baritonesax0601

 フェミ過激派は皇室典範改正について「女系天皇なんていう2000年続いた男系男子達の人格を否定すること、皇太子様がおかわいそう!雅子様は皇太子様が全力で守っているけれど、皇太子様はお一人だわ。私達女性がかわいそうだと思ってあげないと!」って言うとすごくフェミ過激派って感じがして面白いんだけどだめ?


 嗚呼、「ああ」を変換させてしまうほどにドツボにはまってしまっている。よく2chで「そんなにむかつくんならこのスレにくるなよ」ってやつ、そういう論法でそんなに怒るんならそのサイト見なきゃいいじゃんにどっぷりはまってしまっている。もっと言うと「そんなに怒るんならそのサイト見なきゃいいじゃんにどっぷりはまってしまっている」私にも怒りが沸く。まさにループ。でもここで書き込んだりしたら負けなんだと自分に言い聞かせます。
 気を紛らわせるためにこの前今井くんに会った(二度目)ことを書こうと思います。

 今井くんは大学生になったらなにやら周りからいろいろと言われそうだねぇという話になって、私は「初めはそういうイラク人質事件のやつって感じの悪口だと思うんだけど、そのうち早稲田のりさたんみたいな、ライターとかやってる今井くんに対しての嫉妬が渦巻くと思うよ」と言いました。俺だってイラクで人質になったらライターくらいなれるよみたいな。あと、今井くんの年齢とはかけ離れた社交性と客観性に対しても嫉妬されるだろうなあと。私は「今井くんには20歳の自分に対しての苛立ちとか悩みとかってあるの?」と聞いてしまったのですが、そして答えはありますよーだったんですけど、本当にそうか?もうこの時点で嫉妬している人間が一名いますよね。私の20歳ってどうだったんだろうってミッチー(by ペンフレンド)みたいなこと思ったけどそれって2年前だし。たぶん10年ほどしたら20歳は結婚した年だなぁとしか思い出せなくなるんだろうな。忘れないように残しておいてほうがいいかもしれないかもしれない。(医療費控除のため集めたレシートを見るのですが思い出せないレシートがあり、せっかく日記してるんだから自分書いとけよって思っているので)

 私は中学生まで優等生で、ほらこういう感じだから「なにかになる」って思っている人が数人いて、そういう人たちの私が大学も卒業しないで結婚したこと に落胆をする様を見て馬鹿だなと思っていた。パトロンではなくて母至上主義の儒教に近い考え方ってなんの宗教なんだろう。私には手に職も知識も美貌もないので、このポジションはニートとなにも変わりないんだなって思って焦りもなく、結婚にいいなあという人の裏側の「離婚になって自立できずに家の中でぐずぐず腐っていけばいいのに」っていうのに苦笑いしていた。アキマサくんの財布からご飯代を出す私をみて、妹はああなりたくないと思ったらしい。あー、晴れ渡った先に混沌が見えるよ。もしかしたらその混沌に落ちることはないかもしれないけれども混沌はあるんだよってことを忘れがちな人よりかは一歩リードかなってそう思った。ただその明瞭な視界は30歳くらいに手に入れてもなんら問題はなく、年相応な楽しさを放棄するって虚しさ以外なにもないね。たしか椎名林檎はそれを無罪モラトリアムと言っていたなぁ。そのことを惜しむ人って私しかいないように、私の今の状態は私が一番妥当だと思っているようだ。

 みたいなかんじかな。万能感って3歳くらいででアミニズムと一緒に卒業するもんだと思っていた。万能感……自分はできる……すごい……。わー、最初のループの原因を思い出してしまった!

