baritonesax0512

 WEB2.0って幻想だよ。RSS程度がトラックバック程度がアフィリエイト程度があとなんだ……とにかく色々がよってたかっても97年のインターネットとなんらかわりはねえよ。次世代ウェブってのはもうアニメ(主にlain)の中にあるような世界までいかないと2.0なんて呼べないよ。
 あえて次世代と呼ぶならSNSが次世代の足がかりかもねってのは思う。屈折したコジャレファン高校生だった私は「すべての人間がサイト持てばいいのに」って思ってたまさにそれが「プラットフォームに入る」っていうWEB2.0的な考え方ではないのかと。mixiのあしあと数がアクセス数、あしあとがアクセス解析と同じような意識になるといよいよ国民皆サイト持ちって感じだ。そんな世界が現実となって最初の感想は「気持ち悪い」なんだけど。ここはどこのエヴァンゲリオンだ。
 今WEB2.0と呼ばれているものが次世代ネットだとしたら、コミュニケーションの概念がものすんごい変化を起こしていないとWEBのバージョンアップにならない。(概念が変化したらバージョナップもくそもないと思うんだけど)そしてその変化は一世紀くらいかかるんじゃないかしら?つまり、今のコミュニケーション最上位であるリアルが脅かされること、もしくは限りなくリアルに近づくウェブ(lainみたいなの)が次世代ネットだと言いたい。国民皆サイト持ちはリアルのコミュニケーションを至上とした場合の話であり、mixiが次世代の多少の足がかりということなのです。で、2.0って言うぐらいなんだからすんごいのがこない限りは2.0ではなく、今言われているWEB2.0なんて世界にひきこもる人の幻想だよ。

 私がサイトを始めた理由は、コジャレ界隈の近づきたいというもの。サイトを持ち、文中リンクで取り上げて、メールをやり取りして、相互リンクして、オフ会っていうそういうのをしたかったからです。もちろん掲示板があるコジャレサイトの常連になればいいけれども、掲示板のカキコ程度で界隈の一員とは呼べない。やはりサイトを持っていなければ!今日から初めて三ヶ月くらいしたら行動おこすぞ!ってな具合です。
 そう、サイトってのはエントリーシートに似ている。(私は職についたことがないんでエントリーシートってどんなものか知らないんですけど)サイトがあるから掲示板の数回のカキコも重さが違ってくるってわけよ。少なくともあの頃はそう考えている人は少なくなかった気がする。で、outdexの妻になり、実は最近サイト運営のモチベーションがない状態なんです。理由がなくなっても習慣化しているのでいまさら「やめる」と宣言するのもなにかおかしい話であるし。
 この「コミュニケーションとりたいならサイト持てよ」ってのはHTMLだろうがブログだろうが共通してない?サイトのない人間が感想出しやすいコメント欄やアマゾンのレビューでどうのこうの書きつらねても、それがどんなに解りやすくても素晴らしくても「ふーん」以上のものはない。で、サイトのない人はコミュニケーションを始めるためにコメント欄で何十往復もするわけ?それって荒らしと何が違うの?

 今井くんに会ったときに、第三者から「これだから女は頭で考えないでヒスおこすからやなんだよ」って言われて第三者の隣にいる田嶋陽子に「あんたみたいなやつがいるから女がなめられるのよ!」って怒られてもしょうがないなぁって思う場面が何度かあった。女だということを差し引いてもやはり私は感情から理論がくるのだと思っている。(感情を理論で補強するって意味じゃないよ)

 そのサイトっていうのが今ではmixiの自分のプロフィールのページなっちゃってるのが、もう居心地悪い。mixiがデザイン3種類の色違い5種類の15パターンから好きなフォームでどうぞってなったらいよいよweb1.85じゃないか。
 mixiの日記を読んでいて「あれ、これ別の人が似たようなこと言ってたなぁ」って別の人ではなく同じ人の同じ日記っていうことない?今はみんなオレンジだからそういうこともあるけれど、デザインや色でぱっと見わかる区別がついて、カスタマイズできてしまうなんてことになったら大変だよ。もうこれってはてな級の個人サイト。はてなもたまに、同じデザインで書いている人の日記を混同してしまうときがある。この文章だけの特徴のなさって人間の根幹のバリエーションの少なさに似ている気がするなぁ。

