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 ローリー寺西がいいともレギュラーだったとき、その本編、レギュラーコーナーだとかいいとも選手権だとかそういうのでなにしていたかとか全然覚えていないです。元気だった気がするくらいで「どんぐり肛門」とかそんなことあったかなーと思っています。あったかなー?
 でもローリーがいいともレギュラーだったことをしっかり覚えているのは、ローリーがいいとも最後の出演のことを覚えているからです。レギュラー卒業なだけなんだけど、ローリーは「生まれた星へ帰る」と言いだして1曲披露したんです。手巻きオルゴールを持ってそれをバックに小さなバラードを歌ったのです。さっきまで「星に帰るとか、タクって家に帰るんだろ」みたいにみんながやいのやいの言っていたんだけど、なーんかいい曲だったから私もみんな静まり返って聴き入ってしまって、だけどその曲自体は忘れてしまっていて、でも歌い終わってからしばらくオルゴールを回してそして終わるというそのシーンはしっかりと覚えています。

 私はこの感動を覚えていて、人を感動させるっていうのは騙すことなんだと学んだ気がします。



 この前、人から「テキストサイトってなんですか?いくさんのサイトがテキストサイトなんですか?」って聞かれて、いろいろと思うことがあったのでテキストサイトのなんたるかを説明したくなったので説明しようと思いました。

 「99年から2004年まではリンクはってないから『0401.html』とか入力して探したのになんでねぇんだよ!ねぇなら書くな!」って言われたことがあるのですが、アップはしていないものの、私がHTMLでwebページを作った99年10月から私のHTMLは始まるので記念として書いてあるのです。最初は学校の授業でした。もちろんそれは校内のイントラネットだけの公開なので、実際にインターネット上にアップされたサイトは2000年7月くらい?が初めてだと思います。

 さてさて、テキストサイトと言えばコンテンツが「about」「diary(もしくはday)」「novel(もしくはtext)」「link」「bbs」でした。なつい。これだけで懐かしい。このスタイルは永遠だと思っていた時期が私にもありました。この永遠の終わりは意外と速くて2003年ごろには「about」を「mix」と言うようになったと記憶しています。主にイラストや素材サイトが「mix」を使っていたなあ。
 あと、痛いサイトの代表に挙げられるのが「all right reserved since 1999」ですな!私もやったことあります!この痛い系サイトの話はちょいちょいよそでも見かけるので割愛します。そういうのよりもテキストサイトの思い出の話しようぜ!!

 こっからはwaybackmachine必須。

 最初に私が好きだったのはいわゆる「コジャレ系」という界隈のサイト「クリアラバーソウル」「ウガニクのホームページ」「OUTDEX」「hexagon」「オトノチカラ」です。私がインターネットを始めた99年7月ごろはもうコジャレ系は形骸化していて、つわものどもが夢の後をうっとりと夢見ていました。こんなに面白い文章がインターネットには沢山あるだなんて!!こんな人たちの仲間になりたい!と思って始めたサイトが「baritonesax」です。当たり前ですが面白くなくて20くらいしかアクセスがなくて、readmeに登録しても愛蔵田先生からは「普通」としか言われないし、まあつまらないことこの上ないどこにでもあるインターネットの片隅にあるどうでもいいファイル群です。
 でも私は高校生の女の子だったんです。女子校に通う、可愛い制服を着た女の子だったんです。だから男からちやほやされると思ったし、人気者になれると思ったんです。でも違いました。かれこれ10数年インターネットしてますけど、ちやほやされたことなんて一度もありませんでした。どうして私よりも面白そうに言見えないこのサイトのこの子がちやほやされてアクセスも多いんだろうと常に思っていました。自分があのときちやほやされなかった理由は結局私は面白くないからだと思います。つまらない私はこの世(テキストサイト)にいないものと同じ。

