能人に(ネタではないです)(Wayback Machine)
■2004年6月 ライブドアのMEMORIZE買収でユーザーが反発
ハクって(,,・д・)ハニー!! | ゴタゴタ(Wayback Machine)
ル。の ぷろぐ:花金キタ━━゜+.ヽ(≧▽≦)ノ.+゜━━ ッ ! ! !(Wayback Machine)
スラッシュドット ジャパン : ライブドアが日記データ付き個人情報を「買収」
■2004年6月 したらばJBBSをライブドアが買収
■2004年6月 共同通信社編集委員室によるブログがライブドアを批判
署名で書く記者の「ニュース日記」:「社長日記」に異議アリ! - livedoor Blog(ブログ)
署名で書く記者の「ニュース日記」:「会社の戦略」!? - livedoor Blog(ブログ)
■2004年7月 ライブドア、近鉄買収に名乗りをあげる
私たちは12球団を残すことがプロ野球全体にとっていいことだと思います。
日々の生活:観戦報告 - livedoor Blog(ブログ)
ライブドアの近鉄球団買収の実益はほんとにないの? : NDO::Weblog
■2004年7月 ねとらじをライブドアが買収
■2004年8月 ライブドアとビクターがオーディション開催、女性担当者が人気に
livedoor とんでもない夏2004 オーディション編(Wayback Machine)
■2004年9月 コスプレイヤーコミュニティサイト「Cure」をライブドアが買収
Cure ライブドアでのサービス開始のお知らせ(Wayback Machine)
■2004年9月 ほりえもんチェック流行
■2004年10月 球団買収のためにライブドアブログからアダルトカテゴリが隠される
livedoor Blogからアダルトカテゴリーが消滅!!:地獄変00〜一億円めざすぞ
ひげおやじの秘密小屋:アドルト含めた本当のライブドアランキングを作ってみたよ
■2004年10月 新球団名を投票で公募するがランキングが大荒れに
2ちゃんねるベストヒット: ライブドア球団名公募ランキングの荒れっぷり
■2004年12月 ライブドアブログの利用規約変更にユーザーが反発
livedoor Blog 開発日誌:利用規約の一部変更のお知らせ
■2005年1月 livedoor フレンドパークがオープン
■2005年1月 元ライブドアの榎本大輔さんが宇宙へ行くことが公表される
■2005年1月 未来検索livedoorを作った宮川達彦さん、退社してMovable Typeのシックス・アパートへ
■2005年2月 ニッポン放送攻略中にライブドアブログでアダルト向けサービス開始
■2005年2月 幻冬舎との合資会社「ライブドアパブリッシング」設立
■2005年04月 ライブドア社員が個人ブログを匿名で攻撃
[Z]ZAPAブロ〜グ:ライブドアが個人のブログを匿名で攻撃
■2005年04月 ライブドアブログのランキングの欠陥が指摘される
なんでも評点:livedoorBlogランキングの欠陥を明らかにする公開実験開始 ― 記事ゼロのブログが1日でいとも簡単に8000ポイント突破 - livedoor Blog(ブログ)
■2005年5月 2ちゃんねるを使ってライブドアの乙部綾子さんのブログがランキング操作される
有志によるlivedoorBlog改善会議:2ちゃんねるにiframeが埋め込まれていて「ライブドア広報・乙部綾子のお仕事日記」がブーストされている!
ライブドア広報・乙部綾子のお仕事日記:ちょっと お知らせします
■2005年5月 ライブドア特製どら焼き発売される
【お歳暮ギフト可】ライブドア 特製 手焼き どら焼き(どらやき) 12入り - どら焼き専門店 菓匠 Roppongi - livedoor デパート
■2005年7月 ライブドア、萌え系消費者金融「もえろーん」を開始
■2005年8月 ライブドアの堀江貴文社長、衆議院議員選挙に立候補
livedoor ニュース - 2005年衆議院議員選挙に関するlivedoor ニュースの報道姿勢について
■2005年10月 栄養ドリンク「ホリエナジー」発売
ホリエナジー特集!「ホリエモンなみの栄養補給。健康成分を一気に補充!日々の激務や二日酔いに」 - livedoor デパート
■2005年11月 履いても自慢できない「Horie Jeans」発売される
■2005年11月 ライブドアフレパがmixiにインスパイヤされてリニューアル
■2005年12月 livedoor PICSがFlickrにインスパイヤされてリニューアル
Apres Un Reve: LivedoorPics運営者はタグを改ざんする
■2005年12月 ライブドアの堀江貴文社長、ライブドアオートのCMで激しく回転
■2005年12月 ライブドアの忘年会に「VIP STAR」のkobaryuさんが登場
生VIP STAR(まじでほんものです): アルカンタラの熱い夏
探偵ファイル:ライブドアがVIP STARに払ったギャラは!?