 なんで高校の時には理想郷だと思っていたこのmixiが今では居心地悪いのかって、やはりインターネットのルールとリアルのルールが違っていて、私は農家の姑みたいに複数ルールが照らし合わせられないでいるから。あの人がメンヘル日記!?え、あなたは独自文学路線?そんなの3年前にすませておいてよ。もういい歳でしょ?みたいな。でもその一方でインターネットとリアルが上手くかみ合う人もいて、これは何の違いなのかまだわからない。一つの仮定として都市と田舎ということをここに記しておく。あ、最近恐ろしくネットマナーのよい人というのを見てしまい、この人は私よりも古いインターネットの人なのだろうか?それとも新しいんだけどマナーが完璧なんだろうかなんかどちらにせよすごく恐いっていう体験をしました。そのネットマナーがなんつうか私よりも古い人の言う(そして私あたりが怒られる)ネットマナーなのよね。

 WEB2.0としてのブログはちゃんちゃら可笑しいけれども、例えばデーターベース的なものを作るならばブログのほうが都合がいいだろうし、アンテナが出来てみんながより効率よくインターネット巡回できていいと思うよ。でもそれがWEB2.0だって思ってるのは、それは幻だから、忘れないで。





 今年一年は未成年アイドルの一年だったと思う。ベリーズ工房の「スッペシャルジェネレ〜ション」に始まりtoutouと、アキバDEイベントデビューまでしてしまったし。ネギっこは去年か。
 私は小学生高学年あたりはぼんやりさんと同じくセーラームーンを読みながら漫画家になりたいと思っていて、少女漫画ばっかり読んでいてアイドルとかテレビに憧れることを忘れていたんで(憧れの人はCLAMP)、アイドルになりたかった小学生の私を思い出しながら、未成年アイドルを見るってことではない。ただあのころの私が、そしてすべての小学生高学年から見たら未成年アイドルってかっこ悪いんじゃないかなって思っています。「ねぎねぎねぎっこ!」って歌ってポップジャムに出たら、次の日学校でみんなが一歩引いた態度になるんじゃないか?
 その一番恥ずかしいってところが私はがに股なんじゃないかと思うけど、どう?O脚の別の意味のがに股ではなくてかぱっと膝の部分を開いてるのがに股。星井七瀬ががに股になっているところも見たなぁ。どうみてもマヌケとしか思えないダンスの振りを一生懸命やる未成年が好きだ。どんな気持ちの折り合いをつけているのか、ひょっとして闇を抱えているんじゃないかとかそういうことを考えながら。







 去年の今頃ゴリエについて語っていたのはゴリエが(たぶん)フジテレビの枠を超えて歌番組に出ていたのが印象的だったから。それが一年経つとNHKに進出だもんね。

 一年前に私はトミーフェブラリーから発生したチアガールブームを昇華させたひとつの形であると共に最強のセックスアピールって書いているんだけど、昇華って言い換えると二番煎じだよね?そういう捉え方をすると本当にすごいのはまえけん♂トランス.pjじゃないかって気がしてきた。今年は新人賞枠にこのまえけんとAAA(トリプルエー)とあと姉妹デュオとNANAのやつって固定メンバーになってきて、頭一つどころか明らかに異種生命体のまえけんに注目(私の右目と左目)が集まる。
 トミフェブからゴリエのチアガールっていうのはまず「元気さ」とか「可愛さ」とか「頑張り」とか10年くらい前の「りぼん」の内容だよね。(ゴリエはこれに単純なセックスアピールを付加したんだけど)そしてそれが大人化・不良化する文化はおそらくジュリアナ東京とかで、子供と大人の嗜好にははっきりと線が引かれていたと思う。で、この線が曖昧になって侵食されたであろう部分、コギャルとかそういう部分をまえけんは抽出したんだけどそれは汚いと言われるものだよね。
 事実まえけんの後ろにいる女の子四人はコギャルで、おそらくは普通に可愛い子なんだろうけど(現役ギャルって言ってるけど普通に事務所所属の子じゃないの?)あのメイクをしただけで性病臭がしてくるもん。でもなぜかっていうか抜群にまえけんだけは可愛いって思ってしまうこの力を人は魅力と呼ぶのではないかと思うのです。私みたいな日陰オタクがもっとも嫌う文化であるはずのまえけんに魅力とか通じないはずなのに、伝わってきているってことがすごいんじゃないかってさ。擬似ギャルでもやはり嫌悪感が先に立ってしまうはず私がただ「男が演じるギャル」ってなだけで承認できるってのはその男の部分が前田健だからってことじゃないのかな?あややのモノマネという先入観とそしてまえけんに備わったアイドルの所作がギャル臭を中和しているのかもしれないけれどもそれだけじゃないのだ。

 だいたい歌番組だと「恋のブチアゲ♂天国:恋のマイアヒ〜チワワ〜バンザイ」っていうメドレーなんだけど、ってこうして文字にすると本当に頭が悪い並びだなぁ。それでこのバンザイに

1,2,3,4,5,6 前進するのが大事よ
1,2,3,4,5,6 みんなで陽気に暮らそう (う〜ばんざい!)
1,2,3,4,5,6 人生いいこともあるわ
1,2,3,4,5,6 みんなで陽気に暮らそう (う〜ばんざい!)


