これは大槻ケンヂの「新興宗教オモイデ教」のタイトルだけでなく、この小説の要素全てをパクっております。先にオモイデ教のほうからお読みいただくと、この無為滑稽な話の流れも元がこうなっているからと納得しやすくなります。
また、登場する会社名・団体名・個人名は実在するそれぞれとなんら関係がありません。
第1章
第2章
第3章
第4章
第5章
第6章
第一章 エレクトロワールド
私の隣の座席には、1ヶ月前までちゃんと人が座っていた。彼は内向的で一般的に言うと「ネクラ」でノートにネコの絵を描いていそうなやつだった。名前もよく覚えていない。
新卒の英語の先生は授業ごとに宿題プリントなんて作ってきて、次の授業の冒頭で隣同士交換して答え合わせを行わせる。
そいつは照れているんだかよくわからない顔で「わす、れた」ってつぶやいて、申し訳なさそうなんだかよくわからない顔で私のプリントを受け取って採点する。先生の解説の7分ほどのその時間、私はすることがなくってぼーっと板書を見ている。
と、いうことがもうすぐゴールデンウィーク休みになろうというときまで、週三回の英語の授業で必ず行われた。なので私は思っていたことを口に出した。
「ねぇどうして英語のプリントやってこないの?やる気ないの?いっつも忘れてるって、どうして覚えていられないの?ちゃんと予定に書いてある?書いてあるけど忘れるの?じゃあ家でなにしてるの?それともできるの?答えあわせなんかする必要もなくもう、全部理解してるの?私はそうよ。で、私以上にできるの?だったら授業に出なくてもいいよね。なんでここにいるの?やる気がないなら家にいたら?英語できるんでしょ?」
そしてそいつは学校へこなくなった。
季節は夏。夏休みになった。
私は学校のクラスメイトには内緒の、私だけの秘密がある。その秘密とは私があるバンドのおっかけをしているということだ。
クラスメイトはテレビの箱にいる、くっだらないつまらない曲にきゃーきゃー言って、フォトショップで修整だらけの雑誌を眺めてかっこいいーなんていっている。
でも私の応援しているバンドは本物なのだ。彼らが作るメロディは素晴らしく綺麗なものだし、詞も私の心を歌っているみたいに感動させてくれる。そしてボーカルのナユタは本当にかっこいい。私は彼らが武道館で1万人を観客にライブするのが目に浮かぶ。それくらい彼らはすごい。今はより多くの人に聞いてもらうために駅のホームでアンプにギターを繋いで、路上ライブをしている。
私がそのバンド「ジクロロ蟲」を見たのは塾に通い出した1年の冬。学校で勉強して、塾でも勉強してこんなに勉強してばっかりで私はバカになってしまうって本当にこの世に絶望していたときに駅で演奏している彼らを見つけた。最初は私がこんなに絶望してるのに脳天気に歌なんて歌いやがってと思って、冷やかすつもりでいた。でもその曲が流れた瞬間に私は泣いてしまった。
週3回の塾の帰りにそのライブを見ること。それが私の秘密の日課だ。クラスメイトなんかに言うと何をいわれるかわかったもんじゃない。だからこれは秘密なのだ。ジクロロ蟲が売れたときにびっくりするがいいんだ。
夏休みになるとデパートとスーパーを足して2で割ったようなデートスポットがいろんな学区の子供でごったがえす。普段は自宅へ帰るサラリーマンで殺風景な駅が少しケバい雰囲気になる。そして路上ライブ初心者がルールを理解せず勝手に演奏を始めたりして、駅前は軽く混乱するようになる。ジクロロ蟲の時間なのに新しくできたらしいバンドが演奏していたりして。夏休みだから警察も多くてたまに注意されて演奏が中止することもある。私はこの夏休みという時期が大嫌いだ。なにより、観客に同じ学校の人間やクラスメイトがいたりする。
そして今日、ライブが始まる前にナユタに声をかえていたのがクラスメイトの大村さんだった。大村なんかがジクロロ蟲のよさなんてわかりっこないのに、だってあいつが好きなのはジャニーズなのに。私はライブを見ていく気がすっかりなくなった。
駅は大学のサークルの飲み会なのか知らないけど、人が群れていて大声でしゃべって胴上げなんかしている。うっとうしい。夏、なんて酷い季節だ。
うるさい集団のその中に何を中心として構成されているかわからない集団がいた。その集団はいきなり叫び出した。
「タイガー! ファイヤー! サイバー! ファイバー! ダイバー! バイバー! ジャージャー!」
虎?炎?周りを歩く人は失笑するか、知らないふりで早足ですぎていく。その中にあの隣だったネクラのやつがいた。名前が、思い出せない。結局1学期は1ヶ月しか出席していない。生き生きとその呪文を叫んでいる。周りにならって知らないふりをして通り過ぎようとしたら彼がこっちに気付いたようだ。
仲間と思われる人間になにか耳打ちをして、ひょっとして知り合いがいてちょっと話すからとかなんとか言っちゃってないか……という私の予想は的中して、そいつはこっちに小走りでやってきた。
「ミホさんだよね?隣の席だった。」