 何に一番影響を受けていますか? と聞かれたら私は間違いな「IV」と答えます。私はなによりも誰よりもどれよりもこのサイトに影響を受けていると思う。ある意味「「席替えをしたら隣が大本彩乃になった。」」は「IV」の美穂ちゃん。私にとっての美穂ちゃんシリーズ。
 ちなみに美穂ちゃんとは序破急の整った構成で古典落語のように形式化されて、最初見ただけでオチはわかっているんだけどどうオチがくるのかワクワクして読むっていう、オチが面白いんじゃないんだ、過程なんだ!そんな文章です。あとおにいちゃんとなつみも好きだったな。ののたんは不作だったのかあんまり出てこなかった印象があります。ここで私は形式の面白さと、そして「ロリコンって言ってる人ってファッションみたいなもので実際は普通に女性とセックスできるし、普通に結婚するんだ!」ってことを知りました。

   「IV」と「POPOI」で仙台組って私は勝手に思っていて、私にとって仙台は牛タンよりも「IV」と「POPOI」だった。個人的に名古屋よりも仙台のほうが上だった。だって「IV」と「POPOI」があるから。
 女性管理人のサイトはあんまり見てない気がするけど、記憶にあるのは「POPOI」と「ニガシオ」と「オトウトイモウト」とちょっとだけ「コヨーテ」かな。「コヨーテ」は私が見始めたころにはもうほとんど更新されてなくて眺めてるだけだった。それはも都会と同じようなものだった。
 私の身近にあったのは「POPOI」と「ニガシオ」と「オトウトイモウト」で、非常に好んで見ていたのですがまさか「オトウトイモウト」の方が逮捕されていたなんて知らなかった……。
 女性管理人のほうが下ネタ率が高いってのもどうかと思うんだけど、なんだろう、結局こういう場で女が勝てるのが「女の下ネタ」しかないのかな……。ってなことをぼんやりと思います。当時はそんなこと考えてなかったけど。当時は「都市」と「田舎」だった。都市にいる人が面白くて田舎の私はつまらないだった。実際「POPOI」は仙台で私は(広義で)名古屋だったのでどちらも政令指令都市じゃんって、まあそうなんですけど、これは結局サブカルかどうかで、住まい的にも家庭的にもそういうのに縁遠い私のその私自身こそが田舎だったんだなあと思います。

 それから私が最初から最後までサイトが「アジア系」でした。これまで私が見てきたサイトはどれも最初から大御所、最初からトップアスリートのものだったので遠い存在だったのですが、この「アジア系」は初めてすぐの段階から見ていました。とはいっても私程度が知ったっていってももう十分知れ渡っている状態ですけど。まさか閉鎖(=彼女ができて童貞を捨てる)なんてことが本当におこるだなんて私は思っていませんでした。本当に。つかこれまんま電車男じゃね?電車男よりもアジア系のほうが早かったわー。もうだいぶ先いってたわー。こうして一つの始まりと終わりを体験できたことに他力本願な全能感を感じていたのでした。
 まるで一冊の本みたいな終わり方をして感動した蝦くんもまさか3か月後には別れて、そしてまた新しい彼女ができるだなんてそんなチャライ話があるなんて想像もしませんでした。(ソース:テキストサイト大全)

 私にとってコジャレ系界隈が偉人でそのちょっと下に当たるのが「一流ホームページ」とか「ろじっくぱらだいす」とか「桃色核実験」とか「我思う、故にラーメン」。ちょっと下とはいっても1日アクセス20の弱小も弱小に比べたら十分大手なんですけど、勝手に親近感とかもたれたら向こうが迷惑なんですけど。
 「桃色核実験」は「桃色加護実験」と共によく覚えています。まさか加護があんなことになるとは……。
@  @
( ‘д‘) だったらはらじゅくしゃんと結ばれた方があいぼんは幸せだったんじゃないかな〜(行間いじってるから加護ちゃんがちゃんと表示されないね)
 ネットの事件としてよくランキングされるのが「ろじっくぱらだいす」のweb投げ銭事件。私はなんであのときあんなにろじぱらを金の亡者め!と思ったんだろう……。自分が面白くないことの嫉妬?んー、なんだかよくわからない。どうしてテキストサイトをマネタイズすることに嫌悪感を感じたんだろう。あんなに面白い面白いと大絶賛していたのにどうしてマネタイズしようとする人に対して軽蔑するまなざしを送ったんだろう。面白いならお金を払ってもいいはずなのに。(しかも投げ銭なんで任意なのに)どうしてそんな気持ちになったのか今でもよくわかりません。

