baritonesax

june

 百合姉妹については後ほど記述。流行通信は購入を決定、ただいま読み終わりそうな本はリリス。次はブリキの太鼓。以下自分への指針。もう少しメジャーな本を読むこと、本をむやみやたらにほしがらないこと。それから姿勢を正しくすること!

 金曜ロードショウ放映後、映画「タイタニック」の話をするのは当然のことだと思ってもいい気がする。一年に一回くらいは見る機会に恵まれるんだろうけど、そのたびにヒロインのむちむちした肢体にどきっとするんだよね。自分の想像以上にデブで。隣にいるディカプリオ様もこのときはベッカムのように様付けでちやほやもてはやされていたのに、というくらい細いのでそれでさらにデブに。びっくりしちゃったってそれだけなんですけどね。私の母は船難破ものだったら「ポセイドンアドベンチャー」を思い出すので私がこれを観てしまうと口論になるので面倒くさい。当然ですが私がプリオの出ている「ロミオとジュリエット」を観ているとオリビア・ハッセー派の母はまた文句をつけるのですけどね。どうやら母の短大時代は映画の視聴にあけくれていたようです。それを聞いた当時高校生の私はびっくりしたのですが、その後、親友の彼氏をとったけどああいうのは長続きしないわよねっていう話を聞いてさらにびっくり!母親と友達になれる人もいるかもしれないけど、私たちは遅すぎたよう。まるでかなしい双子のようだ。



 
うたかたの日々、雨の間に裂くリキュールの悲鳴。これは追悼と反省と煉獄。
彼女はコンポと本棚とスタンドを倒した。と、目的をもっているかのように行動したように見るのは難しかった。つまりこれは結果であり、ある一つの方向性に過ぎないのだ。転がっていたビンに足を取られてはじめて彼女は止まった。頭を床にしたたか打ち付けて初めて彼女の無意識は停止した。残された彼女の恋人は当惑した。もちろんこの台風を招いたような部屋をどうにかしたかったが、まず空気を変えたかった。しかし換気をした瞬間にまた彼女の無意識が覚醒し、台風がそれ以上に地震に変わるのではないかと恐れた。この部屋中のアルコール臭に気が付かないほど彼女は混乱していた。混乱していなくとも彼女が頭からリキュールをかぶっていたので匂いなどもはや関係ない話だった。
僕は窓を開けた。外は霧のように雨が降っている。見えるはずの住宅街は隣との防火壁さえ霞んで見えた。ここだけが切り離されているようだと、オーソドックスなことを考えた。ぼんやりと浮かぶこの部屋で非日常が進行し、行き着く先は死に絶える。ウイルスだ。僕は高瀬舟に乗ったつもりなんてない。ましてやオペラ劇場地下にある秘密の用水路でも。さっきから飛び回る、物語という蝿は踏みつけられ叩きつけられた本たちの呪詛かもしれない。僕も少し酔ったようだ。
アルコールが外の空気と交じり合って、なかったことになる。自然はすべてをもとあった状態に還元する力があると理科の時間に習った。ただし、人間の作ったプラスチックなどは無理だとも。でも僕は、本当に途方もない時間をかけて誰も立証できないほど時間をかければすべてのものは自然に還ると思っている。その場合当然、プラスチックも譲歩しなければいけない。自然もまたしかり。これだから僕は文系だ。そして彼女も。
犬の低くうなるような声に目を向けると、犬よりもたちの悪い彼女が目を覚ましていた。彼女は僕の首を絞めた。爪が皮膚をひっかく。当然、血のにおいなんてものは彼女の髪の毛から滴るリキュールの、しかも何種類ものリキュールから香る匂いでないことになった。僕は彼女の手首をつかんでねじ上げる。細い腕。そして泣き叫ぶ彼女を抱きしめる。彼女の激情もきっとどこかへいくと思う。いってほしい。だからそれにはお互いが協力しないといけないんだ。自然と人工のように。悲しくならないでほしい、そのうち差なんて気にならなくなるくらい、同じになって、区別がつかなくなるから。取り巻く環境も君自身も一緒になって、すべてが一つになるから。その中に僕もいるし。ほら君と僕の区別なんて今だってほとんどないくらいだ。もう少しだよ。だからもう少しがんばろうよ。

「うん」




SHIBUYA CLUB QUATTRO 15th ANNIVERSARY 「QUATTRO STANDARDS+」
DATE COURSE PENTAGON ROYAL GARDEN
@SHIBUYA PARCO QUATTRO
 に行ってきました。アルバムはあったけれども一曲も聴いていません。まずはアルバム聴きませんか?  

