baritonesax
今年のクリスマスプレゼントは、なくした去年のクリスマスプレゼントが見つかりますように。



 ダンサー・イン・ザ・ダークを見た。これカメラワークが独特。これがデンマーク風味なのかしら?結局途中で見るの止めちゃったけど、気になるのでビデオなり借りて最後まで見ようと思います。でもビョークは歌でいいや。




 私がロクロク星人のことを愛しているのは見るまでもないですが。私、案外六本木ヒルズも好きです。建築や彫刻など見所もありますし、気になるテナントが入っている人にとっては買い物としてデパートとして楽しいところだと思います。しかし私は六本木ヒルズというものが好きなんです。
 会社専用ゲートとか多すぎる警備員だとかいう制限空間がかっこよくてしかたないんです。だから新宿とか霞ヶ関とかもわくわくします。それがまた高層ビルよりも愛知県庁や神奈川県庁のような煉瓦造りだったりするとなおうれしいです。

 そんな大好きな六本木ヒルズでもりもり買い物をしてきました。鬼の住処のようなケーキ屋さんで短期バイトをしたので反動がきました。ヤコブゼンのパイサーバーが欲しいです。




 アールグレイを飲んだ。こんなにいい香りだったっけ?涙がでそう。
 すいとんも食べた。こんなにあったかいものだったっけ?涙がでそう。
 北の国から2003遺言後編を見た。こんなにいい邦衛の遺言だったっけ?涙がでそう。
 身長110cm用のTシャツを買った。こんなに小さいものだったっけ?涙がでそう。
 あなたと離れて寝る。こんなに寂しいものだったっけ?涙がでそう。
 お弁当箱洗い忘れる。こんなに水がお湯にならないものだっけ?涙がでそう。




 ロクロク星人のパレードのため強風の中、三十分座って(シートを配布されていたので心配されるほどお尻は寒くなかったです。)開始五分前に中止のアナウンスが入りました。

 マリアージュフレール銀座本店がドトールのようになっていた。しかし我慢する。だけれどもスポーツ新聞を捨てていくのは許せない。

 福袋が豊かになっていくととても不景気臭くていやになる。景気がいいときは福袋なんてゴミをつめて出してなかったっけ?

TOKIOのJR東日本のテーマソングがずっとBE AMBITIOUS!だと思っていたら、AMBITIOUS JAPAN!だってよ!なんか飼い犬に手を噛まれた感じ。ひどいっ!




 12/13_SAT_14:30
 渋谷を歩いていたら白いトレーナーに「検索最強goo!」っていうトレーナーを着たフリーターがいっぱい歩いてるんです。妊婦広末でなくても苦手な渋谷!
 背中に「検索最強goo!」って書いてあって、表側には例えば「コーヒー ○○位」ってgoo!内の検索順位が書かれているんです。でそいつらがただ歩くだけ。これって妊婦広末をイメージキャラクターにしたYahoo! BBよりもひどい!よりいっそう露悪的。




 ソニン「ほんとはね。移籍先決まってるんだ」
 ソニン「ほんとはね。より子は嫌いなんだ」
 ソニン「ほんとはね。太ももの付け根は切り傷ばかりなんだ」
 ソニン「ほんとはね。陰部にピアスもしてるんだ」
 ソニン「ほんとはね。SPEEDなんて知らないんだ」
 ソニン「ほんとはね。ユウキとはそういう関係なんだ」
 ソニン「ほんとはね。お姉ちゃんなんていないんだ」
 ソニン「ほんとはね。お父さんなんていないんだ」
 ソニン「ほんとはね。市井紗耶香とやりあったんだ」
 ソニン「ほんとはね。寺田嫌いなんだ」
 ソニン「ほんとはね。キムチは辛くて食べられないんだ」
 ソニン「ほんとはね。日本人なんだ」
 ソニン「ほんとはね。よごれっちまった悲しみに」
 ソニン「ほんとはね。松浦亜弥って誰?」
 ソニン「ほんとはね。朝鮮労働党のバッチつけてるんだ」
 ソニン「ほんとはね。処女じゃなくて性別変えたんだ」
 ソニン「ほんとはね。ユウキがキャバクラに行ったことじゃなくて私が働いていたキャバクラにユウキが来ちゃったからEE JUMPが解散になったんだ」
 ソニン「ほんとはね。」インディーズ(というレーベル名かもしれない)で発売予定!




 眠たい。どんなにたっぷり夜眠っても必ず昼間に三時間寝てしまう。始めのうちは私自身寝る気まんまんでソファにクッションを敷いてブランケットを肩までかけて横になる。なんでもいいから聴きなれたアルバムを流しておくと自分がどこで意識を失ったかがわかって便利。ああ今日は二曲目のイントロも覚えていない。
 さすがにこんな怠惰な生活はいけないと気を引き締めたけれどもやはり三時間は寝てしまう。自分横になる時間ができないほど自分に仕事を課した。ところが例えばやかんでお湯を沸かしている間、洗濯物をとりこむ最中、バスマジックリンをお風呂に蒔き終わった後、寝てしまう。そしてだいたいが三時間後に目が覚めてそのときは寒さで唇がかさかさになってしまっている。