■2006年1月 ライブドア、東京地検による家宅捜索を受ける
強制捜査を受け、今後のポータルサイト『livedoor』の運営に関して
livedoor 社長日記:朝起きると大量の着信が・・・・ - livedoor Blog(ブログ)
株でもうすぐ一億達成!からライブドア20万3000株全力信用買!で大損こいて一気に地獄に落ちた日記。 - livedoor Blog(ブログ)
■2006年1月 ライブドアの堀江貴文社長など逮捕
livedoor Blog 開発日誌:当社取締役等の逮捕、今後のサービス運営につきまして - livedoor Blog(ブログ)
すいません、またライブドアオート開店CMをリンクします。自動車で運ばれてたもんで……。
個人的な話になるのですが、今日逮捕されたライブドアの堀江貴文社長(現在は堀江貴文容疑者か)と僕は同じ1972年生まれです。彼のこれまでの生い立ちと経歴を考えるとき、ふと人生について考えさせられます。

いやー驚きました。テレビ朝日の「報道STATION」を見ていたら、ライブドアの昨年の忘年会の映像とともに、そこで替え歌を歌った人としてkobaryuさんが登場。忘年会での景気の良さを語っていました。
ちなみに、やじうまWatchで知った「探偵ファイル:ライブドアがVIP STARに払ったギャラは!?」によると、kobaryuさんはなんとノーギャラだったそうです。
関連エントリー:「VIP STAR」のkobaryuさんと天誅の熱狂のライヴ動画
何度でもリンクします、ライブドアオート開店CM。ライブドアの堀江社長がこのテンションで記者会見に臨んでくれなかったことが残念でなりません。
マスコミ各社の記事の中では、毎日新聞の特集記事「ホリエモンが行く」がよくまとまっています。このタイトルも思いきっていますね。

「生VIP STAR(まじでほんものです): アルカンタラの熱い夏」によると、平井堅そっくりの歌声と歌唱法で「VIP STAR」を歌い、ネットで大ヒットさせたkobaryuさんがライブドアの忘年会に登場したそうです。堀江社長が株主総会で泣いたと思えば、この忘年会ではこの出し物。面白い会社だなぁ……。
お知らせです。はてなの杖日記をこの「小心者の杖日記」に統合したのにともない、これまで「はてなの杖日記」のヘッドラインが表示されていたエキサイト ブログニュースに、「小心者の杖日記」のヘッドラインが表示されるようになりました。エキサイト編集部様、ありがとうございます。
近藤令子さんの「tapestry - 私が死んだ後は」を読んで、日常に不意に「死」が忍び込んでくる瞬間の感覚をありありと思い出しました。
でも、私が残した荷物は誰が片付けるのだろう?
