小心者の杖日記

2009年3月 7日

「秋葉開放計画」 第四計画 〜飛翔〜@高円寺HIGH

 Cutie PaiamUなどが出演する「『秋葉開放計画』 第四計画 〜飛翔〜」のために高円寺HIGHへ。今日がCutie Paiから脱退するチッチの最後のステージです。
 
 
 
 初めて彼女に会ったのは、2007年9月24日。Perfumeの「ポリリズム」のリリース・イベントのために名古屋まで遠征し、ヤマギワソフトナディアパークでの2回のイベントを終えて会場を出たところで、3人の女の子が「この後イベントをやります!」とチラシを配っていました。それがCutie Paiのまゆちゃん、きわサン、そしてチッチ。その日、僕は夜に東京でkickingbirdsのライヴを見たのでCutie Paiのイベントは見られなかったのですが、チラシ配りのときにaniotaがまゆちゃんを紹介してくれたのでした。

 僕がCutie Paiの名前を何となく知っていたのはもう少し前から。彼女たちの名前をはっきり覚えたのは、2007年9月17日の池袋サンシャインシティ噴水広場でのPerfumeの「ポリリズム」のリリース・イベントでした。あのとき、広場の上の階でPerfumeのフリコピをしてあ〜ちゃんから爆レスをもらっていた坊主頭にメガネの男性が途中からいなくなり、友人に「彼はどこへ行ったの?」と聞いたところ、「Cutie Paiのイベントへ行った」という返事。当時名前を知らなかったその男性がもてちでした。「Perfumeのイベントを抜けていくほどCutie Paiはいいのか?」と印象に残ったのが、すべての始まりでした。

 名古屋遠征の後の2007年10月13日は秋葉原石丸電気SOFT 2でPerfumeの「ポリリズム」のリリース・イベント。このとき、「秋葉原ならCutie PaiのCD-Rを買えるだろう」と適当に考えていた僕は、売っている店を見つけられずに途方に暮れていました。そこにやってきたのが、Cutie PaiのCD-Rを買い足してきたaniotaで、彼から譲ってもらったのが「ミュージック・ランデヴー」と「cosmic少女」。聴いて衝撃を受けて、2007年10月23日にはもう彼女たちに取材をしました。恵比寿LIVE GATE TOKYOでライヴを見たのはその翌日、2007年10月24日

 そして、僕はCutie Paiの現場系ヲタになりました。Cutieマニアに。

 「おもちゃ箱から魔法で来たお人形」というコンセプトのCutie Paiで、当時まゆちゃんが「おうたの魔法」(作詞作曲)、きわサンが「ダンスの魔法」(振り付け)を操るのに対して、チッチだけ魔法がないという状態でした。その彼女がやがて「がんばる魔法」を身に付けていく過程を、Cutieマニアのひとりとして僕は見ることができました。

 きわサンが脱退したときは、やがてサポートとして109さんが参加したし、「あとひとり見つければ大丈夫」と考えていたのです。しかし、チッチも脱退するという事実は、僕が見てきたまゆちゃん、きわサン、チッチの黄金のトライアングルによるCutie Paiが完全に幕を閉じることを告げていました。

 今日はずっとステージ上のチッチを見ていて、隙あらば「チッチ!」と叫んでいました。もてちのMIXが本気だ、フチザキが「チッチ!」コールの間に「好きだ!」と叫んでいる。どいつもこいつも最高だ。そんなことを考えていると、ラストは「小っちゃな翼」。0列突入どころか柵を乗り越えて、まゆちゃんのmicroKORGにまで届く寸前の壮絶な、そして悲壮なCutieマニアによるケチャ。

 そのとき、僕はまゆちゃんがチッチだけを見つめて歌っているのを見ました。


君を好きに なった
君が いれば


 終わるのだ。このCutie Paiがひとつの時代を本当に終えてしまうのだ。頭の中を様々なことがよぎっていたライヴの最後、そんな思いだけがはっきりと残りました。

 チッチ最後の物販。僕はずっと気がかりだった、あることを言いました。それは、自分が書いた記事がCutie Paiのその後の活動のある面を決定付けたことに対して責任を感じてきた、ということでした。それはたぶん、ずっと僕が抱え続けていくことでしょう。

 ずっと無言でチッチのチェキを選んでいた妻を急かして、選んだのはチッチがチェーンを手にした写真に「首絞めちゃうぞ」と書かれているチェキ。そして最後、妻がチッチにいいことを言いやがった。ははは。
 
 
 
 最後に彼女に会ったのは、2009年3月7日の高円寺HIGHの招待者フロア。物販を終えて楽屋へと帰るチッチと話しました。その内容はここには書きません。というか、もうよく覚えていないのです。

 チッチは最後の最後までチッチとしてがんばったよ。キューティーらんどの世界観を最後まで愛して守ろうとしたことを強烈に感じたよ。最高のお人形だったよ。お人形の意地を俺は感じたんだ。

 まゆちゃんを中心にメンバーが変動していた時代や、マッキーとの2人組だった時代のCutie Paiを僕は知りません。しかし、まゆちゃん、きわサン、チッチの時代を1年半ほど見ることができました。楽しかったなぁ。まゆちゃんが死ぬまで続けると公言しているCutie Paiをこれからも応援し続けます。

 でも、今夜だけはちょっとツラインダ。


Cutie Pai「Cutie MANIA」 

投稿者 munekata : 2009年03月07日
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コメント

>isaさん
土曜日は長丁場のイベント、おつかれさまでした!
どうしてもチッチ脱退の件のことばかりになってしまいましたが、「秋葉開放計画」もすでに秋葉原という枠を超えて様々な音楽をプレゼンテーションする場として機能しているなと感じました。
そして、チッチの最後のステージを提供してくれたことに感謝します。
本文では触れませんでしたが、amUのステージも最高でした! 今後のイベントも楽しみにしています。

投稿者 munekata : 2009年3月 9日 01:17

昨日は本当にお越しいただきましてありがとうございました。
Cutie Paiに出会ってからここまでのmunekataさん、MANIAの方々の想いを知る事が出来、改めてイベント主催者として、僕自身一人のCutie Paiのファンとしても身が引き締まる思いです。

これからも一イベントの主催として、MANIAの皆さんにCutie Paiさんと触れ合え、喜んで頂ける機会を作れたら幸いです。

長文しつれいしました。

投稿者 isa : 2009年3月 9日 00:58
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