 って歌詞が出てくるのね。なにそれ!このみんなはたぶんギャルのみに適用されると思うんだけどそれでも「ギャルが陽気に暮らそう」なんて、薬のやりすぎの最後の幻覚としか思えない発言だよね。この合いの手のバンザイをマンセーに変えるとまた違った意味にも取れるのがオツ!どうやら「人生いいこともあるわ」って言う程度には絶望しているようだけれども、この発言(もう発言ととりたい)は希望ではなく根拠のある、むしろ事実を述べた一言のような気がする。ってのは「陽気に暮らそう」って後に「ラララ SAY GOOD-BY」ってなってて、こいつらこの世にさよならを告げている! 本当にある場所に向かって進むつもりなんだよ。だからこそ一行目の「前進するのが大事よ」なんだよ。この前進は精神的にどうのこうのじゃなくて、本当に歩いて行く意味なんだよ。しかも「ラララ SAY BANZAI」だって!マンセーって言いながら陽気に暮らせる約束の地に向かっていくのって私は北朝鮮帰還事業しか知らないよ!でもきっとギャルたちには陽気に暮らせる場所が本当にあるんだよ。そこで子供をボンボン産んで、日本の少子化なんて酒の肴にしながら陽気に暮らすんだよ。
 なんだか聖書を読み解く人の気持ちになってきた。ちなみにマイアヒの歌詞は原語で歌を聴いても「のまのまいえー」って聴こえないように頑張っている跡が見えます。チワワに出てくる「BABY, I LOVE YOU」はたぶんI=YOUだと思います。きっと約束の地のお土産はI LOVE MEってプリントされたTシャツとかそういうのなんだよ。

 「POP STAR」といいこの「恋のブチアゲ♂天国:恋のマイアヒ〜チワワ〜バンザイ」といい、あややPVにはあややしか出ていない方式に則っていて、あやや好きのゲイははずれなしだなぁと思います。





 あなたの名前はどこから見ても最高に良い名前をつけましたよ。と私は言われた。その姓名判断の先生が言うには人が生まれて名前を付けられた瞬間に運命というものは決定するから昔の人は名前をむやみに教えてはいけないことになっていた、とのことだ。そして結婚に伴いこの日本では二人に一人が名字が変わるので私が宗像郁になると、とこの以下の内容は忘れてしまった。あの先生は私のこのことを知っていたのだろうか?(ちなみに、私の名前の第一希望は『萌』で、字画が悪いからと却下になったけれども『萌』になっていたら萌的な人生になっていたのだろうか?萌的な可愛い感じで好きなマンガはNANAとかになったのだろうか!?)

 私は勝谷誠彦の××な日々。を毎日読んでいる。なんでかというと私はそこで今井くんが本を出すということを知ったからだ。ここを読んでいれば今井くん情報が得られるのねと思ってそれから毎日読むようにしていました。
 City,Country,Cityのイベントに行くために電車に乗っていて、席が一つしか空いていないので夫ムネカタが座って私が立っているという状態で見上げた週刊文春の吊り広告に「『イラク人質3人組』今井紀明君ザンゲ手記」なんて書いてあるものだから驚愕、そして憤怒!ぺけぺけ(勝谷誠彦の××な日々。の意)ではそんなこと一言も言っていなかった!今日は土曜日で発売の木曜日から2日も経っているじゃない!なんで今井紀明くんのポータルサイトのbaritonesaxが知らないでいたのか理解できない!というわけでイベント前にコンビニで買いました。