 オリコンのランキングに入っている音楽とゲオでレンタルできる音楽がすべてだった私はサブカルとは本当に遠いところにいて、都会のサブカルの人たちが出す単語の意味がさっぱりわかっていなくて、左から右って感じだったんですが、覚えているのが「yes,mama ok?」と言い続けていた「コスモクルーズ」。
 私はそんな名前のバンドはあるわけないと勝手に思っていて、まさかその後エアギター選手権で日本一になってイグザンプラーで謎のキャスター役やってて、最近はザ・プーチンズと対バンして2列目くらいで近くで見ることができるあの金剛地武志がやってた渋谷系バンドが存在するだなんて。
 だからというか、なんというか、もう私にとってyes,mama ok?は「コスモクルーズ」だったりするのです。当時googleなかったんですか?ってありましたよ。でもYouTubeなんてないし、文字だけ見たってそのバンド、ほんとにあるかわからないじゃないですか。だってゲオで借りられないし!

 「マンホールブランコ」というサイトにも私は触れたい。たまにリリカルなこと書くと自分の株が上がる気がするのは「クリラバ」とこの「マンホールブランコ」の影響だと思う。だって賢そうに見えるし、なによりモテそう!気持ち悪いぐらいリリカルなこと書くと逆になんかかっこいい気がする!そう思ってました。ま、実際は気持ち悪いだけですよね。でも名文ばかりなのでリリカルな気分のときにはよく読んでいました。
 実はこの日記(と思われる部分)は本当のことを書いていないと思っていて。全部創作だと思っていたんですよ。ちょっと調べれば実際にある名前があるにも関わらず、なんかリアリティを感じられなかったんですよね……。でもこの最後の部分の質問:「辻希美?」 回答:「辻希美」は自分の日記でもぱくった記憶があるっす。
質問:「人は死んだらどこへ行くと思う?」
回答:「ゼロ列」

 個人的に最後のテキストサイトがミムさんかなあと今、思います。彼のソニン特集や後藤真紀の日記はあのニッキモニ。のみんながいかにモーニング娘。でおもしろいこと書くかって熱くなってたあの時代を感じさせるのです。だってそのアイドル好きなんでしょ?だったら面白いこと思いつくから日記に書くよね!?だって面白いんだもん!

   ナフ周辺は見てない。

 ブログというものが嫌いだった理由として「テンプレートのデザインだと均一化してみえる」でした。当時はHTMLを打つことからその人の表現が始まっているといっても過言ではない。そこにテンプレもちこまれるとちょっと面白い程度じゃ埋没しちゃうんです。じゃあ普通の人は? ってそれもうただのつまらないサイトだから。つまらない人間の普通の話なんてつまらないから。だったらせめてデザインで目をひこうよ。自分出していこうよ。そこでめんどくさがるなよ。
 これを書くにあたってサイト名だけ見ても、これって私読んでたかな?って思い出せないところがあったりしたけれども、waybackmachineでそのサイトのログ見たら思い出すんだよ!あのときの!あの気持ちが!!なにが書いてあったかとか思い出せるんだよ!サイトのデザインってそういう力があるんだよ!なにもフラッシュでいっぱい動いたりしなくていいんだ。複雑にCSS組んだりしなくていいんだ。絵が上手でなくていいんだ。<br>と<b>が使えればそれでいいんだ!!あとはお前の力だよ、お前の力でそのサイトが記憶に残るんだよ!!

 これがテキストサイトです。アイドル戦国時代だっていうのにどうしてみんな面白い日記書かないの?