baritonesax1306

 今、一つのアイドルが終わりを迎えそう。そのアイドルの名はC@n-dols。
 え?この前面白おかしくお披露目イベントの話し書いたばっかじゃん!?二カ月しかたってないじゃん!そうです、終わりそうなんです。

 6月15日にピンクレディーのコピーユニットと対バンして以来ライブの予定が入っておらず、ブログにはセンターであった大野愛友佳ちゃんの存在がなくなっており、ある程度アイドル現場に行ってる人間ならこれが終わりの終わりだってことはピンとくると思います。

 さてさて、私はここで初めてメンバーに言及しました。お気づきの方もいるかと思いますが、私が4月4日のお披露目イベントのレポを書いたとき親衛隊の方々の話しだけでC@n-dolsそのものについての感想を一切書いていないんです。それはですね、彼女たちそのものが全く面白くなかったからなんです。
 そこそこ可愛くて歌も頑張って練習したであろうに上手で踊りも頑張ってて、でもなにもひっかからなかったんです。彼女たちを応援しようという気にはならなかった。それは彼女たちからなにかしらの「個性」を感じなかったんです。
(お披露目ってそんなものかなって思っていたんですが、BiSの新メンお披露目のときには新しいメンバーはまあこういう子なのかなって最後列からでも歌い方とかちょっとだけ見える踊りとかで察せられるっていうか思いこめるというか、少なくとも『こういう子っぽいからチェキ行ってみようかな』と思う程度には個性があった。)
 でもC@n-dolsの3人にはそれがなくて、なんていうか訓練を受ければ誰でもいいんじゃないかってそういう感じなんです。これはおそらく徹底的に「キャンディーズ」的なものを教えられて勘違いした上品さになってるんじゃないかなーと思っています。上品なことと個性を消すことは別だと思うんですが、そもそも上品っていうので想像できるのが皇族くらいしかない私なので、アイドルの上品さって必要か?って思っちゃいますし。そういう路線の一環なのか物販で彼女たちはCDを買ってと呼び込みもしないで列が途切れてしまえばそれで終了になります。時間ぎりぎりまで1枚でも多く売ろうとしないです。

 そう、C@n-dolsは正統派アイドルきどってるんですけど、その正統派が70年代の正統派そのままなんですよ。キャンディーズに縛られすぎてそもそもキャンディーズの清純派路線というものも「当時のフリーセックス的な風潮へのアンチテーゼ」という時代の流れを見た戦略的なものだとかそういうことを無視してキャンディーズの再現をしてるだけなんです。それはもう正統派ではなくて時代遅れですよ。
 それは音楽にも表れていて、C@n-dolsは「ハモれる」ばかりを強調しているんですが、キャンディーズの売りはハモれることではなかったんじゃないかなと思うんです。積極的にソウルミュージックのリズムセクションを使い日本のポップスに落とし込んだ穂口雄右の手腕とか、キャンディーズ3人のリズム感の良さだとかそういう新しいことをやってきたグループであって「ハモれるコーラスグループ」なんてものではなかったんじゃないかと。
 そもそもハモりってツールであってつまらない曲でハモたってしょうがないじゃないですか。ビーチボーイズがいつハモりアピールしてたかって話ですよ。曲が先にあってそこにホーンセクションを入れるだとかシンセを入れるだとかそういうのと同じようにハモりをおくっていうそういうことでしょ。