 あー、私は高校でインターネット以外なにもしていなかったので勉強の仕方を忘れてしまったのですが、大学になって半期だけしか通っていないのですがわずかながら勉強の仕方を思い出してで結局勉強していません。勉強は友人を作るためにするものですので、こうして私は徐々に友人が減っていくのだろうと自覚しての自堕落です。が、この勉強ってよい勉強という意味であって無意味な勉強と称して言われているものは範疇外なんだよ、ばーか。それでも私と違って偉いって言うなら私は貧民でかまわないね。





 エヴァのように毎週楽しみに見ていた「宮廷女官チャングムの誓い」の主題歌「オナラ」は韓国人でも歌われている言葉が何語なのかすら判らないと言われるほどの三国時代の文献などを参考に、古語をベースにして創作された言葉だそうです。これは日本でいう椎名林檎のなんちゃって古語的なニュアンスでいいのかしら?と思った椎名林檎の東京事変の新しいアルバム「大人」はサイトで小説やらポエムを書くカジュアル文学ロリメンヘラ中心に好評発売中です。カジュアル文学ロリメンヘラのサイトの小説は島本理生を嫉妬尊敬の打倒綿矢りさで、本人はもちろん誰も頼んでいないのに勝手に島本理生の仇を討とうとしているのが面白いです。あー、椎名林檎のような女の子達は椎名林檎のような大人にはなれなかったなぁ。(より痛くなっているか痛みが和らいでいるかどちらか)

 私は馬鹿なので本を何度も読み直します。図書館での貸し出し履歴が残っていたら「こいつなんで定期的に同じ本借りてるんだ?バカか?」と言われると思います。lainって統失と略されて呼ばれるものの女の子の話だよね。今気付いた!みたいな。効率は悪いけどしょうがないかなって最近思っています。でこういう私なので陰謀論が大好きです。陰謀論とはなんでも結論が「っていう陰謀だ!」になるんです。例えば今回のライブドアショックはヒューザーの証人喚問を隠蔽するための陰謀だ!みたいなね。でも陰謀論好きな私はそれだけではまだまだぬるいですぞ。私の手にかかると、

 ライブドアショックは政府が裏で進めていたある計画を完全に隠蔽するための当て馬的な事件で、本当は政府は秘密裏に特務機関を日本に設置し自衛隊は戦略自衛隊と名前を変えて完全武装させ世界に対して日本の国力をアピールするのだ!

 だからね!(とてもわかりやすく新世紀ホリエゲリオンの影響;私は田舎生まれ田舎育ちなまってる奴らは大体友達なのでこの元ネタである劇場版CMは春も夏も見たことがありません)まぁとにかくこんなのありえねぇよってくらいまで話を広げて一人でほくそ笑むのが大好きです。話を一度で理解できないくせに適当に聞いているから自分で補足して勝手に面白い話に仕立てていたっていう幼い頃からの癖だと思います。

 でも大前提として信じているわけねぇよ。もちろんこういう話は皆で面白いことを共有するために存在するものだと思っていました。いや陰謀だから根拠とか証拠が出た時点で陰謀でない気がするんだけど、それをさも当然の摂理のように話してしまうのは恥ずかしくないのかなあ?その陰謀を陰謀と言い囃してなおかつその陰謀を陰謀として受け止めるってなんか陰謀って言葉に当てられている漢字に無理が出てきてる感じがします。

 こういう私だから2chのアンチ皇室スレがやめられないんだよね。最近のヒットは「歌会始の皇太子殿下は眼球運動が激しくなかった?」「あれはアル中の症状の○○(発見した外人の名前が付けられているような眼球障害の病名)じゃないか?もしそうならそうとうヤバい状態」これってあんた!確かに歌会始のときに見渡すとは違う眼球の動きである感じはしたけれどもそこにアル中を持ってくるとは!しかもそういう固有名詞出すと無意味な信憑性が上がってよけいに面白くなってきちゃうじゃない……。と、そのときはおもしろおかしくてしょうがなかったけれども失踪日記読み直して、そもそもアル中事態が生易しいものではないので信じようとすると恐ろしいことになるという陰謀論(陰謀とはちょっと違うな)でした。

