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 夫がmixを打てるようになりました。最後のほうになると「アー!アー!ジャージャー!」って知恵遅れみたいになって、ジャージャーでつじつまを合わせるのですが、ちゃんと「ダイバー!バイバー!ジャージャー!」って言えるようになりました。出会って8年、結婚して6年。夫を惚れ直しました。やっぱり男はmix打てなきゃだめだなと思います。mix打てない男は童貞ですらねぇ!



 結婚して6年になりました。去年の今頃はPerfumeを追ってました。一昨年はイーマーキュリーがmixiに社名を変更しました。6年前は結婚していました。
 さてさて、私の周りでも結婚する子が増えてきました。結婚するからにはトラブルなく円満に生活してそのまま人生を終えたいですよね。そこで個人的な結婚後の専業主婦生活のコツを書いてみました。

  「 幸せな専業主婦になるためのたった8つの方法」

1.精神科をさがしておく
 専業主婦になるといきなり社会と隔絶されたひきこもりのような錯覚に陥ります。独身の元気なころに精神科を探しておいて、いつでも通えるようにしておきましょう。精神科はハードルが高いわ。と感じられるかたは心療内科やメンタルクリニックなど表記の柔らかいところでもよいですし、コーチングや自己啓発セミナーなどでもよいでしょう。

  2.自分の部屋を作る
 1.と矛盾しますが、自分がこもれる場所を作っておきましょう。社会と隔離され、さらには家に自分個人の空間がないと自己の不在を強く感じで不安定になりがちです。互いを尊重することにおいても、また余計ないざこざを避けることもできます。

  3.ほっこり系生活をする
 「ほっこり系の人って夫に愛されてなくて生活と子供に執着するしかない寂しい既婚女性の末路みたいな感じ」という先入観は間違ってないところもありますが、捨てましょう。主婦にとって衣食住で住の比重が高くなります。それは生活の大半を家の中ですごし、おしゃれな服も多くは必要なく、料理も一ヶ月したら自分が作るものに飽きます。(良い料理教室に通ったりマイナーな国の料理を作ったりすればメリハリがつきますが。)誰に遠慮することなくほっこりしましょう。飽きてくるまでほっこりしましょう。重曹で掃除をし布ナプキンでエコバッグでロハスです。なんだったら梅酒もつくりましょう。いろいろなフルーツ酒を造って、それを料理に使っていきましょう。家のタッパーはホーローにしましょう。テーブルクロスを縫いましょう。ハムも作ってみましょう。糠床を育ててみましょう。パンを一次発酵から作ってみましょう。美術館で美意識を磨いてみましょう。着物を着てみましょう。子供を作ってファーストシューズはエルメスの革の靴にしてみましょう。5年ほどは時間が潰すことができます。

4.とにかく外出をする
 特にこれは結婚することによって地元を離れた方に重要です。新しい土地でなにより心細いのが土地勘のなさの疎外感です。勇気を出して外出していきましょう。その土地その土地の雰囲気を自分の地元と重ね合わせて、会話に生かせるようにしていきましょう。
 ただ無目的に外出すると、自分はなんで一人でこんなところにいるんだろうと鬱のきっかけになりかねませんので気をつけましょう。近くでできる買い物をわざと隣の駅でするというところからスタートするとよいでしょう。

5.友達はいないものと心得る
 俗に言うママ友というものは文字通り「母親同士」の友達のことです。子供がいない場合ではママ友ができるはずがありません。そのことで落ち込むことはやめましょう。社交的な方ならばカルチャースクールなどに通ってスクール友達を増やすのもいいでしょうが、内向的な方は余計落ち込むだけなのでやめておきましょう。どうしても友達が欲しいという方はインターネットの中でどうにかしましょう。オフ会へ行くのも自由ですが、もうあのころのような独身ではないのでちやほやされることはありません。期待しないようにしましょう。