僕も自分の残すであろう荷物――例えばこのサイト――について考えてしまいました。
以下のテキストは、2002年に発売された「テキストサイト大全」(→amazon.co.jp)に寄せたものです。「テキストサイト大全」は、出版社・ソフトマジックの倒産によってすでに絶版となっています。
*
サイトがローカルディスクに還る日(ある死とテキストサイトの消滅によせて)
宗像明将
あなたはパソコンに電源を入れる。インターネットに接続して、自分のホームページのファイルをローカルディスクからアップロードして更新する。毎日のアクセス数に一喜一憂する。意味がないと思いつつ、アクセス解析を一日に何度も見てしまう。他人のサイトを巡回するのに夢中になったり、飽きたりする。ホームページ上で誰かと罵倒し合ったり、掲示板に隠れて悪口を書いたつもりが相手に見つかってしまったりする。他人のテキストに神経が焼き切れるほど怒って、しかししばらく経つとなんでそんなに怒っていたのか自分でもわからなくなる。インターネットで知り合った人とオフラインで会い、意気投合するかもしれないし、その場限りで終わるかもしれない。恋をするかもしれないし、憎しみ合うかもしれない。
それは、あなたが生きている限りずっと続くかもしれないインターネットでの日常だ。
友人の名と「逝去のお知らせ」という文字が並んだサブジェクトのメールが突然届いたのは、去年の10月、夕方の会社で気だるく仕事をこなしていた時だった。それが意味するものは残酷なほど明らかなのに、即座には事態を理解できないままメールを開くと、友人の死去の知らせが友人の父を名乗る人物から丁重に綴られていた。息子さんの遺品を整理していた時に僕からのEメールを見つけたそうで、それまでパソコンにEメールという機能が存在していることを知らなかったために知らせるのが遅れたとも書かれていた。
でも、これはブラックジョークが好きだった友人のタチの悪い冗談ではないか。そう願っている自分に気付きながら、メールに書かれていた友人の職場に迷わず電話をかけた。人事部につながった電話は、書類を調べるからと少し酷な長い沈黙を用意した後に、「たしかに亡くなってますね」と告げた。
友人が死んだのは、5月の半ば。彼の死を知らないまま、すでに4ヶ月半が過ぎていた。その間に僕は何通かのメールを彼に送り、返事が来なくても特に気にしなかったけれど、皮肉にもそれが彼のお父さんが僕に連絡するきっかけになったのだった。
僕が友人に最初で最後に会ったのは、その年の1月。大阪から上京してきた女の子を囲んで飲んだ時に、2年前から僕とメールのやり取りをしていたものの会う機会がなかった彼も現れたのだ。シニカルでブラックなジョークが溢れ、タチが悪いぐらいにウイットに富んだ文章が、特異な個性を感じさせた彼は、実際に会うと物静かな人物だった。そしてすぐに酔いつぶれて寝息を立て始めた。それが雪の積もった渋谷で会った彼についての記憶だ。もっとも、その後に彼はしっかりホームページを更新して、あることないことをギャグとして日記に書いていたのだけれど。
そして、世間から見れば奇妙かもしれないけれど、それまで会ったことはなくても、僕と彼はオフラインの世界の友人関係に劣らないぐらいに友人だった。もっとも、死という現実に直面してみると、当人以外からの連絡経路が無いという点で、オフラインとインターネットの違いを痛感させられたわけだが。
この世を去る2ヶ月前、友人はホームページの閉鎖を宣言した。理由は遠回しに職場の異動のためであると書かれていたが、お父さんによれば彼は実際にその職場で激務をこなしていたという。過労死なのか、それ以外の死因なのか。しかし、お父さんからのメールで死因は「突然死」と触れられているのにとどまっていたし、死因を遺族に聞くことは無神経に思えたので、あえて詮索はしなかった。
最後に更新された友人のホームページは、こんな文章で終わる。
「いつごろ削除するかについては思案中。さやうなら。」
それから数週間後、今度は友人の妹さんからメールが届いた。友人のホームページが消滅したという。カードからの引き落としが止まって、プロバイダーが削除したのだろう。妹さんによれば、ご両親は息子さんの足跡をたどることで日々をなんとかやり過ごしていたため、特にお父さんはホームページが消えてひどく意気消沈しているという。僕は彼の死を知った後、ホームページが消えた場合に備えて大半のファイルを保存してあった。後から確認すると一部が足りなかったのでGoogleのキャッシュで補完し、欠けていたロゴも他のロゴを透過GIFにするなどして、ローカルで見られるように極力再現し、妹さん経由でお父さんへ送った。友人のホームページを、彼が死ぬまで家族は誰も知らなかったそうだ。
妹さんからの最後のメールには、彼女がお兄さんの文章を読んで悲しみの一番底まで沈んだと書かれていた。「明日は、30歳になるはずだった兄貴のお誕生日です」。そんな一節を目にして、緩む涙腺を気に掛ける余裕もなく泣いてしまった。