 こういう私を2chでは「釣られた」って呼ぶのでしょうか?まあ釣られているんでしょうね。ただ私を釣るのに自作自演はまったく意味がなさないということを覚えておいてほしい。ひとつのカキコに自演で賛同したり批判したりそういう他人の意見を参考にするまでもなくそのカキコが私は読めているので、外がどう盛り上がっても私も一緒に盛り上がることはないし、冷まされようが私が盛り上がっているなら上がっていると思うのです。先の皇太子の例は二つにわけてありますがこれが一人の意見だろうが二人だろうが面白さには関係がないのです。でもまあ私が2chでの自作自演を認めているフシがあるのはそれは2chという便所の落書きだからです。例えばこれがはてなブクマの水増しとかアクセスアップのための自演だったりすると、こいつなに2chの延長のブログ(サイト)なんだよ。人生が2chから脱出できてないのかよ。と馬鹿にできますよね。ただ、この「ほりえもんというブロガーの最期」という文章が身につまされるのも事実です。

がんばって書いたエントリーがカトゆー家で取り上げられアクセスが伸び、その感覚が忘れられずまた気合の入れたエントリーをアップ今度はTBNや朝目新聞にも取り上げられる。そうなると、すっかり有名ブロガー気取りでもうその感覚が忘れられなくなるわけだ。

 なにこれ?でてくる固有名詞が違うだけで私のこと言っているみたい。私はアクセス厨ではないけどインターネット権力厨だったので「すっかり有名サイト周辺気取りでもうその感覚が忘れられなくなるわけだ」になりますが。そのためにはやはりアクセスは必要で、それこそもう少し私が間違った自意識ならヘタウマなイラストと半裸の写真を掲載したりしていたかもしれない。でもこういうネタ的な所業は、人のもの盗んでおいて返してほしけりゃこっちきなと同じ幼児性なんだけど、自作自演っていうのはなんていうか憐れだよね。しかも自作自演が憐れって発言してるってことはその自作自演がばれているってことだよ。

 さっき2chのカキコに対しての賛同や批判の自作自演と違って、本やCDや演劇とか少なくとも手元にないと知らないものに対してはその自作自演だろうが多少なりとも参考にせざるをえないですよね。だってそれ(本とかCDとか演劇とか見忘れたドラマとか)知らないんだもん。それで興味を持ってくれれば自作自演は成功なんだろうけど、自作自演ってぇのはばれたら失敗なんだよ。それからこの自作自演者周辺の発言は常に自作自演かもしれないと思われて中心にあったものの良さすらも失せていくと思うんだよね。そもそもまず憐れだし、2chをテレビ的に間違って解釈してる感じ。まあとにかく憐れで憐れでしょうがないこんな話が21世紀にあるってことがおかしいってことを私は伝えたかったの。





 新年鍋会をしたよ!そこでさかもとさんの口から出た、目から魚本体が出てくるような素晴らしい名言。

「広末のアヒル口っていうのはアルカイックスマイルなんだよ。弥勒菩薩なんだよ!」

 はぁぁぁぁっぁ!そうか、それだ、そういうことだ!誰か今から銅でも木でもなんでもいいから広末(96年くらい)の顔彫っとけ!つーか彫れ!
 弥勒菩薩は56億7000万年かけた究極の放置プレイだとも言っていたけれども、一応地蔵菩薩という代わりがいるので放置プレイと言い切るのは危険ではないかと?地蔵菩薩はおそらくはメイドカフェのメイドみたいな存在で、我々は今56億7000万年という永い永い萌えの時にいるのだと思います。

 新年鍋会会場ではメガネ男子率100%の女子校・吹奏楽部出身100%という偏りすぎなメンバーでした。鍋を食べ、ワインを空け、美咲萌を見て、大家族を見て終電が近づきメガネ男子の80%は帰途につき女子校・吹奏楽部出身とメガネ男子100%っていうか一人で夜通し「ハッっていうこのスタンス」的な盛り上がりを見せておりました。三人が三人、ジャンルの違う日陰組ですが日向から見たらどの日陰も一緒!話も合うのでその通りです!私も吹奏楽部の先輩でカップリングとか作っておけばよかったなぁ。グループわけで見ているんじゃなくて。