 なにも楽しいと思える要素がないところに最後の切り札としてのキャンディーズの看板も今の若い子には通用しなくて、喜んでいるのは老人ばかり。そんな感じです。

 で、今、失踪中の大野愛友佳ちゃんですが、彼女は元二代目シスターラビッツでももクロの有安とキグルミのハルカと同期で、デスティニーチャイルドに褒められたり、

 していたんですね。で子役事務所に所属するも特に目立った活動もなく、事務所を辞めて、読モしながらavexのダンススクールに通いavexの主催するイベントのバックダンサーをしながらオーディションを受けまくっていたんでしょう。でようやく合格したニューキャンディーズ!なんです。ね、意外と苦労してるしdigりがいがありそうでしょ。近藤綾ちゃんも国民的美少女コンテストのファイナリストだったんです。
 たぶんこの子たちはアイドルにというよりも芸能人になりたくてなりたくてしかたがない子なんだと思います。きっと自分はテレビに出る側の人間なんだって。だから19歳になってもこうしてオーディションを受け続けていたんでしょう。きっと私は選ばれる側の人間なんだって。で、選ばれた結果がこれでした。今までは選ばれない辛さしか知らなかったし、それが一番悲しいことだと思っていただろうけど、選ばれてもうまくいかないっていうことの絶望感は選ばれなかったことよりも辛いことだと気付いたのではないでしょうか。小さいころから活動していて一番ガッツがありそうな愛友佳ちゃんが失踪ですから、C@n-dolsはそうとうキツかったんでしょうね。

 でもね、神様だけは上のほうで笑って言ったの、それはそこらにころがる普通のアイドルだって。普通に売れなくて、普通にキモいオタに囲まれて、誰にも活動を知られていない。そんなありきたりなつまらないお話。



ONE MORE FINAL: I hate you.

 そんな十把一絡げな泡沫アイドルC@n-dolsを素晴らしいと誉めそやすファンドルズたちに怒りが沸いてくる。
 どうして怒りなんだって思ったんだけど、私にとってキャンディーズの親衛隊というのは憧れの存在であったんです。おそらくアイドルで初めて組織的複数枚買いをしたのが全キャン連だったと思います。当たり前ですがインターネットのない時代に全キャン連というネットワークを作り、実際に「微笑み返し」を1位にしてキャンディーズを伝説にしたそれがキャンディーズの親衛隊だったんです。そういう伝説を母から聞かされて育った私は、実際にアイドルをおっかけるようになってその偉大さっていうものがさらに身に迫ったんです。
 そんな私にとって尊敬すべき親衛隊の方々はモノノフ的なものよりたちが悪く盲目的で、他のアイドルをけなしてC@n-dolsを持ち上げ、排他的で現場で新しい人間とコミュニケーションしようとせず、ミクシィに引きこもり、無銭がっつきするわ、物販では買わないわ、そのくせ口だけは「C@n-dolsを世界で通用するアイドルだ」なんて言っちゃうだとか、歴史も調べず「最近にはない新しいこと(もの)」と言い出すことだとか、撮影可だからって三脚立ててのガチ撮影しすぎだわ、そのくせ不細工な写真もピントのあってない写真も一緒くたにアップするわ、動画アップしてもタイトルに「C@n-dols」って入れないわ、やることといえば紙テープ投げるだけだわ、物販でC@n-dolsに歌わせるわ、ワンマンのチケットがアイステよりも敷居の高い買い方だとか、デビューしたばかりでファンクラブ作ってるのもバカだけどファンクラブがあるにも関わらず私設ファンクラブとかいって越権行為やりまくりだとか、それを容認している運営馬鹿すぎるだとか、最後のほう運営批判になっちゃったけど、裏切ったな!裏切ったな!僕の気持ちを裏切ったんだ!父さんと同じに裏切ったんだ!!という勝手な思い込みから怒りが沸いています。

 疑問におもっているのですが、このファンドルズ(C@n-dolsのファンのこと)はPefumeのことについてはどう思ってるんでしょう?Perfumeは明らかにキャンディーズをロールモデルにして活動していて、大里自ら指示をだしているように見受けられるのですが、そんなPerfumeのほうがキャンディーズの後継者なんじゃないかと私は思うんですが。そのことを見ないふりしてC@n-dols、C@n-dolsって言ってるのは、要は「若くて可愛い子がキャンディーズの曲真似して歌ってくれればなんでもいい」になってあの子たち3人なんてどうでもいい結局はキャンディーズを好きな俺たちっていうことだけで、究極的にC@n-dolsのファンではないってことなわけで、そんな客しかいないところからさっさと逃げ出した愛友佳ちゃんの判断の早さは正しいけれど、でもこれはオーディションを受ける前からわかりきったことであるからそのオーディションを受けたこと自体が間違いだよ。