  6.既婚女性脳に気をつける
 「雅子さまはさぼり病」「EXILEの新しいボーカルって勃起しながら歌ってる」「姑といったらイビリ!私、いびられてる!日記につけて離婚のときには有利になるようにしておこう。ICレコーダーも買わなくちゃ!」「なにこの番組、本当に不愉快!スポンサーに電凸しなくっちゃ!」という2ちゃんねるの既婚女性板やみのもんたの番組のようなものの受け売りをさも常識のように夫に話すのはやめましょう。それは常識ではありません。逆に夫を不愉快にさせる場合が多々あります。妄想やうわごとと並列に考えて娯楽としてほどほどに楽しみましょう。

7.夫婦でヲタ活動をしてみる
 夫婦で共同作業を行うことは、結束を高めます。またヲタという非日常的な活動を行うことによって日常とのメリハリが生まれます。  しかしながらこれが新しいケンカの火種になることがありますので気をつけましょう。(ex.新コールVS旧コール、ブログVS手書きHTML、DDVSのっち推し、アイテム保存厨VSアイテム使用厨)また活動に熱心になりすぎると結婚記念日を忘れます。

8.結婚していなかったらという仮定は成立しないと知る
 結婚していなかったら私はもっと働けていた、などという仮定をいうような人間は結婚していなくても働けていません。結婚していなければモテていたという人間はモテません。その延長で「夫がいながら気になる男性が……」というのもそれはあなたの妄想でしかありません。その男性と夫は大して違いがありません。夫と円滑な結婚生活を構築できない人間が別の男ならできるということはありえません。結婚によってあなた自身はなにも変わっていません。今のあなたの閉塞感は結婚から生まれたものではなく、結婚後の生活から生まれたもので、その原因は他でもないあなた自身の努力のなさです。



 あのころはよかった。で生きている私ですが、私のいる今もいつかよかったあのころになるわけでして。早くあのころの私にならないかなって思うのですが、いつまでたっても私は今の私のままで、あのころの私にはならないんですよ。

 あのころの私はあさーい、ばかーな、きもちわるーい女の子で。まだ独身で授業中寝てばっかりいた。見る夢は「早くエヴァンゲリオンできないかなー」。黄砂で空は黄色、飛行機の発着が頻繁でうるさく、工場で異国の人間がカップラーメンに麺とスープをつめてゆく。アニソンしかしらないので鼻歌で歌ってみる。川に女性の死体が浮かんでいて、それが私によく似ていたりする。私に似ているということは私に似ている子にも似ているはずだ。ということは光浦靖子にも似ているはずだ。光浦靖子の死体のようなものと盗まれた私の?ものの自転車。毎日自転車をこいで、冬は車で送ってもらって、夏も車で送ってもらって、家に寝に帰るような生活。学校でも寝て家でも寝る。どこでも寝ていて私はいつも夢の中。エヴァのない夢で私はパソコンに手を伸ばしてスイッチを入れる。その、その瞬間に私はなりたい。「過去ログとれよ!」



 実はずっと思っていたんだけど、ドイツ表現主義は人間の機械化という意味を持たないはず。
 「ドイツ表現主義とは」でググればもっと詳しく書いてあるだろうけど第1次世界大戦(やその他いろいろ)に最終的に帝政崩壊してしまって、今まであった価値観が意味を成さなくなってそのことに順応した若者が起こした「父親殺し」に近い感情、それがドイツ表現主義なんだと思っていた。バウハウスとか。東大紛争の文化的功績ってあるのかわからないけど、ニュアンス的にはそんな感じだったんだなーって解釈してた。「メトロポリス」の復刻版DVDのボーナストラックにあのころのドイツの解説があって、そういうことを言っていたと思う。
 産業革命なんてイギリスがとっくに起こってるんだから最初のSF映画がイギリス発でもよくないってことだしね。産業革命程度の価値観の変化は、侍魂のフォントいじりむかつく程度(でも私にとってはものすごく重要なことなんです!でも今こんなこと言う人私くらいしかいないでしょ。)のことでしかなくて、あのときのドイツの絶望感ってはんぱなかったと思うよ。というドイツ表現主義。