ホームページを通して出会う人たちとは、当然ながらそのホームページが存在していなかったら出会わなかったし、その人の存在を知ることもなかったはずだ。しかし、ホームページが存在していることは、現在もその人が存在していることを必ずしも保証はしない。ホームページが証明するはずの誰かの存在は、とても不確かなものだし、更新されていなければなおさらのことだ。
たとえば明日、不意に僕が死んでもしばらくの間ホームページは残るだろう。自分の死が広く知らされた後、多くの人の目に僕のホームページはどのように映るのだろう? 足掛け7年日記を毎日更新していて、ひょっとすると死ぬまで更新を続けるかもしれないと半ば本気で考えている僕は、ぼんやりとそんなことも思う。最後の更新は、僕がそう意図することによって行なわれるのだろうか。
そして簡単にホームページを閉鎖出来る人と、そうではない自分との違いについても考える。一旦は他者に公開したものを簡単に消去してしまう姿勢には苛立ちを感じもするが、その執着の無さを羨ましくも思い、そして一方で閉鎖してもすぐに復活する人には「ああ戻ってきたのだね、ネットから離れられなかったんだね」と微かな落胆を覚えて嘲笑を浮かべたりする。
ホームページを公開したり閉鎖したりすることは、インターネット上でのほんの小さな生や死であり、それは現実の世界での生き方についての願望が極端な形で反映される縮図でもある。
友人の死について自分の日記に書くか書かないか、書くとしたらいったいどう表現するか。迷った結果、僕はその前に起きたごくプライベートな悲しみと重ね合わせて、ナルシズムが混ざることを恐れながらも愚直に悲しみを表明することにした。僕から友人の死を知らされた人たちは、それぞれのホームページで、婉曲的に、あるいは直接的に死を悼んだ。誰もあえて彼の名を書かなかったのは、当時まだ残っていた彼のホームページが好奇の目に晒されることは避けたいという思いが共通してあったからだろう。
インターネットの世界に限ったことではないけれど、自分の知人の死が単なる情報として興味本意に消費されてしまうことは避けたい。僕らもインターネットにいる以上、そうした目に遭う可能性にさらされているのだけれど。
昨年10月に公開された「Wayback Machine」は、96年頃からの世界中のホームページのデータを保存しているインターネットの図書館のようなものだ。そこに友人のホームページも保存されていることに気付いたのは、つい最近こと。膨大なのデータが時系列で保存されている「Wayback Machine」で、友人のホームページは最後の更新の姿のまま保存されていた。ただ、それを見るには鍵を差し込むかのようにURLを入力しなければならない。消えたはずのホームページが今もインターネット上に保存されていることへの複雑な思いとともに、鍵はこのまましまっておくことにしよう。
人生の終盤となった2年間に友人が作成していたホームページは、僕と数人の人々、そして彼の家族のハードディスクの中に今も存在している。
*Wayback Machine
http://www.archive.org/
タグとディレクトリは、人が事物に属性を与えて分類するという点では共通していますが、その性質の違いを指摘している「Zopeジャンキー日記 :なぜネットではディレクトリが敗れ、サーチとタグが勝利するのか」が非常に興味深いです。特にこの部分。
タグはいわば、「タイトルを分解したもの」だ。対象の内容をあらわすものを人力で付与するところがタイトルに似ているが、あらかじめ語句の単位に分解されているところが違う。タイトルは、基本的に人間に対して意味を伝える「説明」機能しかないのに対して、タグはあらかじめソフトウェア処理を前提としており、サーチのように、特定のタグ(キーワード)から対象に辿りつくことを可能にしている。その結果、タグは従来のカテゴリのような役割も果たすことになる。ただし、事前にカテゴリ体系を作っておく必要がないのと、1つの対象に複数のタグを結びつけられるところがカテゴリと異なる。
そしてmojixさんは、ディレクトリやカテゴリからサーチやタグへという現在の流れを「これは単に、時代や流行の変化ではなく、科学的な真理を含んだ帰結だと思う」と述べています。
このエントリーを読んでまず思い浮かべたのは、Yahoo! JAPANの検索結果のデフォルトが、ディレクトリの登録サイトからロボット検索のYSTに変わったことでした。そしてアメリカのYahoo!では、My Web 2.0 BETAですでにタグを取り入れてもいます。
一方で、「[を] 分類→キーワード→分類」ではmojixさんのエントリーを受けて、「分類からキーワードへ。でもキーワードが多すぎて破綻してまた分類へ。」という流れになるのではないかと述べています。このエントリーも、自由であるがゆえにタグが抱える問題点を指摘していて興味深いです。
この「小心者の杖日記」は9年間更新を続け、とうとう10年目に突入してしまいました。うーんご長寿ブログ。