 そこで指摘されてしまったのだけれど、私の言う綾波レイ的な虚無って妹のこと?確かに自分もなく流されているだけの存在で……うわぁ!ほんとだ。こんなに近くに理想があったなんて知らなかった。いろいろとショックです。「同族嫌悪なんじゃないの?」いやいや妹が中学生のころはモーニング娘。(黄金期でした)が大好きで浜崎あゆみが大好きで月9なんて見ているのに録画して何度を見ているくらい好きで、大好きな「天使なんかじゃない」の愛蔵版を買って繰り返し読んでいましたよ。Mステにお気に入りのアーティストが出ると録画したりして、固有名詞は違えどやってることは私とさほど変わらない子でしたよ。彼氏ができたとか言いはじめたところから「○○が好き」と明言しなくなって、いろいろとCDを買っているもののFMラジオを聴いているものの歌を口ずさむもののNANAを読むものの映画を見たーいと言うものの好きなの?と聞くと「別にー」「友達(彼氏)が好きー」のどちらかになっている。彼氏は碇シンジなのか?彼氏に彼氏の父親を見ているのか?私が自意識でなることができなかった綾波に妹が簡単に手が届いているという事実は……、とりあえずCocco聴かせて廃墟とかつれてって写真撮ればいいのか?





 言っておくけど、私はほっこり系ではなくて家庭左翼派だから。

 で、始まる文章を書くぞということを忘れないためにメモしておいたら、サーバー移転の際にアップされてしまった。なんじゃそりゃ!

 言っておくけど、私はほっこり系ではなくて家庭左翼派だから。
 家庭左翼派っていっても「買ってはいけない」じゃないのよ。生活を製作していない人間の「パルスィートは買ってはいけない」って本当説得力がない。介護したことないのに介護を引き受けて妻に丸投げと同じ論法でなにもわかっちゃいない。2chの家庭板でなぜかほんだしユーザーは人非人扱いを受けるのですが、なんかこっちのほうが「ほんだしは買ってはいけない」って気にさせる。その家庭板でほんだしユーザーを人非人扱いするような感じが「家庭左翼派」です。花森安治の暮らしの手帖とか辰巳芳子とか、喫煙の害について今さら10ページくらい書いちゃうとか「はぁ?豆をもどすのが面倒だって、その発言『かけ算は必要ない』って言ってるような馬鹿に等しいよ」みたいな主婦になりたいです。
 もちろん左翼ですから、オーブントースターの実験で何万枚とパンを焼くなんていう、いろいろなものに配慮していない独善的なところも併せ持っているのですよ。その独善的な部分に蓋をしてしまうのが極庭左(極家庭左翼の略)ですが、さすがにそれはおかしいと思う程度には正常です。で、極庭左だろうが「にんじんを一袋三本とかいう前時代的な売り方するな、ゴラァ!」っていうのを声高にしないのが家庭左翼派なのです。なぜかって?だって家事に忙しいんだもの。もちろん専業主婦(差別用語)の言い訳として「家事って大変なのよ」ではなくて、本当に素晴らしい効率と手間の家事で忙しいのね。
 美智子皇后は家庭左翼って言うのはちょっと早計です。だってあの一家は金に糸目をつけないで理想生活を維持しなければいけないでしょ?そういうのは反則ですよ。
 で家庭左翼が年をとるとどうなるかというと、絶滅寸前に近い「お姑さん」と呼びたくなるような老婦人になるんですよ。そこらへんの使えないおばあちゃんの知恵袋でもダブスタ・ヒステリー上等のトメでもないものですよ!物腰はやわらかいがその家庭左翼としての牙は衰えていないどころか経験をつんでさらに激しさを増すことで常に挑戦的なその姿勢がたまらないよね。

 昔の「本当によく躾けられた良家の子女」っていうのはこういう感じかな?そして本当によく躾けられた良家の子女を曲解した良家や成金の現在の形がほっこり系ですらあると思う。ほっこり系たちは何をしても何を言っても結局は「自分」でしかないんだけれども、家庭左翼たちは自分以前に家庭を考える。でもそれは無意味な家思想ではなくて、自我に執心するほど自我がない存在ではないということ。もしくは家庭にとりこまれて消えてしまう自我ではないということ。自分を着飾るために化粧や服をこだわることと、家庭の質をあげることは目的が違うということを理解しているし、たとえブサイクだからといって家庭の質が自分の素晴らしさとイコールになるなんて思ってもみないというか。
 男が女をアクセサリー化するように、ほっこりはダンナを子供を親を友人を環境を自分すらもアクセサリー化して、そのままどこへいくんでしょうか?