 あと、「メトロポリス」における新約聖書や創世記の引用は、私は「2001年宇宙の旅」で初めてSF映画においてクラシックが使われた的なニュアンスで「近未来だけど聖書」みたいなニュアンスなんだと思ってた。テクノポップだけど打ち水みたいな。
追記:メトロポリスはドイツ表現主義じゃなくて神即物主義のようなので機械化という解釈はありらしい。

 みんなPerfumeをロボットとかマネキンとか言うけど、オートチューンのかかりぐあいで言うなら私はレミオロメンのほうがすっごくきついと思うし、ダンスでいうなら、思いつかないけどGacktのやつとか?そういうのに比べるとPerfumeってコンテンポラリーダンスっぽい、プロデュースされてるアイドルという表現なんだけどな。私の個人的な意見なんだけど、みんなのロボットっぽさがだんだん人間に近づいてきてるってことなのかなと。ロボットっていうとターミネーター的な、プシュープシューから攻殻機動隊くらいなスムーズでAIも発達してきてご飯も食べる感じになってきたと。そういうことでPerfume=ロボットと。SF大好きの私にとってそういうのは大歓迎ですが、いつのまにこうなったんでしょうね?現実の科学の進歩が人の意識を変えてきてるんでしょうか。

 まぁ科学技術の進歩はともかくとして、そうやってロボット的に表現されたのが「女の子アイドル」だってことに注目して長文書けば卒論として成立しそうな気がします。田嶋陽子先生だったら今から書いても受理してくれそうだよね。



 はじめてテキストファイルに<html>と打ってから10年が経ちました。いろんなことがありましたし、嫌なこともありましたが概ね後悔はしていません。10年といったら、産まれたての子供が10歳になるほどの時間ですよ。
 最後に</html>って打つのはいつだろうって考えたら、死ぬときっていうよりも私がブログになったときっぽい感じがしてちょっと憂鬱になりました。


 
「順列都市」における塵理論とは。

 グレッグ・イーガン著の「順列都市」には塵理論という概念が登場する。詳細は「塵理論とは」でググった先にわかり易く書いてるのでググって見て欲しい。ヤフってみても大丈夫。
 この「塵理論」ってあれですよね。どこにも書いてなかったので私が書きますが、「塵理論」って榎本俊二の「ムーたち」に登場する規理野視組(きりのしくみ)くんがやってることそのものですよね。私の塵理論の解釈が間違っているからなのか誰もこのことに触れないのですが、どうしても誰かに聞いてもらいたくてこれを書いております。
 例えば「ムーたち」20話(ムーたちでの話数の数え方はmoo.なので、moo.20)で、規理野くんの家ですぐホコリがたまるところの場所を記した地図と都内にあるゴミ屋敷と呼ばれるものが存在する場所の地図が似ているところから、この地図を宇宙図にあわせれば宇宙に生命(=ゴミが生まれる)のある場所がわかる。というのなんかまさに「ホコリ」を観測することによって宇宙に生命を規理野くんが誕生させたってことですよね。規理野くんが存在し、観測し続ける限りこの生命は存在するというわけだ。
 「ムーたち」では規理野くんは、観測して見つけた理論をこのまま未来を予測する方向に向かい、そしてついに最終話でにて世界の仕組みが解明する方法を手にし、なだれに飲み込まれた息子の場所を見つけます。「順列都市」はその理論を自分達に利用して不死を手に入れるわけです。(っていう話だよね?)だから規理野くんも考え方によっては自分が永遠の存在になっていたのかもと思うと、「ムーたち」って目のつけどころすぎだなって、ただそれだけです。



