baritonesax

 とうとうこの日が来た。

 空気がしゃんと姿勢を伸ばした卒業式の予行練習のようになった。太陽の光が鋭角で網膜に進入する秋。木々の少ないこの町で落葉は見られない。この季節になると私の肌は浅黒くニグロのように「変色した錯覚」に陥る。それは中学生の時の習性に近いものだ。ソフトテニス部だった中学生時代、私は太陽の下で肌を存分に虐待されながら過ごす。秋には醜くポッキーのような足と煎餅のような腕が残る。鏡を見るたびに直接見るたびに自分の語彙の限界を感じるまで罵った。そして冬が来て脱皮するように少しだけ色素が抜けてまた夏が来る。そうして自分は色が黒いという刷り込みが完了したのだが高校生、吹奏楽部に入ってコンクール前の朝6時20分に鏡を見るとまるで鈴木その子が手を施したかのように白かった。自分はもう太陽の下で焦がされる必要がないんだと理解すればまったく普通の東洋人なのだけれども。そうして白いと感嘆する時もあれば幻覚症状のように自分は色が黒いとお風呂場でスポンジを無駄にこすり続けるときもある。それは夏が死んでその死体も埋葬されたころに起こる。
 まだ私は幻覚に悩まされている。時と精神の調合は完治するほど効くのだろうか?五年はまだ足りないようだ。足には靴下のラインが地震雲のように水平にあり、私はその足でサンダルを履いて路地を右に曲がっている気がするのだ。





 小学生のあいだ、私の長い黒髪は三つ編みに結わえられていた。毎朝ご飯を食べている私の頭を母は引っ張るようにきつくきつく結わえていく。母なりに編む部分を短くしたり長くしたりお洒落のつもりなのだろうけど、私はとても嫌だった。ご飯を食べている時に頭を後ろに強く引っ張られるのも嫌だし、こんな時代遅れな髪型は恥ずかしいと思っていた。事実学校では三つ編みしているような子は私一人だった。たまに編んでくる子もいるけれどもそれはお洒落として普段しない髪形で可愛く印象付けるものだった。私はいつも三つ編みで冬の間だけ長い奇麗な黒髪を下ろして学校に通えることが嬉しかった。
 四年生の冬、窓際の席でテストを裏返しにして俯きがちに肩から垂れる自分の髪の毛から枝毛を見つけた。その枝毛は先がさらに分かれていて茶色に変色して白い先端がなおも延びようとしていた。お道具箱の中にある柄が黄緑色のはさみで切った。別の房からまた大きく裂かれた枝毛があった。そうして授業終了のチャイムが鳴るころには、くすんだわら半紙の裏には切られた枝毛でいっぱいになっていた。私は今まで奇麗だと思っていた自分の髪がこんなに痛んでいたことに驚いて、それはすぐさま三つ編みのせいだと思った。あんなにきつく縛り上げていたら髪だって悲鳴を上げてしまうと。
 私はそれから枝毛は見つけ次第切り落とし、母がきつく締め上げようとする髪の毛を頭を振って抵抗した。しかし八時半の集合時間に私の頭は三つ編みだった。学校の帰り道で三つ編みを少し緩めたり、とても優しくブラッシングしたり、自分なりに髪をいたわったけれども卒業式で卒業証書授与された後にも数え切れない枝毛があった。
 中学生になり私の長い髪は肩より短く切られ、それ以上に伸びることはなかった。長い髪に憧れつつも短く髪を切る理由に枝毛は大いに関わっていたと思う。決して学校の校則とは関係ないはずだ。
 また髪を伸ばそうと思ったのは高校生に入ってからだ。枝毛がもう特殊なことではないということはわかったし、肩に届かない短い髪を見ているのがいやになったからだ。延ばしていくとどうしても邪魔になり二つにくくって生活をした。一日が終わって髪を解くと反り返った髪は元に戻る気配をみせなかった。そして私はまた髪を切る。真っ直ぐな黒髪が再び私の肩を覆うために。

