baritonesax1211

 EVANGELION-VOXが聴きたくなって、「ねぇお母さん私の部屋のエヴァ箱(エヴァのグッズがつめられた段ボール箱)の中に缶に入ったCDがあると思うんだけどそれ送ってもらえる?」と取り寄せて聴きだしたのが3月。ほんとに急に。急に聴きたくなったの。というわけでヱヴァンゲリヲン新劇場版:Qをアイオタらしく最前どセンターで見てきました。(舞台挨拶があるわけでも席がなかったわけでもなくアイドルライブ感覚で前へ前への精神)

 この最前どセンターという非常に映画を見るに不向きなポ主のせいかなとも思ったんですが、いや、これは……この映画って面白い映画じゃないんじゃないかな……なんちて……思ったり……するわけ……ですよ……。別に見ていて飽きる映画ではないと思うんだけど、面白いかって言われると面白いとうなずきかねるこのぼんやり感……。
 私がこういうことを思うと、とにかく検証したくなるのでエヴァンゲリオンを壱話から見直して弐拾伍、弐拾六話、春エヴァ飛ばして、夏エヴァまでぶっつづけで見てみました。そのうえで思うのですが、やっぱり、ヱヴァQ面白くないと思う。そんな理由を書いてみようと思う。

1.結局これってなんの物語なの?
 まぁまだ完結していないのに総括求めるなんてやぼな話ですが。
 ロボットアニメとしてスタートしたテレビエヴァは第二部アクション編を経て精神世界へと話を移す。このあたりで、エヴァやばくね?と思ったかたも多いだろう。私は再放送組だけど。で、壱話からあった父と息子の確執の話に母親がはいってくる。どーやらエヴァの中には母親がいて母親とシンクロしているらしい。なんと気持ち悪い話か!そして、綾波はなんか母親であることを匂わしてくる。え?綾波(母親のクローン)とミサト(疑似の母親で女)とアスカのハーレムってこれってすっごい気持ち悪くね?
 本来ならばアスカとフラグをたてないと、というか綾波とかミサトとかが眼中にいることがまずいんだけど、肝心のアスカも「自分しかここにいないのよ。そんな自分も好きだと感じたことないのよ」なんでその自分しかここにいないところにシンジくんは頑張って介入しないといけないからさぁ大変。母親離れできないで「誰か僕に優しくしてよ」と言い続けても誰かは母親の延長線にしかなくて他者(アスカ)が認められないでいつづけるシンジくんがよーやく母親から離れてアスカとフラグをたてたよ!「気持ち悪い」という母親と息子とときどきオトンみたいなお話だと思っていました。エヴァは。実際ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破でのポカ波の違和感もエヴァが母親離れしてアスカとくっつく話って思ってるからであって。

 で、今回はエヴァの中にはお母さんがいるらしいがその意味が全くいかされておらず、というかあんまり関係なくなってて「エヴァに直接ダイブした事故」っていう扱いであれー?シンジくんもそっちのほうに感情の重点を置いているし、綾波が母親のクローンであることに激怒する、そしてそれを綾波にぶつけるのもあれー?と。ソフト化されて見直したらちゃんとわかるのかな?テレビ版だと綾波が怖くて弐拾参話から会えないでいるっていうののほうがなんていうかしっくりきたんですよねー。だって母親のクローンが少女ですよ。気持ち悪いじゃないですか。それを常にそばに置いておく父さん、得体知れなさ過ぎて気持ち悪いじゃないですか。あ、僕が綾波を救ったという行為が全く完全に根底から無意味という意味での怒りなのかな……。