 私は精神分析を志す人や実際に受けている人は自分とは違う次元の人だと思っている。歌舞伎や能などが襲名制で受け継がれていく気持ち悪さを精神分析医に感じるし、精神分析を受けている人は本当に心も体も裕福すぎる人で私たちにはまったく考えられない暮らしを送ってるに違いないと思うんです。精神分析を勉強する分には文系の学問のように無駄な崇高さを感じるけれども悪いことではないし、精神分析を社会に応用することは考え方と答えのひとつの側面として可能だと思います。社会に適用できる理由は社会が意識を持っていないので文句が出ないということかなぁ?その分析はまったく的外れだよと社会から直接文句が言われないし。人からの文句は「これは答えのひとつの形だよ」とマイケル=ジャクソンのように言えばいいのですから。しかし人は分析を受けている人間そのものが文句を言うだろうしなにより求めているんです。分析をひっくるめたもろもろの言葉を。その点社会は分析を求めてもいないし拒絶もしません。社会はなにも期待していません。終着点を求めて終わりのない分析を受けるこの無限ループは優雅としか言いようがありません。




12/06_SAT_13:46
 つつつついに我が家に「宗鍋」がきました!柳宗理の鍋、略して「むねなべ」です。なんとなく気まぐれでとしかいいようがないくらい嫌っていた柳宗理のデザインシリーズですが、どうやらミルクパンの汁の切れ具合は最高だと聞いていてもたってもいられなくなったわけです。なぜならミルクティーのストックを今までは普通の雪平鍋で作っていて最後にペットボトルやビンとかピッチャーに移します。まぁこれのこぼれることこぼれること!作った半分はこぼしてるような状態で、なにかいい鍋は無いものかと逡巡するのは毎度のこと。
 さっそくこの「宗鍋」を使ってミルクティーを一滴もこぼさずにペットボトルにいれたいですが、この前作ってストックしたばかり。まけるもーんか!まけるもーんか!
12/08_MON_00:26
 宗鍋を使いました!夜ご飯を食べてから一人でことことミルクティーを作り、冷ましておいたのです。そしてペットボトル1.5リットル分あったミルクティーはがんばって飲みました!そしてお風呂に入る前に運命の瞬間はやってきました。あら熱のとれたミルクティーの入った宗鍋をゆっくりペットボトルの口にあてて注いでいきます。いつもならここで雪平鍋の注ぎ口以上のミルクティーがどばどばと流れてペットボトルの側面を汚してそのまま排水溝へ流れていきます。しかしどっこい!宗鍋の注ぎ口から、注ぎ口のみからミルクティーが整列してペットボトル口に入ってきます。注がれていきます。とくとくといい音までしてミルクティーが補充されていきます。なんということでしょう!これは素晴らしい。いや完璧な鍋です!宗様一生ついてきます。





 メガネを買い替えたときにまたも視力が低下していたので、このまま視力が低下し続けると失明ではないのか?と思います。裸眼ではもうなにも見えない。ぼんやりとしたいろいろなものの存在もわからなくなりつつある。これを失明といわずになんというのだろうか?(たぶんただの視力低下)




 NHK教育の老舗番組「おかあさんといっしょ」にお世話にならない子供はそのマイノリティーは自慢できますよ。私は「じゃじゃ丸、ピッコロ、ポロリ」でした。今はなんだかよく(性別が)わからない有色有毛体が四体でています。うたのおねえさんとおにいさんそしてたいそうのおにいさんそれからなんだかよく(踊りのジャンルが)わからないおねえさんのポジションはそのまま、その襲名される人間は代替わりしつつ構成は同じです。最後に行進して歌って終わるのですがこの歌も変わっていくのは当然と言えます。
 しかしその内容はちょっとおかしい。
「くじらになりたいラッコ、ラッコになりたいコアラ、コアラになりたいライオン、ライオンになりたい女の子、女の子になりたい男の子」
 聴いてびっくりしちゃいました。こんなにあからさまにジェンダーを子供に植え付けるだなんてNHKらしくない暴挙。その前のくじらとかラッコとかただしりとりを意識した以上に悪意を感じますし、この歌の最後のフレーズは「いいないいな、なれたらいいな、みんないいな」ですから平等と尊厳を説いているのはわかります。わかりますが、ちょっとあからさまでびっくりしました。これってこんなんでしたっけ?




 学生の時分、後ろの席にいる一番話をするクラスメイトが私の腕にシャーペンを突き刺し、芯を出し始めた。五センチくらい皮膚の中で伸ばした芯はぽきっと折ってまた別の個所に突き刺す。そしてまた五センチくらい芯を伸ばしてということを繰り返すつもりらしい。その間クラスメイトは「あんたのせいで私が不幸になる!」と喉の奥で叫んでいる。授業中だから。
 私はというと逃げるわけでもなく反撃するわけでもなかった。理不尽な愛情で殺された彼女のために卒業式に送る花束の注文をしなければ、そして墓前に捧げるか彼女の自宅に送るか彼女の通っていた学校へ行くかと悩んでいた。卒業式が命日ではない、けれど卒業できなかった彼女の為に自分がなにかしたいと思う傲慢が、卒業式のノスタルジアによって強く刺激された。
 さっきから現実にいる非現実的なクラスメイトは私の腕にシャーペンを刺して芯を入れつづけている。私の髪をつかんで引っ張り始めもした。あいからわず呪詛が続いている。クラスメイトは私にどうにかして苦しい思いをさせたいらしいけれどフィジカルな痛みは注射とさほど違いはない。むしろ授業中にこんなことでもしないといけない彼女のメンタルの屈辱のほうがよっぽどつらそうだ。

 ってゆう夢を見た。