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 2003年の本放送と2004年の再放送の二度とも感想を書くほど良くできたドラマだなぁと私も思った「さとうきび畑」の好意的な声援に味を占めたTBSの人々が送る「涙そうそう」をベースにした視聴者からの実話を元にしたドラマ(涙そうそうプロジェクト)が放送されると聞いたのはだいぶ前。自分らでドラマのあらすじくらい考えろよーと思っていたらいつのまにかそれが原爆話になっていた。
 「夕凪の街桜の国」後のお前らの意気込みとくと見てやるよ!と思ってチャンネルを合わせましたが、見ていられません。相当ぱちぱちチャンネルをめまぐるしく変えながら見ておりました。きっとこの人たちは「さとうきび畑」のどこが良かったのかわかってなくて、偶然感動を手にしてしまったんだなぁと思いました。偶然の感動だったら誰でも一度は起こるわ、バカめ。

 ドラマ化するためによせられた体験談の半分が「結婚式を控えていたが直前に夫が死亡、悲しいけれどお腹の子供といっしょに生きてゆくわ」って話で三割が「さとうきび畑」的なものを集めているんだなと勘違いして「戦争体験」を投稿、残りがさらに勘違いして自分の脚本を送ってしまった。ではないのでしょうかと想像してしまいます。で、箸にも棒にもならないもの読みながら次第にあせってきちゃって「ひょっとして『さとうきび畑』って戦争モノだったからウケた?」って誰かが言い出しちゃったから、戦争しかもヒロシマにしちゃったんじゃないかなぁとまで邪推は広がります。つーか集められた体験談をベースにしてオリジナルストーリーを作成って「素敵だな」と思ったってことでしょ。それってパクり?

 なんかこのドラマのどこがいけないって、どこもいいとこがないからいけないって感じでした。てかあの長男はなんなんだ?ダライ・マラか?三女は小島聖じゃないのか?テロップが出るまで小島聖だと思っていた私はバカか?そして原爆を抜きにしてこの三姉妹よりまだポッキーの四姉妹物語のほうがいいじゃないかって思う私はダメなのか?
 なんかこのドラマは「三姉妹人情物語」「原爆」「涙そうそうという歌」の三本柱がいっさい噛みあわずにいるからだめなんじゃないのかなぁ。「原爆」と「涙そうそうという歌」の間にはなんの接点もないので本来ならば「三姉妹人情物語」がクッションの役割を果たさなければいけないのに、それはそれで独立して主張しすぎてしまい、最後にとってつけたようなてかとってつけた被爆者の映像がぽっかりと宙を浮くように強烈な印象だけを与えて去っていき人々に「涙そうそう」ってどんな歌だっけ?という疑問だけ残したまるで三権分立のようなモノであると考えましたよ。それでサイトの掲示板にはマンセー意見しかないもんだから気持ちが悪くてしょうがない。ひょっとしてこれぐらいのもので充分に騙されるってバカにされてる?
 このプロジェクト、次は橋田寿賀子先生であらせられるのでこんな風に話が分離することはない(けれども拡散はするであろう)と思うので大丈夫ではあるとおもうんですが、次があるのか心配です。おそらく渡鬼エイトシーズンはこの涙そうそう第二弾とリンクしてCLANPでいう「X」みたいになるんでしょう……。

 二時間ちょっとも時間をとられたんでちょっとでもこのドラマのいいところを見つけなければわりにあわない。でもいいところは、原爆投下直前に次女が夫に妊娠の報告(ちなみに結婚式と呼ばれるものを挙げたのは前日)をして夫役の玉山鉄二がまるで下腹部もしくはモンペもしくは陰毛に性的興奮を覚える人みたいに頬ずりするシーンが強烈にキンモーー☆っていう部分以外にない。玉山鉄二がどんな人かわからないけれども下腹部に興奮するんだろう。





 実家へ帰ったらテレビがまだ愛知万博一色だったので、公式長編記録映画 日本万国博が見たくなりました。
 これって映画を作る人間の手腕などすごかろうがひどかろうがまったく問題ない高評価の「大阪万博」映画ですよね。BS2あたりでハリウッド映画の編集者特集が放送されていて、ヌーベルバーグのすごさの意味と共に編集の必要がないほどすごいことものってのはあるんだなぁということを思いました。後者の実例がまさにこれ。
 あと見ていて、1970年はアメリカですらも国が個人的すぎるの。想像する国の形が人の形をしているような、とか戦争をしていてもテロっぽい、とか未熟ではなくて小規模な状態、とかいろいろなものに支配される前っていうか。三十年の月日はあるのだなぁと感じつつもなにも変わってねぇなぁとも思わせる。