 そして2029年(なの?違うの?)は超科学発達したっぽいのにエヴァはまだ5分しばりとかなんかおかしい。

2.シンジくんの意思決定の爆速化
 今までシンジくんが評価低いのは「シンジがもっとノリノリでエヴァに乗っててやる気マンマンの男の子だったらいろいろな最悪な場面なかったんじゃねーの?」っていうifがあったからで、でもそこがシンジくんというかそういう話なんでってことなんですけど、最初っから最後まで「自分からなにか積極的に調べて能動的に動いて問題を解決する人間でない」という基本は変わらず私たちは群像劇としてエヴァを見ていたと思います。
 ところが今回はわけもわからず放り出されてシンジくんと同じウラシマ状態でシンジくん目線でQを見るわけですよ。なんにもわからないしトウジの妹は「中にだけは出さんとってください!」だし、なんかサードインパクト止まったかと思ったら起こってるし俺のせいだし、でもホモが槍抜いたらやりなおせるって言うから槍抜きにいったらホモが急に違うかもと悩み始めて……ってここでなぜシンジくんは槍を抜く!?カヲルくんが槍を抜いたらやりなおせるって言ってたのに言った本人が急にうんうん悩みはじめてるんだからそこはいったんやめないか?いや、世界を終わらせてしまった苦しみとかわかりますよ。自分のせいで世界壊したっていう事実から逃げたいのわかりますよ。でも一度大惨事起こしてるのにどうして慎重にならない。むしろ慎重になるべきだろう。押すなよ押すなよって言う芸人かよ。そこで破でのシンジさん級の意思決定の爆速化はなんなんだよ。シンジくんどういうことなのか全然わからないってばよ……!と気づいたら赤い砂の上を3人が歩いていました。そういう映画でした。結末ありきのクライマックスなんじゃ……という気持ちで見るエンドロール、悲しいです。
 たとえばこれが、

シンジくんが「せっかくだからネルフ本部でいろいろと14年の月日について調べるぜ!」という意思決定の爆速化していろいろ調べたところどうやら俺がサードインパクト起こしたらいし→ショック→調査によるとこの地下にある槍を抜いたら戻るらしい→抜こうと思っていた槍がちょっと話と違う→でも元に戻るなら俺はやるぜ!→どっかーん!

 ならまぁ暴走しちゃう気持ちもわかるんですが、人から伝聞で話をすすめていって最後の最後でその伝聞ではなく自分の判断って大変なことをしてしまった人間のやることかなー?そこがガキシンジってことなのかなー?だったら最初にミサトさんが都合のいいことシンジくんに言っておけばシンジくんはそういう方向でいたんじゃないのかなー……。

3.人類補完計画
 テレビ版でも二転三転した人類補完計画ですが最終的には「サードインパクトをおこして人類をLCLに溶かして完全な単体にする」っていうところに落ち着いたのですが、今回は結局なんなんですかね?つーかゼーレは冬月先生に電源を切られて終わったくさいんですけどだったら最初から電源切っちゃえばいいんじゃないんですか?つか人類補完計画とかしなくても電源きればそれでおしまいなんじゃねーの?つーかゼーレが電源切られて終わるってどーなの?この電源切るシーンマヌケじゃね?なんかこの部分は次でも説明されないくさくてもやもやして終わりそう。  まぁ完結していないわけですし、新しい映画でハッピーエンド前提の映画らしいんで人類補完計画も夏エヴァとはまったく違うものかもしれないですが、全部が終わってから序から見直した時に違和感なくつながったお話としてとらえることができるのかな?にちゃんの考察のように時間軸がQ→序→破だったとしてもその通り見て違和感ないようになってるのかな。結局エヴァは風呂敷畳まないとか庵野は言ってたけどけっこうちゃんと畳めていたと思うんだよね。

 と、こういう感じでラストシーンを見て「あぁ夏エヴァの『気持ち悪い』から歩き出す二人(とオマケの綾波)の話をやりたかったのかなー」とぼんやりと考えました。でもそのためにミサトさんが若いの率いてエウレカのホランドみたいなことしなくてもいいし、インパクトのインフレもいらないし、センスないシンジくんとカヲルくんのイメージシーンもいらないし、なにより超科学いらない!2015年にエヴァは無理かもしれないけど有機コンピュータくらいならきそうな感じっていう近未来感がよかったのに……。そもそもですけど劇場版アニメでなくてテレビ版で18時30分からのテレ東でもう一度勝負してほしかった。

 文句ばかり言うのも感じ悪いんで、Qでの良かったポイントもあげておこうと思います。
1.マヤちゃんが相変わらずガチレズ
2.リツコさんがガチレズに転向
3.LCLガス

 ほんと文句ばっかりで申し訳ないけどでもたとえばこの失われた14年間を庵野がテレビアニメで26話でやるとか言い出したら私は一生庵野秀明についていくと思うし、新劇場版が全部完全実写の声優出演のドラマだったらやっぱり庵野秀明に一生ついていくと思う。