「ねぇお兄ちゃん」

 私には兄がいます。かっこよくて、成績も良くて小学校の児童会長もやっちゃうようなすごい兄です。私は兄が自慢でした。バレンタインには学校でチョコを貰ってくるし、家にも持ってくる女の子がいました。私に渡して「お兄ちゃんに渡しておいて」という人もいました。そのチョコを渡さずに私が食べていたのは内緒です。
 兄はよく私に「2000年には地球が終わってしまうんだよ」と言います。その後もいろいろ何か難しいことを言っていたのですが私にはよくわかりませんでした。私が、「どうしたら終わらずにすむの?」と聞いたら兄は笑って、「無理だよ。絶対に終わるんだ。」と言いました。学校の宿題も今日の新聞のことも聞いたら全部教えてくれる兄はどんなにお願いしても地球が終わらない方法を教えてくれませんでした。兄はすっごく頭がいいので、本当は勉強なんかしなくってもいいのに、兄は地球が終わるのを止めるために一生懸命勉強してるんだなって思いました。
 兄は私の一番であったし、家族にとっても一番でした。兄は兄だったんだけど、私はいつまでたっても妹の姉になれなくて母から「お兄ちゃんのようにお姉さんらしくしなさい」と怒られていました。兄に聞けば何でもわかるし、兄の真似をすれば間違いがないのです

 私は中2の春に家庭教師の大学生とセックスをして処女を捨てた。その頃兄は高校を休みがちになって自分の部屋でずっと本を読んでいるようになった。ときどき泣いているような叫んでるような中間みたいな声が聞こえてきて、先生がいるときには一緒にクスクス笑って「うちの兄って頭がこれなの」って指をくるくる回す。マックのシェイクを混ぜるくらいの速度で回す。先生は「大変だね」って同情するみたいな顔で言うけど別に本当はそう思ってなくて、私のこともそう好きでないと思ってる。こいつ、童貞だったくせに生意気なんだよ。兄も先生もたいした違いなんてないくせに。ただ先生が少しバカでいろいろある小さな悪意に気付かずにここまでのこのこやってきただけに過ぎないのに。もし気付いてしまったら生きていけないくせに。お前らはみんな悪意に弱くてすぐ終わるくせに。

 授業が終わった後、母にばれないように内緒でこっそり階段で先生とキスをする。で週1回くらい先生の家へ遊びに行ってセックスする。それが私のたいしたことのない初恋。
 その日は先生が徹夜明けだっていうから15時に家に行く予定で準備をしていた。珍しく兄が外出していた兄と廊下ですれ違った。兄は少しひげが伸びていて、両手に世界文学全集みたいな同じ装丁の本を抱えていた。明治・大正の大学生みたいな、小汚い兄だった。キラキラした服を着てる私が裸の王様みたいでバカみたいだった。
 階段を下りようとした私を兄が二の腕を掴んで引き止めた。兄の指の爪は黒いものが詰まっててすごく汚くて、気持ち悪かった。
「そんな格好でどこ行くんだよ。」
「家庭教師の、先生の家。」
 兄が力を入れて私の二の腕をつかむから、正直に話してしまった。脅迫されているようだけど、兄に言っても誰かにバレるってことはないから大丈夫かなって思い直した。
「そんなことして、どうなるのかわかってるのか!もうこの世界は、この世界はおしまいなんだ!」
「ちょっと!」
 興奮し出した兄が分厚い辞書みたいな本を投げた。きれいな放物線を描かず1階まで落ちていった。
 父にとってもう一番ではない兄は、押し倒され、引きずられ、部屋へ閉じ込められた。兄の声が聞こえる。何を言っているのかわからない。小学生のときのように。