 1972年のミュンへンオリンピックから公式キャラクターというものが作られ始めたオリンピックですが、万博もおそらくは似たよう時期に公式キャラクターを作るようになったんじゃないのかしら?ちなみに前回のハノーヴァー万国博覧会ではトゥイプシーというものがいたようだ。立体化するとこのような感じ。
 このトゥイプシーは二次元の時点で三次元化するとやばいことになりそうだけれども、モリゾーとキッコロはまぁ想像しやすいっていうか可愛いものになりそうな予感がするよね。まあモリゾーとキッコロがどんな変遷をたどってきたかご存知の方は着ぐるみ道の厳しさを感じてください。
 以上をふまえて考えるとディズニーのねずみは本当にすごいよね。あの可動とか素晴らしいよね。夢と魔法の国の一員として立派に使命を果たしているよ。最近はどうしてミッキーは汚れていないのか気になるんですけど洗ってるんですか?私たち平民が思いも寄らないほど分解されて、隅々まで洗えちゃうようになっているんですか?でもやっぱり世界の正義のアメリカですから使い捨てですよね。着ぐるみ一点だけ取り上げてもディズニーのすごさというものは万国的で、日本における遊園地のイデアがディズニーランドになってしまったのはしょうがないことなのでしょうか?

パキスタン館に展示?してあった木製ブランコ  あ、愛知万博の外国パビリオンで使用した展示品をオークションに!?出すらしい。万博で何が一番欲しかったかってこのパキスタン館のブランコ。写真を見ての通り、私たちが見に行ったときには子供達があそんでいたのですが、これがかわいい!こういうのが庭にあったら素敵!庭がないけど。これがオークションに出たらかなりの激戦となるでしょう。雨とか平気なんでしょうか?そもそもそのオークションはどこで行われるんでしょうか。





 8月19日 暑い
T-シャツ  今日は六本木ヒルズの六本木ヒルズ盆踊りに行きました。ヒルズに行ったのでとりあえずミュージアムショップに行くと、ロクロク星人T-シャツの新しいバージョンが売られていたので購入しました。六本木ヒルズのキャラクターはロクロク星人なのですが、今はとんがりくん一色です。馬鹿か!
 悔しいけれど池にでっかいものがあればみんな興味を惹かれてしまうのだろうなぁ……。と悲しく気持ちでいっぱいです。でも写真も撮って一通り満喫してから「これは何を表現しているのかしらー?」って、とんがりだろうがロクロクだろうがあんまり興味がないんだね。村上隆があーだこーだ言う私が馬鹿か!

とんがりクレープ  今ヒルズではトンガリカフェと称してとんがりフーズを販売しており、それがことごとく私の構想する「ロクロクカフェ」に類似しているものだから憤慨を通り越して羨ましいです。で、とりあえず「とんがりクレープ」を食べました。前に並んでいたお姉さん二人も「とんがりクレープ」を頼んでいました。馬鹿か!このとんがりクレープ、中は生クリームがぎっしり詰まっており美味しいとか美味しくないとかそういう次元ではありません。

やぐら?  ヒルズの盆踊りは一応屋台も出ているのですが、トラジのチヂミとかトウフカフェの豆乳ドーナツとか上品な味のものが多くてあまり屋台気分でないなぁと思いました。ステージ(やぐら)ではなにやら中国韓国沖縄的なセレモニーが行われていますが、よくわからなかったので麻布十番のほうへ行くことにしました。そちらもお祭りのようです。

麻布十番方面  麻布十番の方はお祭りもお祭りで、人が押し合いへし合いアンコがでそうなほどです。たこ焼きがたべたいなぁと思って寄る店寄る店が行列をなすほど人気でたこ焼きを求めて祭りの中心部へと行ったのが間違いでした。どんどん人が増えていき、疲労から道端に座る「人が浮浪者のようだ」のセリフが良く似合う状態に。でようやくたこ焼きにありつけたら中にうずらの卵が入ってるの。信じられる?うずらの卵だよ?それだったらタコいれろよ!でももう私はお腹いっぱいでたこ焼きをリベンジするほどの余裕がなかったのでした。敗北感を胸に帰路に着きました。





