baritonesax0909

「紫と青」

 私が一夜にして著名人になってしまい、ステージで着用するという衣装の打ち合わせが行われた。そういえば私は歌手になったのだと思い出すものの過程がさっぱり切り取られてしまっていてとても実感がないまま衣装係と対面している。どうやら衣装は「紫をアクセントにした衣装」だという。衣装係は大変急がしそうで早々に去ってゆき、私は一人取り残された。衣装係がこのように忙しいのに私は自宅でぼんやりと本など読んでいていいのだろうかと疑問に思った。がしかし私の行う仕事、行ってきたステージもさっぱり思い出すことが出来ない。がそのことにまったく不安はない自分がおかしいとも感じない。
 しかし数日後衣装係のよこした、衣装の写真を見るとタイが紫ではなく青だった。角度によっては紫に見えなくもない……と思ったが、これはやはり紺青色であり、青であるのではないか。日向へいったり、日陰にいったりうろうろとする私を母はなんの関心もなさそうに通り過ぎてゆく。たしかに衣装係は私に「紫」といったと思う。この色は紫に入るのだろうか、逡巡して私は衣装係に問い合わせてみることにした。衣装係は忙しく捕まえるのに一苦労した。
「申し訳ありませんが、今度の衣装、紫でしたよね?お写真拝見したところ紫…・・・というよりも青ではないでしょうか?」
 しかし返事がいっこうにやってくる気配がない。私はまんじりとしながらとりたて打つ手もなくステージ当日を迎えてしまった。
 ステージはなんと私一人が立つのではなった。私のほかにももう二人、同じように紫のタイをつけた仲間と歌い、踊るのだ。しかし仲間のタイの色は紫であった。私は何度か自分のタイを触って、おかしくはないだろうかとアピールしてみるものの二人も会場のものもは全く気がつくことがない。尋ねようにも私には初めての舞台裏の空気に飲まれてしまって誰とも口をきくことができない。いや、私は何度もこのステージで踊ってきたはずだ。私はこれを仕事として生きている人間なのだ。しかし私のタイの色が二人と違って青いのはおかしくないだろうか。お客様はにはどう見えるのだろうか。幕が開いた。私のタイの色は照明の光を受けても青いままであった。

 と、いう夢を見た。私は驚いて携帯のメールをみたけれど、そのようなやりとりを行っている履歴はなくて、そもそも昭和のような時代風景のおかしさに少し笑った。確かにこんなライブを行うんでスタイリストの人が衣装をメールで送ると言っていた分、なにかとても予知夢のような不思議な感覚だった。
 しかし朝の支度をして家を出るころにはそんな夢のことなどすっかり忘れて今日のテレビの収録のことを考えるのに必死で、ライブの衣装のこともライブのことも今後のこともすっかり忘れて今日だけのことを考えていた。
 怒涛のようないつもどおりの一日を終えて帰りの車の中で携帯を見るとメールの着信があることに気がついた。スタイリストから次のライブの衣装についてのメールだった。本文には「今回の衣装は青のアクセントカラーにしています」とあり、画像が一緒に添付されていた。その画像がお世辞にも青といいがたく、暗い車内では紫に見えるのだ。普段はあまりつけない車内灯で携帯の画面を照らしても、手で覆って暗いところで見てみてもこの衣装の胸元の部分は青というよりも紫にしか見えなかった。
 今朝見た夢を思い出した。おかしいと思いつつも3人が揃えばなんとかつじつまの合う色になっていたり、単純にカメラの不調で色が上手く表現されていないだけだろうと思うようにした。もちろん3人が色を揃えて衣装を着なければいけないなんていうルールはない。3人がバラバラの色調の衣装を着たことは何度かあたじゃないか。しかし、当日ステージに上がった自分だけがバカみたいに紫の衣装を着て二人から浮いてしまっていてお客さんもなんで一人だけ違う服着てるんだって思っておかしい顔が3000個並ぶんじゃないか。1人だけで目立とうとしてと二人にも冷たい目をされるかもしれない。そんなことない、そんなことない。ごめんなさい、ごめんなさい。あの夢での冷たいステージの空気が甦ってきて呼吸が乱れて消えてしまいそうだ。
 落ち着くんだ。カメラもおかしくなんかなっていなくて、スタイリストの人がうっかり間違えていて今私が言えば直るのかもしれない。ライブは明日だけれども。急いでスタイリストに返信をした。
「メールありがとうございました。私の携帯の調子が悪いのか、衣装、ちょっと紫っぽくないですか?3人で青なんですよね。では失礼します。」と。
 しかし返事は眠れないまま朝を迎えた私の手に握られた携帯にメールが来ることはなった。
 朝起きてきたように朝ごはんを食べ、支度をして、いつものように車に乗り込んだ。スタイリストさんが今まで間違った仕事をしたことはない、大丈夫だ。私たち3人が3人とわかるようなそういうような衣装なんだ。色なんて関係ない。関係ない。潮の香りのする会場に到着する1時間、ずっと車の中で関係ないと繰り返した。
 楽屋には誰もいなかった。あわただしそうなスタッフの気配もない。私はまず自分の衣装を確認した。青いような、紫のような、もう何色の衣装なんだかわからなかった。いいのだこれで。与えられた服を着ていれば大丈夫だ。ドアの外から「出番ですよ」と声をかけられた。私は楽屋をでて長い長い楽屋の廊下を一人歩いた。

 9月20日にZEPPで行われた「YOUNG FLAG 09」でのあ〜ちゃんのMCが内田百閨i一般的な表記ってどれ?)的だなぁと思った。嫌いじゃない。