「ライオンになりたい女の子。女の子になりたい男の子。」

 ほら私もう4年くらいアーバンギャルドのライブ行ってるじゃないですか。で、客層の変化っていうか男性が増えたなって本当に思うんです。やっぱ最前は女の子ばっかりなんだけど2列目3列目だともう男性がいるんですよね。それも1列目にいる子の彼氏とかそういうのではなくて、スタンドアローンで見に来ている男の人。だからほんとに増えたなーって思います。
 今までは増えたなーくらいだったんですけど、最近その増えたにある一定のジャンルといいましょうか、思想といいましょうか、共通点を感じたんです。

 アーバンギャルドボーカル松永天馬は昭和57年東京生まれ、弟というポジションで東京に育ち、幼いころからサブカルに傾倒し、演劇を始め、バンドを始め、今は美しい女性を隣に置いて自分の世界観を歌っている。その彼に憧れる男性。
 同世代の私は松永さんのエピソードを聞くに「やっぱ都会の人間はさ、違うんだよ。小学一年生から筋少聴くとかありえないよ?まあお兄ちゃんお姉ちゃんが持ってるとかそういうビハインドは都会/田舎関係ないけどさ、私が綾波レイの元ネタとして『福耳の子供』と『何処へでも行ける切手』を聞こうとしてもCDレンタル屋にないんだもん。田舎ってそういうこと。ムーンライダースのCDもないよ?貞本版のサブタイトルにあった『ナイフと少年』聴こうにもないんだよ。これYouTubeの前の話しだからね。わかる?なにかのきっかけで触れたいと思っても届かない、それが田舎なの。お金がなくて買えない。それはどこの子供も同じだけど、でも98年に東京の中学2年生のエヴァオタが『仏陀L』聴きたくなったら聴けたでしょうね。それが決定的な違いなのさ。これが育ちというものなんだ。」と思うんですが、そういうサブカルエリート教育的なものに憧れるっていうの、ではなくて。こうなりたかった自分、こういう学生生活をおくり、こういう活動をする松永天馬のような男性になりたかったなぁと思う男性。

 これはSPANK HAPPYの岩澤瞳ちゃんになりたい少女たちにすごくとても近い感情。私を岩澤瞳にして、っていう。この場合だと圧倒的な姫の横にいるインテリになりたかった、と言えばいいのかな。あくまでもなりたかったね。そう思う男性はだいたいが年上だから。岩澤瞳を隣に置きたい男性はいっぱいいたと思うんだけど、菊地成孔になりたいっていう人は、うーんいたか……。
 その菊地成孔の下位互換とも言い難いのはなんだろうか、現状松永さんがとてもわかりやすいレベルで話してくれている状態であるそれになりたかったと思っているようなので、松永さんが本当に好きなようにとめどなく自分の内面をそれこそ菊池成孔のように垂れ流したらレベルが違いすぎてきっと彼らは引いていくと思うんですよ。このくらいが「自分がもしかしたらこうなれたかもしれない自分」として憧れられるラインなんだろうなと。そして菊地成孔の過剰さが攻撃性と感じてしまってとっつけない。松永天馬の大衆性という名のぬるま湯でないと自分を重ねられないという臆病さを感じます。この強欲で高慢な受動性が瞳ちゃんに憧れるメンヘルに似てるっていうか「自信のない私だけど誰かにチヤホヤされることで特別な私になれる」っていう、誰かになにかしてもらって特別になるつう発想がとてもとても20世紀メンヘル女子的。

 そんな松永天馬に憧れる「女の子みたいな」男性を打ちのめす言葉を想像してニヤニヤしながら今日もお酒が美味しいです。



恋と革命とアーバンギャルドと私

恋と革命とアーバンギャルド
 満を持してのよこたんのジャンプスーツだ!!本題はそこ!いきなりさっそく即、主題提示部!どや!どや!私がどや態度とることが意味不明だがどや!時代はジャンプスーツ。こういうのをジャンプスーツっていうのかボディスーツっていうのかよく解っていないのにどや、からのドヤ!(ドヤ街じゃないよ)だから言ってんじゃん、よこたんは着倒れるくらいの衣装を着てほしいって!!もっと着てほしい!いろいろなものを!私が想像もできないような服を!!非日常!!アブノーマル!!