 みなさんも家庭左翼いかがですか?左翼っていっても政治的思想は自由ですので家庭左翼派超保守なんて分裂症みたいなのもありですよ!





 昨年の28日から今年の1日まで帰省していて、次の日はよく寝てその次の日は箱根駅伝を見に行って、大家族番組を見て……などなどしていたのですが、実は早いうちに言っておきたいことがあったのです。

 WEB2.0が幻想で国民皆サイト持ち=SNSが気持ち悪いっていう話で私は、他人の印象の多様性だけの話で自己の話を「あえて」していないかのように抹殺しているよね。まるでインターネットでは裸の女王様みたいな、そりゃKAT-TUNは好きだけどそういう学校の話をインターネットに持ってこないでよ!っていう人みたいじゃん。そういう人っぽく読み取られてたらどうしよう。いやだ恥ずかしい!(今、lainを見ているのでインターネット/リアルっていうのよりワイヤード/リアルワールドのほうがしっくりくる)
 もうハンドルネームって言葉が死語のような気がするんだけど、個人情報保護法以前の子供の個人情報の危機意識は名前から住所がバレるかも程度だからなんとなくハンドルつけたほうがいいかもしれないって思ってハンドルネームをつけるんだけど、そこで一つの自我が生まれる人と生まれない人がいると思う。私は生まれなかった人だったと思うのだけれど、その理由としては「その仲間に入りたい」っていうすりよりの意識だからかもしれない。あのころ(99年)はテキストサイトの管理人が主にライトノベルで本出してた時期で、私はそれを見て本当にその印税生活羨ましくてどうにかして印税生活したいと思ってオンラインで小説を書いたりしたこともありました。たぶん私はリストラや倒産に遭遇するであろうときに印税(私の印税とは年金のように一定のお金が入ってくるのだ!)があると安心だなぁ程度の印税で、有名になりたいとか崇め奉られたいとかそういうのがない人間だったのです。仲間に擦り寄ったり、印税生活するためのある程度の知名度以上のものを欲しない、そこがハンドルから新しい自我の生まれない人間です。
 いや知名度を求めることとかが問題じゃない。二次元の芸術的なところ(文学・写真・アート・批評)で知名度を求めようとするその頑張る場所がポイントだー!なんでか二次元芸術って偉いとか崇高とか理解させてやってる賢い私とかなんか「すごい」イメージがあるんだよね。現代の現実は違うのに、イメージだけは戦前なんだよね。その戦前のイメージの具体例が大抵は二次元のもので、そこから自我作っていって現実との差異が広がっていくんだけど現実を「愚か」の一言で隠しちゃってインターネット単体・現実単体ではいいものの、現実とネットの融合されていくWEB2.0で問題が出てくるっていうやつ。はじめに言葉ありきとは上手いこといったもんだ。ハンドルさえなければこういうこともなかった「かも」しれない。でも自我を絶対無二の崇高なものにするために自我を作るって矛盾っていうか意味ないことだよね。
 私は結婚してしまって今のところは就職しないでいます。それでもやっぱり印税生活(何度も言うけど私の印税は何もしない日でもお金が入ってきちゃうのだ!)理想だなって思う。その印税生活なら誰にとっても理想だろう。まぁその印税生活に向けて具体的な行動を起こすこともないんだけど、その生活に必要なものはかっこよさではなく売れる○○を作ることだよね。人気で食べてはいけないもの。素晴らしい自分さとかかっこよい私への追究とか憧れとか同一視って5歳児的じゃないか?少なくとも二次元芸術においては。最近だとほっこり系もこうだよね。

 私の言いたい「気持ち悪い」は、リアルで対面したときの印象は問題ないのにインターネットの文章がメンヘルっぽかったり個性派気取りぽかったり、今までならウォッチの対象になるようなことになるこのギャップのことです。ギャップってのも私の勝手な思い込みで、今まで見てきたメンヘルとか個性派も接点があってもおかしくない普通の生活をしているっていう想像力が私にないだけです。そう私の想像力がないだけなのです。