 先生とは3年生になって私が塾へ通い始めたので疎遠になった。兄が自分の部屋から出なくなった。

 兄が「地球が終わる」といった2000年、地球は終わらなかったが兄がいなくなった。
 完全な引きこもりになった兄は1日中家の外にでることはなく、母から与えられる食事を米粒一つ残さず食べるだけの生活になった。以前、いつくらい前か忘れてしまったけれどまだ家の中なら兄の姿を見ることがあったけど、今はトイレにいっているのかもわからない。兄の気配はドアの前にある空のお茶碗だけだった。
 その日は妹の家庭教師の日でもあったから私図書館閉館まで時間を潰してガストでご飯を食べて家に帰った。家庭教師の日には相変わらず家に帰ってこない父がすでに帰ってきていて私が遅いと怒っていた。ソワソワしてる母が私に話した。
 いつもどおり朝ごはんをドアの前において、(それは私も見ていた)家の掃除や洗濯をして、その日は買い物に行かなかったらしくドラマなどを見て過ごして、夜ごはんを作る前に空になっている兄の食器をさげてこようと思ったら、朝と同じままだった。引きこもって4年、こんなことはなかったのでドアを開けてみると部屋の中には誰もいなかった。トイレにもいない。引きこもってから外出するなど一度もなかったけど、どこかへでかけたのかなと思った。が妹が学校から帰ってきても、夜ごはんの時間になったけれども帰ってこず、家庭教師の先生が来ても、そして帰っても兄は未だに家に帰ってきていない。
んだそうだ。
 母が捜索願いを出したほうがいいんじゃないかと言い出したが、父は憤慨して「あんな怠け者の息子など、息子ではない!探す必要もない!家を出ていってこっちがせいせいするわ!」と言ってソファにふんぞり返って相手にしなかった。前時代的な家長的概念を持ち出して急に尊厳を演じ出した父があまりにもありきたりで愚かにしか見えない。
 母は「でも、私今日ずっといましたけど、家を出て行った様子もなかったのよ、本当になにもなくてずっと静かだったのよ。出て行ってないのよ。」と不思議そうだった。私は兄が言った「地球の終わり」の後の世界をどうすごしているのか、もし見つかって私の前に出てきたときにどんな顔をするか見てみたくて、捜索願いを出すことをすすめた。父は勝手にしろ!と怒鳴りお風呂に入ってしまった。勝手にする母も今日は夜が遅いからというよくわからない気遣いをしてその日は終わり、次の日、迷惑にならない時間に母が捜索願を出した。

 兄の部屋に入ると本段に入りきらない本でかまくらができていた。一部はビニールコーティングしてあって、市立図書館や兄の通っていた図書館の本だった。カントやソクラテスみたいな哲学から、カルト扱いされてる宗教の分厚い経典みたいなのや、毛沢東語録とかそれっぽいのに科学の英語論文みたいなものとか株式のビジネス本に関節球体の写真集とかまとまりがありそうでなさそうな兄のセレクト。中ニ病みたいな高ニ病みたいな大二病みたいな、永遠の二年生のような病気の、セックスもできない兄が。
 かわいそうなお兄ちゃん。誰よりも2000年が恐かったのはお兄ちゃんなんだね。難しい言葉を並べてわめくだけで、その難しさもただの本の引用なだけ。もう難しいことも私に言うことができないお兄ちゃん。
 この本を全部読んだら兄の言ってることがわかるかもしれない。でも兄の言葉は賢いつもりでいる人間の妄想だっていうことを私はわかってしまった。小学生のときから兄はずっと賢さに囚われていたんだ。
 兄の日記みたいなものを探したけれどどこにもなかった。兄はいなくなった。

 兄は私が兄がいなくなった22歳になった今でも見つかっていない。近所の人が、どっかの道でホームレスだったとか新興宗教のビラ撒いてたとか無責任なことを喋くりちらかす。両親は両親にとって一番の妹の受験が近づいているので兄がどうしていようがどうでもいいようだ。
大学生活を満喫した私は来年度から一人暮らしを初めて働きだす。そして普通くらいの人と結婚して普通くらいの子供を産み、両親を喜ばすだろう。そのころには兄は法的に死んだ人間となり、兄の世界は終わるのだ。