 今私は三つ編みを結っている。巧くできなくて腕が痺れてくるほどだ。あれだけ嫌っていたはずなのに今は少しかわいいとすら思う。
 
 
 





 私ってそんなにタトゥの東京ドームライブに行きそうな顔してたかなぁ?こんど顔相を見るてもらおうかな?
 「あー、これはタトゥな耳ですね。これはよくない。生まれてくる子供は長女が黒髪、次女が赤毛のそれは仲の良い姉妹が生まれてフェンス越しに叫びながら乳だしてドタキャンです。」
 どうにかなりませんかねぇ。
 「重いイヤリングをつけて福耳にすれば杏里とかが寄ってきてお金が入りますよ。」
 はぁ、でも私って穴をあける勇気も根性も我慢もないんだよね。タトゥ子、タトゥ美産みます。  




 「夏休みの友」最終ページは夏休みの思い出を書かなければいけません。私は毎年メインの旅行の日記をページ1,5超えて書いて提出しました。返事は赤ペンで二行です。読書感想文も日記もまだこのころは楽しいころでした。
 小学五年生春休みから卒業まで義務でもないのにひとり日記をつけていました。長い日もあれば短い日もある、一日の出来事の日もあれば明日の予定の日もあるというなんでもありの日記です。誰にも見られることがないことが前提なのでこの世の王様のような文面は思い返すと恥ずかしいです。
 愛知県知多郡地方には「若あゆ日記」という冊子に日記をつづり先生に提出するという苦行を科せられていたことを何人の方がご存知でしょうか?そして私もそのひとりであります。今、手元にないのですが大抵一行日記で「今日は塾だった。とても楽しかった。」と力なく皮肉を混ぜています。提出が平常点に入るので相対評価時代の私たちはこの若あゆ日記すらも手が抜けないのです。
 99年からインターネット上で日記を書き始めました。やめたり休んだりしながら今の今まで続けています。
 その全てはほぼ残っているのですがどう復元するか考えていると楽しくて一日が終わります。なんだかバカな話ですが、本当です。昔の一日を抽出してみることは自分だけが楽しいだけかもしれないです。ただ自分が昔を大切にしすぎるあまりに今をおろそかにしてはいけないという警告とともに、少しずつではありますが昔のことを掲載してみようかなぁと思います。若あゆ日記も小学生のときの日記も手元にないんですけどね。  




 行きたいところがいっぱいある。
 列挙しようとしてあまりにも消費快楽原則に基づいた自分に驚く。だってまだまだ飲んでない紅茶の缶がいっぱいあるのに買おうとしていたり、読んでいない本があるのに買おうとしたり、バイト先が気に食わないからやめようとしたり、ってええ!?私バイトやめちゃうの?三寸先は闇です。しかしながら自分も光っていないのでどこもかしこも闇だったりします。どういうことかというと、元カレをビデオにとるのを忘れたり。どういうことかというと、yapeus!がストップしすぎてもうあきらめようと踏ん切りをつけたり。  




「逃げる相手をわざわざ潰そうとは思わないよ」
 痺れました。くらげに足をそっと撫でられたような衝撃です。しかしながらこういったセリフは、例えばコミュニケーションが取れていないのに論破するしないを語るような奴やまともに日光もあたったことないのにケンカする前にこういう奴とかが言うと説得力も魅力も美学もありません。自分がそういえる立場になるのではなく、そういうセリフが心身ともに似合う人間に出会うことが大事なのです。
 言葉はもっと厳格に接しなければいけないと思う最近です。この前も、娘ほど年の離れている女の子に欲情できる男はキモイと連呼していましたがこういった男性は実はどうして世の中では多かったりしてしまいます。だとするとキモイ(気持ち悪い、ありえない、少数派、こういうこと事態がおかしい)のは私のほう?と思ってしまいます。こういったようにね。