 毎月きっちり購入している雑誌はCASAとBUBKAと噂の眞相とネットランナーです。噂の眞相は廃刊してしまったので、私の芸能情報はBUBKAと2ちゃんねるだけです。そんな私がいつかどこかで「マツケンサンバ振り付けの真島茂樹はホモ」って出ててソースもなにもへったくれだけれども可笑しくてしょうがなかったです。でテレビに出ていたハードゲイ(レイザーラモン?住谷正樹?)を見ていて、あのフォーってときに横で一緒に真島先生が「オレ!」ってやってるときのポーズをとったら面白いことになっちゃいそう!てか面白いだろ!さらにマツケンも一緒に並んだらもっと面白いことになってしまうわ。なんてことでぐふぐふ笑って、私って天才かもしれないと思っているのです。冷静になればわかるんだけどね、いろいろと。

 私が大学を辞めるにあたって本当に残念だっていうのは文房具を買う必要がなくなったってことだと思っています。毎日インターネットをしていますけれど、家計簿はノートにつけています。家計簿をつけなければいけないのではなくて、家計簿でもつけていないといよいよペンを持たなくなるってことです。まぁ高校のときに一度も筆箱に触らずに一日が終わったこともありましたが。でもこうして大学生でなくなると、勉強しなくなるとソニプラに行っても何にも楽しくないんですよ!だったら大学四年間きっちり文房具ライフを楽しんでから文房具とも卒業すればよかった……。今の私ならノートとるのに万年筆使うくらいの無意味なことができる自信がある。
 結局大学を辞めたってのはその程度のようだ。人になじられてまで勉強する熱意はなく、愛校心もなく、大学生のイメージもないとなると辞める理由が見つからなくなってしまう。高校では勉強しておけばよかったなーと後悔することはあっても、今から大学へ行くということはとても現実的ではない。大学へ行くために失うであろうお金とか時間とか暇とかを失わせるに値する勉強って私でなくてもないってことだ。でも今の大学は就職とか合コンとかいろんな意味があるから勉強しなければ出てけってものでもないけれど。でも大学に行ってまで「まだ与えてもらえる」と思っているってのは、救いようがないなぁと最近思った次第です。





 気に入った靴が見つからないので困っています。どうしたらいいのでしょうか?デパートめぐりは概ねしました。今年の夏はさほど服に不自由しなかったんで服屋さんにはあまりいってませんが、変わらないでしょう。だって服屋さんの靴って着こなしの一例としての靴分しか置いていないから。すごい高いのとかすごい安いのとかそういうんじゃなくて、かの安倍なつみも仰った「素敵だな」と思えるものが欲しいだけなんですがそれが案外ないんです。飛べたり潜れたりするようなそんな特別なものじゃなくて、不必要な痛みのないシンプルなミュールなんだけどそれが案外ないんです。

 衆議院が解散したんで選挙が始まるわけですが、あんなにたくさん立候補する人がいるのに私とまったく同じ政治的な意見の人っていないのだなぁと思ってしまうことと似たような不思議さを感じる。意外と人は世界にひとつだけの花なのか?だったらこの事実を学校にうずもれていると感じるカジュアルメンヘラたちにわけてあげたいよ。そう考えると「カジュアルメンヘルは恐くない」って感じだよね。本当に恐いのはホンモノさんだよ。自分が弱っていたり迷っていたりするときはなんでもホンモノに見えるもんだけど、そうホンモノって多くないよってことを知っているかいないかが大事だよね。

 ある討論番組に私の知っている人にすごく似た人がでていた。顔はもちろん、声も!しばらく本人じゃないかと思ったんだけど、ヅラをかぶってまでその討論番組にでる意味ってのがないだろうなぁと思ったんで違う人だと思うことにしたけれどもだいぶ後ろ髪ひかれてるみたい。私も生まれて21年、日本人の日本人たる所以みたいなものがわかってきたつもりです。SAMURAIとかHARAKIRIで説明しない日本人的な外見ってこれなんじゃないかなぁってやつ。
 でその人は見たからに「2ちゃんねら」で「ネット右翼」で「文学ニート」で「秋葉原の無線部品あたり」な感じの、討論会でなくても人としゃべるときに固有名詞しか出せずに「それはですねー、○○の系譜のー」って間延びとまくし立ての見事なハーモニーな人。私はこの人を初めて見たとき、この人はもう絶滅に近いんだろうなぁと思ったけれどもそうではないのかもしれない。そして絶滅させたほうがいいのか悪いのかの判断がつかない。
 で、この人も日本人的な外見の遺伝子を持つ人だったんだなぁって。さっき世界にひとつだけの花とか言ってる口で言うけど、日本人的なDNAの種類ってすくないのかもね。まだまだ私の知らないパターンの人がいるかもしれないから、それを楽しみにしようと思います。その点において整形は反対かも。