「……うん。」
あの「わす、れた」という少しどもったしゃべり方とは全く違ってハキハキとなんだか快活になったような感じに、私はよくわからない罪悪感を感じてうなずいた。本当は無視して早歩きで改札とおって、電車に乗って、帰りたい。
「ミホさんは今日、僕に気付いたかもしれないけど、僕はちょっと前から気付いてたよ。最近ここによく来てるから。今日はあのバンド、ジクロロ蟲だっけ?見ていかなくていいの?」
「……。」
「ねぇちょっと時間ある?あれが好きならきっと、こっちも気に入ると思うんだよ!」
こいつを黙らせなくちゃ。まずこいつを黙らせなくちゃと思って私は言われるままに喫茶店へ入っていった。
マックやロッテリアがギラギラ看板を光らせている間にひっそりとある机がインベーダーゲームのモニターになっている喫茶店に入ったのは塾の仲間や、うろうろしているかもしれない学校のクラスメイトに見られるのを避けるためで、それ以外の理由はなかった。
そいつはジンジャーエールを頼んで私はホットの紅茶を頼んだ。
「僕、なんか言われてる?」
「別になにも。」
「そうだよね、僕、クラスで空気だったし。」
ハハハと自嘲気味に乾いた声を出した。
気持ち悪くて俯いてて、誰ともしゃべらず、椅子に貼り付けられたみたいにじっとしてたっていうポジションのあいつ。今では心持ちお洒落だし。まぁ学校じゃ学ランだったし、私服姿なんて見たことないから比較しようがないけど。なにか宗教に入って人格改造されたみたいにわかりやす明るさを身につけていて、やっぱり最終的には気持ち悪いと思ってしまう。
ところで名前はなんだったっけ?今さらすぎて聞けなくなってしまった。
「僕さ、実はミホさんのせいで不登校になったんだよ。」
クラスで話題なってないというのは本当だった。ただ私は彼の席が今日も空いているかというのを気にしていた。ひょっとしたら私のせいで不登校になったんじゃないか、そしたらいじめの首謀者でクラスから糾弾されて学校総会が開かれて、内申が下がって、下手したら「卒業はさせてあげるからもう学校に来るのはちょっと……。」ってなって、修整不可能な最悪な人生になんて考えておびえていたりした。
「あ、でもこれは恨み言とかじゃなくて。もともと学校はバカの集まりみたいで僕は好きじゃなかったし。でも家でもすることないししかたなく学校に行ってる感じだったんだ。」
バカの集まりって、簡単な英語のプリントすらも提出できないで何を言ってるんだとまた口から罵倒が出てきそうになったが、なんとかいじめの首謀者でないことになっているんだからこれ以上なにもしないほうがいい。ちょっと話を聞いて、ジクロロ蟲のことをきつく口止めして、そして喫茶店を出て、家に帰って寝る。そうすれば明日。明日になったらナユタにメールしよう。昨日はごめんなさいって。
「毎日部屋にこもってラジオだけ聞いてたんだ。電波が入る時間でも電波が入らない時間でも。さすがにあのときはちょっと病んでるかなーって思ったよ。で、深夜ラジオを聴いていたらね、素敵な歌声が聞こえてきたんだ。僕は僕の世界が本当の意味で始まったんだと思った。急いでネットで調べてさ、音源をあさったよ。動画も見た。それで僕はさっきの感動がほんの入り口でしかないって気付かされるんだよ。歌だけじゃなくってパフォーマンスもすごいんだな、これが。コンテンポラリーダンスっていうか、なんていうか今までにない本当に斬新でかっこいいダンスで幾何学みたいな歌を歌うんだ。僕たちと大して年齢が変わらない女の子が。でもそれが世界を変えるほどの衝撃なんだよ。でもバカなやつらはまだそれに気付いていないんだよ。テレビのヒットチャートなんか見て、騒いでるんだ。本当にくだらないよね。でもそのくだらない人間たちにカウンターパンチを与えることができるのがこのパフュームなんだ。で、インターネットでモニターから見てるだけじゃ我慢できなくなってチケットを手に入れてライブに行くようになったんだ。」
こいつは興奮を鎮めるためか、注文したジンジャーエールをビンから直接飲み干した。
「やっぱり生で見るパフュームは全然違ったんだよ。キラキラしていて、天使って実際にいたらこんなんだなって思ったくらいだよ。あんまりすごすぎて最初のライブはあんまり記憶がないんだよ。ただ素晴らしいものを見てしまったなぁっていう脱力感しかなくってさ。で、それからはどんな小さなイベントでも行くようにしたんだ。奇蹟と出会うために。有名でないから今は小さなライブハウスでしかライブができないんだけど、パフュームはきっと武道館でライブをするようになると思うんだ。で会場の1万人がみんな信者になるんだよ。そこで全力でするあ〜ちゃんコールはきっとすごいと思うんだ。まさに『世界が震えて砕ける』と思うんだよね。今のくだらない世界は一刻も早くパフュームが砕くべきなんだよ。ミホさんだってそう思ってるだろ?」
急に私にふられてもさっぱり意味がわからない。そもそもパフュームってなんだ?