 それで帰ってきて、私の知らない今井情報があるなんて許せない!まずははてなキーワードから検索してやると思い検索する。最新の記事がなかなか最近なので私以外に珍しいわね、と思ってみてみると大学生が今井くんのドキュメンタリーを作ったので観に行ったって書いてある。なにそれきてないよー!ダチョウ倶楽部でもないのに私にそんなこと言わせないでよ!と、私が冷静さを失っている横で夫ムネカタはとっとと検索してとっととそのドキュメンタリーが現在試聴可能だということをつきとめたのでした。
 そこから私は夫ムネカタと共に今井くんと会うことになるとは、恋はジェットコースターのような事態は、てか私が会うって状況は……なんでこんなことになっているんだろう?頭の中ではVIP STARが象徴的に流れています。空は飛べるよね、ブーンだから。えへへ。とりあえず会ったら謝らなくてはと思いました。もう徹底的に謝罪ニダ。贖罪のための宗教を集めて胸に抱きたいです。気持ち悪くなるほどの緊張なんて久しぶりでした。久しぶりだということを引いてもそうとう緊張していると思います。

 で、言わせてくれ。まず今井くんは文章が下手ではない。むしろ上手い。(もちろんルポ的なものであるのは、私がコジャレ的なテキストであるということのようなものだよね)それは週刊文春を読めばわかると思うのだけれども、私は最初これは文春の記者が書いたのかと思っていたほど著者2作はひどかった。とくに1冊目なんかどこの小学生の読書感想文かと思った。こんな短期間で文章が上達するならインターネット上には晒すこともできないようなつまらない文章はないはずだよ、と。しかし1作目「僕がイラクへ行った理由」は完全なテープ起こしで起こしたのは左翼出版社の左翼ライターで、2作目は世論の自分像を意識して書いたものなんだそうだ。世論の自分像を意識して文章が下手っていうのは、たぶん小説的なストーリーの構築が上手くできないからで、週刊文春とか「記事」と呼ばれるようなものならば、お金と交換できる記事(=私たちが手にとって読む記事)と変わらないものを書けるのでそれは充分上手い文章を書ける人間の部類だと思う。
 さんざん「今井くんはブログやれ」って言っていた私だけれども、私のほうがブログ始めないとだめだね……。ブログはやらないけど。

 そして今井くんのうたれ強さっていうか、こりないやつだっていうか、今は「イラクで人質?ああいたねー」って世論だろうにそこでザンゲ手記を書いて掲載してもらうようなことしないよねー、普通ってところにやっちまうところがすごくて解せない。ここはたとえるならば2chに晒されてコメント欄がAAでいっぱいになってしまってさぁどうする!?ってところだと思うんだけど、ほら私はテキストサイトの裏事情からの人間で、閉鎖してゆくサイトや打ち捨てられたサイトををそれはそれはたくさん見てきたから、その荒らしを利用してがつんと一旗上げるということをするのはよっぽどだよなぁと。で、2chで例えると荒らされても閉鎖しない人はいるよなぁって思うけれど、今井くんの場合は2chとかじゃないよ?日本全体だよ?味方は左翼と人権派だよ?究極の荒らしを受けた人間で立ち上がる人っていたっけ?究極の荒らしを受けてるのってもう天皇と総理大臣しか思いつかないんだけど!
 私は晒されたことがないので自分がどういう対応をするのか全くもって検討がつかない。やはり閉鎖するのだろうか?私のサイトは本当にまったくレスだとか意見だとかがないんで誰かがアクセス解析のページをいじって適当に数字が表示されるようなことにして実は見てるのがゼロっていうことならそれはしょうがないけれども。私はただのパラサイト・ワイフなので誉めようが批判しようが相手側の損得になんの影響もしないんだけど、少なくともインターネット上では晒される可能性はゼロではないのだからそうなったらどうするのだろうかと考えるくらいはいいよね。
 小さいころは「テレビに出ている人は悪口を言われたりすることもあるだろうに、よくテレビに出ているなぁ」と疑問に思ったことがあり、自分のなかで結論を「悪口を言われても動じるような人はテレビに出るような人になれないのだ」としたのですが、この理論でいけば今井くんは「テレビに出れる人」なのだなぁ。

 今井くんはメディア越しの批判や悪口に興味があるようですが、私のような妄想のたぐいはなんなんでしょう。ごめんなさい、本当にごめんなさい。書いたことが悪いのではなくて、こんな面白い文章書いて私って天才って思っていることに対してごめんなさい。





 Musical Batonってイギリス人でブログでiTunes使いの人向けだった?そもそもが黄色人種だからアメリカ人のイギリスコンプレックスっていうかアメリカ差別っていうかそういうのはないんだけど、iTunesを使い始めてようやくiTunes使ってないやつってバカとこのバトンで言われていることに気がつきました。いや、バカって言われているではなくて、アジアあたりでHTMLでiTunesつか音楽をデジタルデータとして保存しようとする意識のない奴はこの地球にいないことと同じだって言われてるのか。