「dying 991121q, 030907 kills 」

 何をしようか?なにができるかな?今日はすごく楽しみだったの。別に嬉しすぎて眠れないっていうわけでもなかったよ、そんな運動会前の小学生じゃないんだから。でもいつもより早く起きて滅多に触れない口紅のキャップが開く、ぽんっといい音をさせて口を赤く塗る。服なんて前日から選んでいたんだよ。天気や冷房それから可愛さなどを考慮に入れて。選択肢は少なかったけれど将棋をしているように奥深かったわ。今日は最高に可愛く。

 時間ぴったり、予定通りに電車に乗る。
 少し汗をかいたみたい。風邪引くかなというのと汗臭いかなというのが気になっていたけど香水のミニボトルに入っている香りは別のものだったし背中についている汗はどうしようもなかったし。まだまだ気になることはいっぱいだったわ。顔とか髪型、それから鞄の中身、靴のヒールのはがれてしまった部分。気にしていたらこのまま死んでしまいそう。呪文を唱えるの、嫌われませんようにきらわれませんように嫌われませんように。三で最後三が最期。

 電車にひとり、私と同じところへ行こうとする人がいたわ。
 その人は難しそうな本を革のブックカバーに包んで眉間にしわ寄せて読んでいたの。素敵じゃないわ。やっぱり先生の方がかっこいいって誰が見ても思うもの。降りる駅で私はゆっくり歩く。偶然一緒に乗り合わせていた先生から声をかけて欲しいから。もしかしたらすぐ後ろかもしれない。私の方を叩いて、久しぶりですというかもしれない。何度も何度も「こんにちは、お久しぶりです。」の練習を心の中でしながら長い通路を歩いたわ。白い通路を。

 明快なお芝居と美味しい白ワインと退屈な討論会の後、私と先生は一年ぶりに向かい合った。この距離は縮んだかしら?それとも遠く離れてしまったかしら?私には測れないの、だって私は先生がどこにいるかわからないから。でも近づこうと一歩を踏み出したの。それが、今。私はこの深みと高みに潜って上る。

 その後はなんでもないただのコネと依存のあいさつ回りだったけれども、私を紹介してくれる先生は少しだけ偉く見えた。そして紹介されている自分も偉い気がした。もちろんこんなこと錯覚だってわかっているけれどね。でも、嬉かった。

 入り口にいけすのある居酒屋に入って座敷だとわかった瞬間少しだけ青ざめました。だってストッキングはいてこなかったんだもん。バカなギャルだと思われたかしらって不安で不安でおしゃべりするより先に自分でこの食事会を討論会にしてしまったくらい。もちろん、ふたりっきりでなんかなかった。そんなのわかってる。でも、私が一緒にこの場にいられたということはなんだか一年前ではありえない奇跡のような気がする。私の話すことはちぐはぐで感情的。でも考えること、伝えること、聞くことを集中していてご飯を食べ損ねてしまった。こんな自分、四年前と全く正反対でとても誇らしい。

 神にも自分にも感謝をしない。私は愛する人に感謝をする。自分が今とても誇らしいことを。

 帰り間際にいただいた一枚の名刺。これが私の戦利品です。すでに心臓に刺さっている二つの名の横に、もう一つ刺さりました。ねぇ、四年前よりステキでしょ?
生中
生大
烏龍茶
烏龍茶
焼き鳥
マグロの刺身
牡蠣
ミニにら饅頭
きゅうり
厚揚げ豆腐
烏龍ハイ
烏龍茶
烏龍茶
韓国風チヂミ