「僕はミホさんも実はパフューム気に入るんじゃないかって思ってるんだ。ミホさんって、センスがいいし。で、パフュームには最強のキラーチューンがあるんだ。エレクトロワールドって曲なんだけどね。もうその殺傷能力は核兵器くらいで、僕もそれにやられたクチなんだけど。もうばっちりエレワー決められた感じなんだよ。なんだか狂ったような感覚なんだけど、違うんだ。正常に戻ったんだよ。狂った世界からエレワーで正常に戻っただけなんだよ。ミホさんもエレワーを聞いたらすぐ気に入ると思うんだ。誰だってどんな人間だって気に入ると思うんだよ。」
今、私は勧誘を受けてるんだとぼんやりと理解し出した。私、こいつに同類って思われてたの?
「学校じゃ空気だった僕だけど、今じゃヲタの集まりに、『ファンデーション』って言うんだけど、仲間入りすることができて、こうして定期的な集会にだって呼んでもらえるようにだってなったんだ。ファンデーションはパフュームを応援しているヲタの集合体なんだけど、ちょっとやそっとじゃ仲間になることなんてできないんだよ。なんていうか、選ばれた人間でないとだめなんだよ。同じようにパフュームのことを応援できる人間でないと。学校のクラスメイトなんてバカみたいで狭い世界だったなって思い知らされたよ。毎日学校行くことが正しいってわけじゃないんだって。ミホさんも絶対気に入ると思うんだよね。ファンデーションといるようになって、実はずっとそう思ってたんだ。路上ライブを見ているミホさんを見かけてからは特に。ミホさんだってつまらないって思ってるよね。」
確かにつまらない。学校も家も。そして私も。私にとってジクロロ蟲はつまらない私の全てで、私をつまらないものから変えてくれるものだと思っている。でもジクロロ蟲にとって私は全てでないし、絶対でないし、唯一じゃない。ナユタは私に優しくしてくれるのと同じように大村にも優しくする。私は特別じゃない。でも、今必死に私を勧誘しようとしているこいつは、私が特別なんだと思ってる?
「じゃあナユタを狂わせてみせてよ、あのバンドのボーカル。」
「でも、ミホさんの好きな人なんだろ?」
「好きじゃない。」
「でもあのバンドの歌に『髪を短く切って』っていう歌詞があったからミホさん、髪を切ったんでしょ?」
「そうよ!私が一番本物だって思ってるもの。あんただってそのパフュームが本物だと思うんでしょ?だったらその大事なもので私の大事なものを狂わせてみせてよ。できっこないわよ。そのかわり。できなかったらもう二度と自分の部屋から出てこないでよ。学校にも来ないで。」
「いいよ。」
そいつはにっこり笑った。初めて見た。笑い顔を。
私はとんでもないことを言ってしまったと思った。私の大好きなナユタとこいつの妄言を天秤にかけただなんて。そして、本当にナユタを狂わすことができたら?いや、できなくって本当に二度と部屋から出てこなくなったら?本当にそうなってしまったら?私が言ったから部屋から出ないと誰かに知られてしまったら!
それから夏期講習で私は毎日塾へ通っていた。しばらくジクロロ蟲の路上ライブがなかったのはライブハウスでワンマンを行うからで、その準備で当分は路上でできないということを知っていた。
私はあいつのせいでそのライブがなくなるんじゃないかと心配したがブログでライブの日にちが告知された。私はちょっと恐くてライブハウスに確認の電話までしてしまった。明日は本当にジクロロ蟲のライブですか?って。
ライブ当日。路上でもおなじみの曲からスタートした。次の曲に入る前にナユタがしゃべりだした。
「じゃあ、次の曲はカバーなんですけど聴いてください『エレクトロワールド』」
そのイントロではあの駅できいた虎とか火とかその呪文も一緒だった。