 いくら悪口でも「死ねばいいのに」のように軽々しく「死ね」なんていってはいけないと思います。最近の私の悪口は「大家族になればいいのに」です。大家族になってお金がカツカツで、毎日テレビが入ってきて、あることないこと2chにかかれて、同じ宗教仲間に服もらいにいったりして、お正月に親の会社のビラまきさせられて、長女が16歳で出産してしまったりすればいいのにって意味をこめて「大家族になればいいのに」という悪口を言います。普通の大家族って私が知らないだけでまだあると思うんですが、そういう大家族ではなくてテレビに出てるダークでどうしようもない大家族になればいいのにってことです。

 フジテレビで放送されていた「女王蜂」を見ていたら、ミッチーが「戦争で特攻隊を志願したものの敗戦によって自堕落な人間になってしまった実は旧宮家の甥っ子で最後は栗山千明と結婚する」役で出ていました。その「戦争で特攻隊を志願」の部分の軍服を着て敬礼するミッチーがどう見ても鳥肌実で、あのシーンだけ鳥肌で撮影したのかと思うくらい鳥肌実にそっくりでびっくりしました。(鳥肌実主演のタナカヒロシのすべては、日本昔話みたいにひねりなくいい話ですごくよかった)そういえば私ってミッチーが好きだったのに、東芝EMI時代のボックスセット持ってるのにiPodにはいれていないことに気が付きました。あんなに好きだったのになぁ。
 実家にいたときに紅白をみながら夫ムネカタが「ちほちゃん(私の妹)はなにが好きなの?」と聞いて「さぁ?私、何が好きなんだろう。」と言っていたのですがこいつは本当に自我のない奴なんだなあと思いましたよ。妹は高校二年生で、部屋の前を通るといつもFMラジオだか黒人グラマラス系のヒップホップとかソウルとかポップスとかそういうのが流れているのですが、これは好きではないんだろうか。きっと友達が聞いているからとかそういう理由なんだろうな。そういえば古着屋ブームも元彼氏の影響だったな。音楽だけ希薄なんだよと思っている方に言わせていただくと、妹が読む紙が連なったものはNANA始め矢沢あいだけです。望月花梨も読んでいるようですが彼女は最近マンガが出ていないしね。しかもそのNANAも「最近話がダルいー」って言っているので好きでなくなる可能性は高いですね。本?私の記憶ではあの子が読んだ最後の本は「ハリーポッター」の一巻の最初だけですよ。
 椎名林檎は好きな人や物が多すぎて見放されてしまいそうだって言うほどなのに、私もミッチーが好きだというけれどその元ネタの岡村靖幸かプリンスを聞くとかそういうところまでしない程度(音楽に詳しくなる努力を放棄している)の好きなんだけどまぁ好きなものっていうのは一応あったし、高校生だったときは好きなもので会話をしていた気がするんだけど、そういう中で妹は楽しいのだろうか。個性の主張競争はないのだろうか。
 妹はギャルでもなくかといってオタクでもなく(むしろオタク=私は嫌い)個性派でもなく勤勉でもなくカジュアルメンヘルでもないものです。この「ない」でしか表現できないほうが多数なのだろうか?カジュアルメンヘルが面白いの逆説的に妹が面白くなってきた。自分が多趣味とか個性的とか思わない、むしろなんて文化的に寂しい高校生だったのだろうかと後悔するときがよくあるのだけれども妹を見ていると、あのときの私って充実していたなぁと思わせてくれます。こういう妹のような虚無が、絶対に無理だろうけどブログやればいいのに。あ、なんか「大家族になればいいのに」みたいなニュアンスだ。





 あけましておめでとうございます。

 みなさま年末年始はいかがお過ごしだったでしょうか?私は28日から帰省していました。何度も言っていることですが私は御節が好きではないので、帰省だとか言い訳して今年も作らないでいます。また10月に引っ越したので大掃除というほどの掃除もなしで、お正月的な儀式なしの私(差別用語としての専業主婦)は何をしていたのかというと、テレビを見ていました。

