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小学生のあいだ、私の長い黒髪は三つ編みに結わえられていた。毎朝ご飯を食べている私の頭を母は引っ張るようにきつくきつく結わえていく。母なりに編む部分を短くしたり長くしたりお洒落のつもりなのだろうけど、私はとても嫌だった。ご飯を食べている時に頭を後ろに強く引っ張られるのも嫌だし、こんな時代遅れな髪型は恥ずかしいと思っていた。事実学校では三つ編みしているような子は私一人だった。たまに編んでくる子もいるけれどもそれはお洒落として普段しない髪形で可愛く印象付けるものだった。私はいつも三つ編みで冬の間だけ長い奇麗な黒髪を下ろして学校に通えることが嬉しかった。 四年生の冬、窓際の席でテストを裏返しにして俯きがちに肩から垂れる自分の髪の毛から枝毛を見つけた。その枝毛は先がさらに分かれていて茶色に変色して白い先端がなおも延びようとしていた。お道具箱の中にある柄が黄緑色のはさみで切った。別の房からまた大きく裂かれた枝毛があった。そうして授業終了のチャイムが鳴るころには、くすんだわら半紙の裏には切られた枝毛でいっぱいになっていた。私は今まで奇麗だと思っていた自分の髪がこんなに痛んでいたことに驚いて、それはすぐさま三つ編みのせいだと思った。あんなにきつく縛り上げていたら髪だって悲鳴を上げてしまうと。 私はそれから枝毛は見つけ次第切り落とし、母がきつく締め上げようとする髪の毛を頭を振って抵抗した。しかし八時半の集合時間に私の頭は三つ編みだった。学校の帰り道で三つ編みを少し緩めたり、とても優しくブラッシングしたり、自分なりに髪をいたわったけれども卒業式で卒業証書授与された後にも数え切れない枝毛があった。 中学生になり私の長い髪は肩より短く切られ、それ以上に伸びることはなかった。長い髪に憧れつつも短く髪を切る理由に枝毛は大いに関わっていたと思う。決して学校の校則とは関係ないはずだ。 また髪を伸ばそうと思ったのは高校生に入ってからだ。枝毛がもう特殊なことではないということはわかったし、肩に届かない短い髪を見ているのがいやになったからだ。延ばしていくとどうしても邪魔になり二つにくくって生活をした。一日が終わって髪を解くと反り返った髪は元に戻る気配をみせなかった。そして私はまた髪を切る。真っ直ぐな黒髪が再び私の肩を覆うために。 今私は三つ編みを結っている。巧くできなくて腕が痺れてくるほどだ。あれだけ嫌っていたはずなのに今は少しかわいいとすら思う。 |
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「dying 991121q, 030907 kills 」 何をしようか?なにができるかな?今日はすごく楽しみだったの。別に嬉しすぎて眠れないっていうわけでもなかったよ、そんな運動会前の小学生じゃないんだから。でもいつもより早く起きて滅多に触れない口紅のキャップが開く、ぽんっといい音をさせて口を赤く塗る。服なんて前日から選んでいたんだよ。天気や冷房それから可愛さなどを考慮に入れて。選択肢は少なかったけれど将棋をしているように奥深かったわ。今日は最高に可愛く。 時間ぴったり、予定通りに電車に乗る。 少し汗をかいたみたい。風邪引くかなというのと汗臭いかなというのが気になっていたけど香水のミニボトルに入っている香りは別のものだったし背中についている汗はどうしようもなかったし。まだまだ気になることはいっぱいだったわ。顔とか髪型、それから鞄の中身、靴のヒールのはがれてしまった部分。気にしていたらこのまま死んでしまいそう。呪文を唱えるの、嫌われませんようにきらわれませんように嫌われませんように。三で最後三が最期。 電車にひとり、私と同じところへ行こうとする人がいたわ。 その人は難しそうな本を革のブックカバーに包んで眉間にしわ寄せて読んでいたの。素敵じゃないわ。やっぱり先生の方がかっこいいって誰が見ても思うもの。降りる駅で私はゆっくり歩く。偶然一緒に乗り合わせていた先生から声をかけて欲しいから。もしかしたらすぐ後ろかもしれない。私の方を叩いて、久しぶりですというかもしれない。何度も何度も「こんにちは、お久しぶりです。」の練習を心の中でしながら長い通路を歩いたわ。白い通路を。 明快なお芝居と美味しい白ワインと退屈な討論会の後、私と先生は一年ぶりに向かい合った。この距離は縮んだかしら?それとも遠く離れてしまったかしら?私には測れないの、だって私は先生がどこにいるかわからないから。でも近づこうと一歩を踏み出したの。それが、今。私はこの深みと高みに潜って上る。 その後はなんでもないただのコネと依存のあいさつ回りだったけれども、私を紹介してくれる先生は少しだけ偉く見えた。そして紹介されている自分も偉い気がした。もちろんこんなこと錯覚だってわかっているけれどね。でも、嬉かった。 入り口にいけすのある居酒屋に入って座敷だとわかった瞬間少しだけ青ざめました。だってストッキングはいてこなかったんだもん。バカなギャルだと思われたかしらって不安で不安でおしゃべりするより先に自分でこの食事会を討論会にしてしまったくらい。もちろん、ふたりっきりでなんかなかった。そんなのわかってる。でも、私が一緒にこの場にいられたということはなんだか一年前ではありえない奇跡のような気がする。私の話すことはちぐはぐで感情的。でも考えること、伝えること、聞くことを集中していてご飯を食べ損ねてしまった。こんな自分、四年前と全く正反対でとても誇らしい。 神にも自分にも感謝をしない。私は愛する人に感謝をする。自分が今とても誇らしいことを。 帰り間際にいただいた一枚の名刺。これが私の戦利品です。すでに心臓に刺さっている二つの名の横に、もう一つ刺さりました。ねぇ、四年前よりステキでしょ? |
| 小学生と中学生の境目では自己紹介のときに「趣味は寝ることです」という子が多い。理由は単純明快で、読書や音楽鑑賞(というとクラシック)なんて好きじゃない、私はオタクでなくてクラスで主導権を取れる人間なんだという証明なのでした。もちろん、そこで「バレエ」とか言う子がいますがそれは自慢であるし、自分が歯軋りするほど僻みの対象になるほど近しい自慢でないので嫌味でもないしオタクでもないのです。私も「寝ること」が趣味だった気がします。でも、読書とも言ってた気もするし、絵を描くことやら一輪車やらもう深層意識の底の底。 |