小心者の杖日記

2012年3月11日

東日本大震災から1年、そして大衆運動としての反原発運動

 東日本大震災から1年を迎える14時46分に黙祷を終えた後、偶然ある反原発のデモ隊と遭遇しました。

 シュプレヒコールを上げ、ギターで歌う彼らは黙祷したのだろうか。それを軽い気持ちで彼らに質問しようとした結果、酒を片手にした男に絡まれ、そしてデモ関係者はそれを制止することもない始末で呆れ果てました。僕も原子力発電所はないほうがいいと考えている人間ですよ? それでも部外者を異分子扱いし排除してイデオロギーを押し通し、ヒッピーまがいが自分探しをするのなら、痛ましい事故に便乗せずに他でやればいいのです。

 これじゃ反原発運動は大衆運動になるわけがないよ。そう痛感した瞬間でした。

 そんなことをTwitterに書いていたらソウル・フラワー・ユニオンの中川敬さんから「一部を見て全体を語るのはやめてほしい」という主旨の連絡が来たので精神的に落ちつくことに。

 とはいえ、地元でこういう反原発デモ隊と衝突する体験をすると、地域共同体の中で「政治的」な発言をするのがいかに憚られる行為かを実感させられます。そういう地域共同体による締め付けこそが、原子力発電所を作ってきた要因のひとつでもあるわけです。

 人は「正論」のみに生きるわけではありません。「戦法」も必要です。だから3月11日の反原発デモに対して「静かに過ごしたい」と反発する人々もいる状況を認識して、それに対応していくことも必要だったはずです。

 デモという手法を否定はしませんが、日本で特殊なものと見られるに至った歴史的な背景は存在するわけで、その歴史を乗り越えたうえで、さらに3月11日にやることへの反発にも答える姿勢と覚悟が必要だったと僕は考えます。

 もちろん僕が遭遇した反原発デモをもって「全体」とすることはしませんし、原発国家として成立してきた日本がそこから脱却できることを願うことに何ら変わりはありません。それゆえに今日の出来事が残念なのです。

 率直な心情としては、草の根レベルの微力さではあるものの、今後は被災地への支援活動にこれまで以上に心を砕きたいと思います。

 改めて、東日本大震災の犠牲者の皆さんのご冥福をお祈りし、家族や友人を亡くし、被災された皆さんのご心痛に思いを馳せる次第です。


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[ 社会 ]
投稿者 munekata : 2012年03月11日
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