 こんなに吐きそうになるくらい緊張したのは本当に久しぶりだったので、どうしたらリラックスできるかすっかり忘れていました。「君に胸キュン★」というレベルではなくて心臓がクラインの壷のようにすべてを反転させて出てきそうです。どこから?もちろんささくれている中指の爪の端の切り傷から。笑いかけてもらっても私は舞い上がって胃がめくれ上がって食道ごと口から出そうになることしかできませんでした。
 そういう場合むしろ冷たくされると安心します。先生を見失って私はむしろ安心した気持ちで席に座ります。私の頭から出ている糸は地球と宇宙を支えているというおまじないをつぶやいていると先生が私の隣に座りました。ほんのりと香るハイライトで頭がくらくらしてしまってお芝居なんて網膜に反転されませんでした。自分の頭が縮んだようにおかしくなってしまったので、私は白ワインを一杯だけ飲みました。体がとても熱くなって、頭の重みが足に響き、ハンカチを持つ手がとても遠くに感じられます。
 気づくとしっかりおろされた暗幕が私の前にありました。最大の失態に私は狼狽し、悲しくて、とても緩和していました。
「先生、今日帰るんですか?」
「そうだよ」
「お忙しいんですね」
「そうでもないよ。せっかくだから食事でも一緒にどう?」

 やったね!




 本を読む。なのでパソコンに向かうと目が痛くなるのであまりいれない。
 携帯で更新する。しかしサーバーの調子が悪くて反映されていない。

 なにもしていないようだけれども、なにかしているものです。




 不倫って女の子側から見たり聞いたり自慢されたり体験したりするといろいろともめてしまうけれども、男の子側からもしくは俯瞰して見るとおかしい。ある程度年数を重ねた男の子がまだ生まれてさほど年月の経っていない女の子を性的対象として見るのってのは気持ち悪い以外にかける言葉がないよねぇ。男の子から始まるとなおのこと気持ち悪いけど、若い女の子に告白されて本気になるっていうのはよっぽど脳内構造がこんにゃくに近くなければできないことだよね。潔癖症だからとか差し引いても40代50代で性欲旺盛なのはとても都合にいい話にしか聞こえません。おめぇら更年期だろう、ってね。

 そこで私の大好きな映画「ライムライト」の登場ですが、若い女の子に結婚を申し込まれたチャップリン扮する売れなくなった喜劇役者は、@女の子は若いという点において未来がある。A自分は君とは親子ほど年が離れたおじいちゃんだ。B君を恋人だとかそういう視点で考えたことがない。以上三点の理由から断ります。ここで若い自分としては胸がキュンとなるのですが、それは相手(チャップリン)が大人として真っ当な判断を女の子に下したところに胸キュンなのです。そこで「いいともー」っていって結婚したらだめなんです。

 今まさに私もお慕いする方をひたすらおっかけておりますが、前提としてその方には大切なパートナーがいらっしゃるということ。もしここでやすやすと私を受け入れでもしたら当然勘当です!てか勘当ってなんだ?




 とても暑かったのでクーラーをつけて寝ていました。起きたら雷雲が!

 小学生と中学生の境目では自己紹介のときに「趣味は寝ることです」という子が多い。理由は単純明快で、読書や音楽鑑賞(というとクラシック)なんて好きじゃない、私はオタクでなくてクラスで主導権を取れる人間なんだという証明なのでした。もちろん、そこで「バレエ」とか言う子がいますがそれは自慢であるし、自分が歯軋りするほど僻みの対象になるほど近しい自慢でないので嫌味でもないしオタクでもないのです。私も「寝ること」が趣味だった気がします。でも、読書とも言ってた気もするし、絵を描くことやら一輪車やらもう深層意識の底の底。

 寝ている間にこんなに天気が変化したのかぁと感動的でもあるし、寝入った自分を叩いて起こすべきだという後悔がそれこそこの雲のように。

 私にとって時間はさほど重要ではなかったはずだ。でも今は、早く進まねばならないと思う。愛のために走れ。たまに紅茶を飲んで一休みをしていいので、それ以外は走れ。





 坂本龍一が赤ワインをスパークリングウォーターで割って飲むのが自分の中で流行ですと言っていたので私も真似してます。わたしも六本人!とバカなことをして一日を過ごすのをやめたい。もっともっと、どうなりたいのか不明ですが少なくとも今以上なものになりたいです。原動力は愛!エンジンは自分の体!どうやら機械に多少欠陥があるようでなかなか動きません。どうしましょう。はしれ、はしれ!