 昨年年末はなんと二つ、そして年明けに一つの大家族番組が放送されるんですよ。しかもなんだかとても現代日本を象徴する三家族なんですよ。

 大家族の最初が誰だか知らないけれども、大家族のパブリックイメージが今もまだあるのは最初のその家族がそうとう強烈だったからかなぁと思います。あのころ(大家族バブルって具体的にいつだろうか?)はみんな足並み一緒だったのに、月日がたつと石田家は普通の家族に子供増えただけって印象に変わりました。しかし石田家も大家族としての闇があり、単純にお金がないためにテレビを入れるからさらに闇が深まりやすくなるよね。そう思った28日の特番でした。この家は本当にすごいなぁ。国は金をやれ。
 大家族番組はパブリックイメージ「貧乏」「汚い」「DQN」を強引に人情でからめるだろうけど、そんなのに騙される視聴者じゃないわよ!そこまで馬鹿にしないでほしい……なんて思っていたら出ちゃったのが青木家だよ。青木家が出てきたら他の大家族は用がなくなってしまいました。そこで新しい大家族が求められているってドラマのように新しいキャラが出てくるわけねぇって出たー!それが31日に放送されたフォーサイス一家です!

 名前の通り国際結婚です。オーストラリアの父と日本人の母とそして1女7男で広島在住です。まずこの設定自体が新しすぎて、テレビ欄を見たわが目を疑うほどです。で、こいつら父親がいる前では日本語が禁止です。そして大胆に子供を留学させまくりです。本気でインテリ!母親の「子供達は日本とオーストラリアの国籍を持っているから、成人したときどちらの国を選んでもいいようにしておきたい」とか「(長女が)このまま家にいて半分主婦のような高校生活をおくるのではなく、ティーンエイジャーらしい生活をしてほしい」っていうセリフ、どっかの青○家の長女に聞かせてやりたいよね。大家族とインテリって共存できるんだ!しかもお母さんは女の子がほしいらしいのでまだまだ作る気です。驚愕の事実として可愛い長女伊織=フォーサイスちゃんは青木あざみちゃんと同い年だよ、信じらんねぇ!一方は英語もペラペラで高校はオーストラリア、もう一方は未婚で子供産んで母親のいない家の家事って。これは同じ日本国のできごとなのか。

 これだけだといい話のようだろうけど、やはりというか負の部分があってこの家族は外出時に親の運営する会社のロゴ入りトレーナーを着せられたり、会社のビラ配りを正月にさせられたり、教育与えられているのも親の会社のためであったり、なんだか宗教とか左翼とかそういう雰囲気を感じました。私の欧米的なものに「ファミリー企業」のようなものは分類されていないんで、どうも家族でピースボートな家に近いかなって思っちゃうんです。本当にこれは私の主観以外のなにものでもないんだけど。
 こういうファミリーが会社の一員であるっていうのは前時代的なものだと思っていたんだけど、どうだろうか?核家族だったら例えば会社のロゴ入りトレーナーを着ても広告効果って少ないからやらせないだろうけど、大家族ならではの方法で、それをやっちゃうってところがこの家族の闇だなぁと思いました。いや、大だろうが小だろうが家族に闇はあるんだよ。小家族の人間にとっては大家族の闇って珍しくって、つい見てしまうんだよー。でその闇って根本は同じだから、対処法が実は参考になってしまう場合とかあるんだよね。結婚したからとかではなくて、私は戸籍を分けたことがないから常にどこかの家族の一員であるのでこういうことはやはり考えていたほうがいいと思うのです。大家族番組はもうバラエティではない。

 で、結局何が言いたいのかわからなくなってきた。たまにbaritonesaxを面白いと言ってくださる人がいるのですが、本当に伝えたいことが伝わらないんです。この大家族番組の面白さや今井くんに逢った私のこととかを驚愕と動揺しか読み取れない文章でしか伝えられないこの未熟さっていうか対象物のデカさとかどこに責任をなすりつけていいのかわかりませんが、とにかくこのすごさを動揺なしに伝える程度に頑張りたいです。