 音楽も満足に聴かず、ライブも満足に行かず、狭い世界で生活し無教養でいることに安心した閉塞感を感じている人間なのでこういったものを聴いて、その所感をといっても、ねぇ。例えば前半部分のプログレっぽいところはCD以上のものはないなぁとか思っていることがわかったら殴られて鼻血が出ちゃうんじゃないかと思っていました。でも、現実でも人の熱気とか密着間で鼻血が出そうになりました。今、鼻の粘膜が弱くて感じやすいんです。二人右にいたウイスキー(と思われるなにか)の瓶を煽りながら踊り狂っていた男性は体全体の皮膚が弱くて感じやすいんだなあ。だから踊らずにいられないんだなぁ。と思ってもいました。アクション映画で人が拳銃で乱れうちになっているときのつんのめる動きのような、ね。
 後半はキャッチーなメロディラインで楽しかったです。もうこの体はダメなのでしょうか、腰に激痛がはしっていましたが。ああいうのを観ていると高校時代私がお情け程度に活躍していた吹奏楽部を思い出します。もう一度やりたいけれど、同じことは決して出来ないでしょう。もう私は17ではないので。あー、でもあれから二年しか経ってないので、自分より年下の人を見て「私ももう、年だわ」なんて言って大人であろうとする気もないです。私は19歳である以上も以下のこともしません。と、公言して、

   私はタトゥードタキャン騒ぎませんでした。

 これがティーンの実像だと思っていただいても過言ではありません!
 彼女たちに、アイドルに、テレビに映る人間に、私が知ることもできない遠くの人々に存在以上のなにかを求めません。礼儀や節度、常識や娯楽とか。たしかにt.A.T.uの赤毛と黒髪はどっちがどこで歌っているのかドタキャン(なの?)によってわからなくなったことは残念ですが、まぁわかってもたいしたことはないです。そして私の好みは黒髪です。こうして髪の色で識別できるのが救いです。ロンブとか。

 なんか今日の私は、まるで充実しているようだ。




26日
 「あなたが蘇れといったから、私は蘇ったのかもしれない。」
 と、妻は呟いた。何をいまさら。
 僕らは実にばかばかしい理由で紙切れ一枚の、しかしながらそれなりの苦労をして離婚をする。これは彼女なりの一緒に暮らすための最後の譲歩かもしれない。けれども、僕の中に浮かんだ疑心はもう僕の手を離れてしまったし、膨れ上がった中身が子供めいた話でも不倫でも借金でも、疑心にのまれたらすべて同じだ。僕も、彼女も。
 僕は妻であった彼女に部屋の合鍵を受け取って彼女の背中を見送った。その背中が一歩一歩遠のくにつれて自分が安心していくのがわかった。僕の中でやはり彼女は三ヶ月前に死んでいたのだ。
 あれから一年、僕は彼女の母、つまり僕にとって元義理の母が死んだということを聞いた。通夜にだけでて葬式には行かなかった。彼女の喪服姿は聖母マリアのように美しく生気がなかった。僕たちはもう死んだ死んでないという話はしないで、ただお互いの近況を簡単に話して別れた。電話の会話のように。
 彼女の実家の近くのススキ野原。空は生き生きとして地面は荒涼としていた。しかしながら生命と呼べるものがあるのはこの荒涼とした大地の上だったりする。このくすんだススキがそうだ。そんな逆転させたつまらない比喩に、僕は思った。僕たち夫婦の間には親子や兄弟のような確かなかつながりというものが確実にあったようだ。疑心を反転させて奇跡。僕は彼女が生き返ったという奇跡にようやく今気が付いた。奇跡はおこるがそれに気付くものはいない。

 「死んでも夢を見られるなら、死ぬのもそう悪くはない。それが別に楽しい夢でなくてもいい。」
 そう思いながら母に紅をさす。母は眠るように死んだ。眠っているのだろうか?そして夢を見ているのだろうか。
 元主人は律儀に母の通夜にきた。彼は私に「元気か?」と聞いた。面白い冗談に私は笑いながら「元気よ。」と応えた。彼は結局夫婦として最後まで私のことを死んだと思っていたのにだ。私は自分が生きていたと思うし、生きていなかったとしても、買い物をする、食事を作る、掃除をするという生活に何ら差し障りはなかった。死臭を除けば。部屋中にある消臭剤や芳香剤を気にしないようにした。私は彼が監視カメラをしかけていたことを知っていた。彼は子供だ、つまりバカだ。死んだこと生きていること。それよりも私があなたのそばにいて暮らしていたことが楽しかったという事実はとても素晴らしいことだと思っていたのに。私は離婚届に判を押す前に脈を計ってみた。正常だったでも、心臓はとまっていたと思う。それでも私はここにいるのだと、そのことをわかってほしくて印鑑に朱肉をつけた。
 喪主である父は私に外の空気を吸ってこいといった。開発もされない空き地に立って、空を見た。美しい青空に死者を想わせるのはなぜだろう。私は今、実家のそばに一人で暮らしている。結婚して辞めた仕事と似たようなことをしてお金をもらい、たまに父と母と食事をしていた。父も母も私のことを心配し、そして同時に彼のことも心配していた。しかし私の心は青空のように澄み切っていた。澄み切ってなにもなかった。私は一人になったのだと、実感した。寡黙な父はなにも知らずに理解していたのだろか。私がこの青空のように絶望していることを。死ぬことを軽く思った私の罰なのだろうか。

 映画なんて見ていたらいけないと言われました。映画がだめなら自分で書けばいいんだ!そうか、そういうことか!