 何度も言うようですけど、私主婦です。だから盆と正月には実家に帰るんです。実家は愛知県なんでバカみたいに遠いわけでもないけれど近いものでも交通費が安いものでもないし、座っているだけでも移動って疲れますよね。それに私昨日海にいったんです。海。日焼け止めをしっかりぬったのに焼けてしまって……。なんてそういうイベントもしたいし、日常としての家事もあるし。だから八月ってのは忙しいっていうか、疲れやすいっていうか、暑いし。だからソニンのライブには行けませんでした。嘘。行きませんでした!
 なんか今のソニンは私が好きなソニンではなくなってしまったよ。深い喪失感と共にEE JUMPの「おっととっと夏だぜ」でも聴こうと思います。夏だし。

 海は三浦海岸に行ってきました。私はこの地方の人間ではないので詳しいことは知りませんが、三浦海岸はファミリー向けで湘南がカップル向けといった感じなのでしょうか。湘南には本格的なタイカレーやら旧来の海の家概念を破壊するような海の家があると聴いたのですがその波が三浦海岸にもやってきたようです。そこは海の家ではなくcafeと名乗るんです。そこのカレーはご飯ではなくてナンがついてきて、タイカレーとかインドカレーではない、トマトをベースにしたなにか本格的に煮込んだものでした。このままでいけば「メイド海の家」ができてもおかしくないんじゃないかなぁーと皆で話す。

 「メイド海の家」は夏使用のメイドさんがいる海の家で、浮き輪をがんばって口で膨らませるサービス、足でしゅこしゅこやって膨らませるんだけど上手くいかなくて「む〜」とか言うサービスを始め、日焼け止め(日焼けオイル)を塗るサービスはもちろん、食べ物を注文してお水を持ってくるときには机に置かずにご主人様のほっぺにあてて「えへへ、冷たかった?」とかやるサービスなどなどで。なーんて考えて自分って天才かもと思ったけれど、しばらく経つとまるでドラマの電車男で知ったアキバ系が全てであると思っている馬鹿なサラリーマンとなにも変わりませんでした。でへへ。

 海は広くて大きくて、波が少し高かったです。あんなに日焼け止めを塗って対策したのにメンバーの中で一番焼けて、そして今恐ろしいことになっています。私はソフトテニス部だった中学生のころ一生分の日焼けをしたんで、もう日焼けはしなくていいはずなんです。





 テレビの話。

 今12時30分からテレビ東京では「トルゥーコーリング」という米国ドラマが放送されていて、一話からなんだかんだ見ているんだけど常にデジャヴー。この主人公元陸上部員って設定だからやたら走ってるんだけど、巨乳だからおっぱいが揺れてるの。さすがアメリカ、巨乳の活かし方を知っているのか主人公は常に肩掛けカバンです。肩掛けカバンだとより胸が強調されるよね。当然服はキャミソールかタンクトップ。おっぱいゆさゆささせながらダメな弟と事件を解決するんだけど、これってEE JUMPなんだ!私はデジャヴーを解き明かしました!でもこのドラマはちゃんと問題が解決してしまうので、一度くらい絶望のどん底に叩き落されるくらいあってもいいと思うよ。EE JUMPみたいに。
 そのアメリカ版EE JUMPの「トゥルーコーリング」見がてら、「徹子の部屋」にチャンネルを変えたらオリビア=ハッセーの回で開始数分で過去のオリビア=ハッセーの映像が、もちろん徹子の部屋に出たオリビア=ハッセーの映像が流れるんですがそこで徹子がオリビア=ハッセーに英語で話してるんですよ!徹子喋れるんですよ!衝撃の事実でした……。ユニセフ親善大使を借金してまでやっているらしい徹子ですから日常会話程度の英語ならできるんでしょうね。現在の「徹子の部屋」は徹子が日本語で話して、多少の間があって外人タレントが話し、それを同時通訳で吹き替えているという感じです。いっそのこと英語圏のお客様がいらっしゃったときには「TETSUKO NO HEYA」にしてオール字幕にしてしまえばいいのに。当然、徹子のほうは超徹子訳。「I see.」としか言ってなくても「あらやだ、そうなの?あなたってそんな面白いことなさるの?」っていう訳で、もちろん番組最後は画面半分に字幕が出ることで畳み掛ける徹子トークを表現していただきたい。もしくは二重音声で徹子自身が声をあてるというものの形式なんだけれども実際はオーディオコメンタリー状態とかね。でもあの「徹子の部屋」ってライブ感を大切にしているから録画なんだけれども、編集なしなんでしょ?つーか「ライブ感を大切にしている」なんて言う黒柳徹子ってすっごくアシッドだよね。生半可なアーティストはライブ感という言葉を使ってはいけないというテレビと同義語の黒柳徹子様の御言葉だと思う。