振り返ると、この9年間の自分の人生の大部分が直接的、間接的にインターネットによって形成されてきた事実に愕然としてしまいます。思い出されるのは、現在の勤務先に転職する際の面接で、後の上司となる人に「地下水道はもう更新しないんですか?」と聞かれてしどろもどろになったことや、サイトがきっかけでライターの仕事を始めることができたこと、多くの友人たちに恵まれたこと、そして現在の妻とアクセス解析(!)がきっかけで出会ったことなど。そんな9年間だったのです。
さて、10年目を迎えるにあたって「小心者の杖日記」をリニューアルしました。最大の変更点は、ご覧の通りMovable Typeを導入したことです。
これまで僕は、手打ちHTMLで更新を続けることに執着にも似たこだわりを持ってきました。meshの「言いすぎ?」事件で意固地になっていたわけではありませんし、実際にはてなの杖日記でははてなダイアリーを、Sonim BlogではすでにMovable Typeを使ってきました。ただ、自分にとってメインのサイトであるこの「小心者の杖日記」については、昔ながらに手打ちHTMLで黙々と更新することが義務のように感じられていたのです。なにしろ9年間も続けてきた習慣ですからねぇ。
しかし時は流れます。人々はトラックバックを飛ばし、エントリー単位でリンクをして言及したりソーシャル・ブックマークを使ったりし、RSSリーダーで更新情報をキャッチするようになりました。長大なHTMLでは、検索エンジンから訪れた人が目的の情報を求めて迷ってしまいますし、そもそもSEOの点でも不利な立場になってしまっています。
ブログだけではなくmixiなどについても言えることですが、特定のプラットフォームの中に入ることによって初めて得られる面白さが存在することについて、最近はずっと考えていました。それはWeb2.0と呼ばれるものにも通じているかもしれません。
そしてふと、これ以上手打ちHTMLにこだわる必要もないなと感じました。それと同時に、インターネットの潮流に身を任せてみようと決めた瞬間、まだインターネットというものに対して漠然と可能性と希望を持っている自分自身にも気付いたのです。まだこのインターネットには自分から踏み出していく余地があるかもしれないし、それによって出会える人々がまだいるかもしれないな、と。
2002年に発売された「テキストサイト大全」(→amazon.co.jp)で、僕はサイトを残して死んだ友人についての「サイトがローカルディスクに還る日」という文章を書きました。しかし、ブログツールを使うことは、もはやローカル・ディスクにデータを作成する必要すらないことを意味します。データが手元にない不安。それが僕にブログツールを使わせることをためらわせた大きな理由のひとつでした。
あるいは、良くも悪くも思考をすぐにサイトに反映させることができる手軽さも、僕がブログツールに触れることに慎重になった理由でした。この「小心者の杖日記」は、ずっと2日遅れの日付で更新してきたのですから。その手軽さゆえに、時に「炎上」と呼ばれる現象も発生するのでしょう。
しかし今は、そうしたデメリットと思える要素からあえて目を逸らしてみようと思います。せっかくの10年目ですしね。
2005年に発売された「教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書」(→amazon.co.jp)で、著者のばるぼらさんの質問に僕は以下のように答えました。
Q6.10年後もインターネットを続けていると思いますか?
基本的には死ぬまで「小心者の杖日記」の更新を続けると思います。ただし、社会学者ホームズと内科医レイが定義した「社会再適応評価尺度」(人生における出来事のストレスを指数で表したもの)で、指数が63以上の出来事が起きたら更新が止まるかもしれない、とは思います。具体的には配偶者の死、離婚、夫婦別居、刑務所入り、肉親の死といったものです。
そう、更新を続けられる間は、できるだけ楽しい方向に流れていきたいと思うのです。残り時間なんてわからないのですから。
表示が変だ、重い、などの問題がありましたら、フィードバックをいただけると幸いです。僕の能力の許す範囲で対応させていただきます。問題はその範囲がけっこう狭いという点なのですが。このデザインについての説明(言い訳?)はまた後日。
最後に。今回のリニューアルは事前に誰にも話さずにいたのですが、Movable Typeの管理画面を目撃した妻にだけは勘づかれてしまいました。そして彼女は言うのです、「手打ちHTML派の同志だと思ってたのに裏切られた気分」と。
考えてみれば、前回のリニューアルは、実は彼女が僕と一緒に暮らし始めた日に合わせて行なったのでした。彼女が不安を抱えたまま僕の家へ来て眠り、起きて「小心者の杖日記」を見ると、彼女の育った街の工場の写真が掲げられている。そんなリニューアルでした。
極力シンプルにしたあのデザインを僕は捨ててしまいましたし、手打ちHTMLでもなくなってしまいました。ただ、このMovable Type化した後の最初の日記で僕は妻にこう伝えたいと思います。工場の写真がそのままあるように、今も変わらず愛してるよ、と。
そしてきっとインターネットのこともね。