 と、まあ大興奮のビジュアルでオタにありがちな「え?ベスト盤って解散フラグ……?」っていう不安とか吹き飛ぶくらいの、どーでもいいくらいの、大満足の大歓喜のベスト盤です!ここまで音聴いてないから。新曲2曲も実は場所的に片方のスピーカーの音が強くてよくわからないでいるんんです、すみません。でもきっといいアルバムです。だってよこたんがジャンプスーツだから!
 と、こんな感じで私の時代来ちゃったなーっていう他力本願万能感全開ですが、6月14日のイベントで初公開された「都会のアリス」のPVがとても良かったこともここに記しておきたいと思います!!ポンキッキーズ世代にとってはこのラインダンス的なものは懐かしさ全開です!あんたさっきあれほどよこたんのジャンプスーツに喜んでたのにまたセーラー服に戻っちゃうことはどうなのよって、あれ不思議なんですけどよこたんは生徒ではないんですよね。同じようにセーラー服を着てるけど生徒として机並べて座っていないんですよね。で、教壇側なんですよ。でも楽器隊や松永さんのように教える側でもないんですよね。このポジションの違いが今までのセーラー服を脱がないで的なそういう話とは違うなって私は思っています。それからバックダンサーの子たちはセーラー服の下にキャミを一枚着ているんだけど、よこたんは着ていなんですよね。そこも感じいることろがあります。このPV大好き。
 そんな感じでよこたんがたくさん着替えるであろうツアーが楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで仕方がありません!!

 と、人の手柄を横取りした横柄な態度をあらためるとして、今回の収録曲ですがまあベスト盤だからこういう感じだよねってもんですが今の(6月中旬)流れとしては「病めるアイドル」より「萌えないで」かなーって思いました。小西康陽6年のトラウマからの脱却曲「アイドルばかり聴かないで」的な言及の仕方は「萌えないで」が先にやってるんじゃないかなーって、(それをいったら菊池成孔が21世紀始まったばかりのときにやってたけど)だから今この瞬間に入れるべきは「萌えないで」ではないのだろうかと思っています。たぶん1カ月したらそんなこともなくなっちゃうので「病めるアイドル」でいいんですけど。
 それから「アリス」で今私が思い浮かべちゃうのがジェイムズ・ティプトリー・Jr.のほうで彼女の人生がまさに「都会のアリス」的だと思っています。ルイスキャロルが愛したアリスよりいいよねって感じているジェイムズ・ティプトリー・Jr.ブーム到来中なので。彼女のエピソードの「野生のゴリラを見た最初の白人女性の一人」ってのがアーバンギャルド的にもなんかそれっぽいし。ジェイムズ・ティプトリー・Jr.のほうのアリス的な歌詞、これからもまだまだ待ってますので!



万能感に包まれたなら

 私はなんて素晴らしい独創的で他とは違う特別な私なんだろう!と思うときが1年に1回くらいあります。たとえば「席替えをしたら隣が大本彩乃になった。」を書いたあととか。飲み会ですごく面白くて気のきいたこと言っちゃったときとか。
 そういう気持ちは寝て起きて洗濯してるころには消えていて、「昨日のそこまで良くはなかったよね?」と思い返したりします。

 そんな私の万能感な季節がやってきたようで、しかも今回は少し長い!そのせいで周りに小さな不快感をぶつけて歩いてるボルボロスみたいな人間になってしまっている!さらには上から目線も付与されている!こ、これはよくない。許されない。今回は複合的な理由なのでひとつひとつ抽出して冷静に処理して万能期を乗り切りたい。

 万能感と上から目線はまた別問題なのでいっしょくたにしてしまうとただの自己愛過剰症候群の人ですよね。なんで、乞食の万能感。これ。
 ある社会学者的な方が女は乞食になれない。的なこと言ったときにその意味の複雑さに私はすごく感動しました。下から目線の万能感、段ボールに包まれた万能感。そういうのを命題にして頑張りたいと思います。